◎『幽幻姫』の嘘
前半はお嬢目線。
後半から視点が変わります。
「今、大丈夫でしょうか?領主様が、紹介したい人物がいるとのことでこれからこちらの屋敷にいらっしゃいます。」
メイドの言葉にココは警戒しながら、私にアイコンタクトを送ってきた。
「その方はどなたなの?」
「詳しくは伺っておりません。ただ、絶対にお会いすべきお方だと。」
「まさか、シュテルンの人間ではないのか!!」
ココはそう口にすると、キッとメイドを睨みつけた。
「疑うのは自由ですが、ここは別邸とはいえ領主の地です。面倒事が起きるのはこちらとしても得策ではございません。今紹介しようとしているのは貴方がたの力になってくれるお方だと領主様の善意による判断なのですが、まぁ、そんな態度ではおそらく力を貸してくれないでしょうけれど。」
メイドはココの威圧に少し震えながらも、そう返答した。
「ココ、会いましょう。どちらにせよ、今まで一緒だったメンガー商会とは離されてしまっている以上、新しい後ろ盾は必要となります。それに、シュミット男爵は死んだことにされてる『私』の存在を信じ、こちらに一ヶ月近く置いてくれてる方ですよ。」
「ただの足止めしてた可能性もあるんだぞ!」
ココは必死だ。もし、私の身に何かあったらと心配してくれているのだろう。けど、私はもう覚悟を決めている。今更引き返せない。ココは私の覚悟に気付いたのか目を伏せ、小さな溜息を吐いた。
「…わかりました。けど、僕も一緒でよろしいでしょうか。」
「えぇ、領主様からは貴方も一緒にとおっしゃってましたから、心配なさらないでお嬢様の後ろに控えていただければ。」
ふと気づけば、まだ昼過ぎだというのに暗い、今にも嵐が来そうな天気へと変わっていた。
「どうやら、お客様が近くまで来ているようですね。」
「え?」
すると、バーンッと強く玄関の扉が開ける音が聞こえてきた。誰かの必死な声と陽気な声がやりとりと共に、遠くからこの部屋へと近づく足音。この時、私が会う会わないという選択肢がなかったことに気付き、頭を抱えた。
バーンッ
「やぁ、こんにちはぁー!!俺、ヨハネって言うんだぁ。王家御用達魔導具技師をやってるよ!」
そう扉を開けると同時にそう自己紹介した男はひどく地味な印象の男だった。
「ヨハネ、ヨハネ……。そんな、独身女性の部屋に押し掛けるのは、非常識だ。」
そう言ったのは、息を切らしながらもヨハネの肩を掴んだシュミット男爵だった。前回お会いした時はこんな走るとか無縁の冷静沈着な紳士なおじさまといった雰囲気だったので、顔には出さないようにしたが驚いてしまった。すると、ズンッとヨハネと名乗った男が私に近づいた。慌てて、ココが私と男の間に入り、引き剥がしたけれども。
「ほぉほぉ、随分大人っぽくなってたから自信なかったけど、近くでちゃーんと確認したら思い出したよ。シュミット男爵、彼女、『幽幻姫』じゃあないよ。」
「な、何よ!急に来て…………、シュミット男爵!この方、失礼では?」
すると、シュミット男爵は顔を青くして怯えていた。
「そんなバカな。シュテルンの紋章の入ったロケットを彼女は持っていたんだ。それに…。」
「いやいや、シュミット男爵、君を責めてるわけじゃないんだ。当然、マリー・メンガー嬢に対してもだ。」
たった今会ったはずなのに、ココの魔法もあるはずなのに、私の素性がバレてしまった。
そんなバカなことが起こるはずがなかった。偽装の魔法も認識阻害の魔法も広域でかけていたはずなのに、その男はお嬢の、マリーお嬢の名前を口にした。僕は初めて出会ってしまったのだ、自分以上の魔術師に。
今すぐにでもお嬢を連れてこの場から逃げ出したかった。けれど、身体が全く動かなかった。声を出そうとしても、唇が少し震える程度に動くだけ。僕は気付かないうちに動きを全て封じられいた。
「メンガー?メンガーってあの大商会の!!」
「うん。確か彼女がまだ乳飲み子だったときに一度会っていてねぇ。いやぁ、ワゲンの国に数年前から留学してるって風の噂できいていたからさぁ、いつの間にこっちに戻って来てたんだね。」
マリーお嬢の留学のことも知ってるなんて、この男、ただの魔導具技師じゃない。きっと、マリーお嬢とシュテルン一族との関係も知っているのだろう。
「そろそろシュミット男爵も思い出してきたんじゃないか?シュテルン辺境伯は元々平民だ。元々は一商会の次男坊だったが、桁外れな武力に加え、武術も並外れて優れていたため、貴族の養子として迎え入れられたんだ。まぁ、でも、シュテルン辺境伯は実家をお得意先にするなどして繋がりを切らないようにしていたんだろう。だから、こうして危険を冒してまでシュテルン辺境伯が亡くなったことをこうして伝えにきたのだろう?」
そうだ。メンガー商会の現会長マイト・メンガーとゴルト・シュテルン辺境伯は双子の兄弟だ。商売に関する能力が全くなかったゴルトは、将来店を引き継ぐであろうマイトの力になりたくて、貴族に自らの武力を売り込んだ。まさか、養子となって貴族の仲間入りするとは思ってはいなかったみたいだが、あの人はもっと家族の力になれると喜んでいたそうだけど。でも、実際、あの人は貴族には向いていなかった。
いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。このヨハネという男は、マリーお嬢がシュテルン辺境伯の姪っ子であることも理解しているんだろう。笑顔でマリーお嬢に色々話しかけているが、その笑顔が逆に怖かった。
「マリーお嬢様、ここまで厳しい旅をともに過ごしてきた仲間に、メンガー商会の者たちと会いたくはないか?」
「まだ、この街に滞在しているのですか?」
「えぇ、貴女を置いて、彼らが拠点に帰るような薄情者かと思ってましたか?」
「いいえ、違うんです。彼らはとても優しい方々なんです。そもそも私が実家に帰る前に叔父様に会いたくて彼らをこんなことに巻き込んでしまったのです。それなのに、まだ、私のわがままに付き合ってくれていたなんて……。」
ここで、僕はマリー嬢が虚ろな目をしているのに気付いた。
「じゃあ、その気持ちを直接彼らに伝えに行きましょう。俺も付いて行ってあげます。」
「ヨハネ……、分かりました。私が案内いたしましょう。宿を紹介したのは私なのでね。」
ちょっと待て。今からメンガー商会のいる宿にこの胡散臭い男と行くだと?こんな男を連れてきたシュミット男爵も信用ならないし、そんな彼らと行動してはいけない。僕はマリーお嬢にそう伝えたいのに彼女の目と焦点があわない。こんなに近くにいるのに、選択のときや困ったときには僕にアイコンタクトを送るようにと今まで約束していたのに。僕が焦っている間にも、どんどん話が進んでいる。大きな声を出してこの会話を止めたい、いや、お嬢を連れて今すぐこの場から離れたい。それなのに、何で、僕は身体が動かせないんだ。
気付けば、お嬢は彼らに連れられてこの部屋から出ていってしまった、僕を措いて。彼女が僕なしで勝手に行動するなんてありえなかった。
「どうだい、俺の術は?」
悪魔のような重低音の声が背後から聞こえてきた。その声と同時に老年のメイドが小さく会釈をして部屋を出て行った。
「あぁ、口だけは動かしてあげないとか。」
「………………っ、貴様は誰だ!!お嬢をどこにやった!!」
クフフフアハハハハハハッと魔王の如く笑い声が部屋中に響いた。
「彼らはちゃんとマリー・メンガー嬢を商会の人間を滞在させてる宿に案内しているはずさ。そんなことより、自分の心配をしたほうが良いんじゃないか?ルナ・シュテルン嬢。」
急に身体の動きを封じていた何かから解放されて、僕は思わずその場に崩れるように倒れてしまった。
「改めて、こんにちは。俺の名前はユーリ・レイン。まぁ、『死神辺境伯』と言ったほうがピンとくるのか?」
僕はひしひしと痛む身体を無理やり動かし、その悪魔のような声の主の姿を確認した。しかし、そこにいたのは、頭で思い浮かべていたのとは反対の儚げのある大きな翡翠の瞳の美しい少年だった。




