『幽幻姫』
「『幽幻姫』ってあの十何年か前に噂されてたあれか?」
ユーリは不機嫌そうに聞き返すと、シュミット男爵はこくりと頷いた。
「そうだ、基礎魔法の全能力が高いことに加え、光魔法と闇魔法の特殊魔法を持ち、更には遺伝魔法の死霊魔法も使えたという、あの『幽幻姫』のことだ。」
基礎魔法というのは火、水、風、土魔法のことを指し、少なくとも基本的に人間はその魔法を使う素質を持っているといわれている。しかし、実際にはセンスや魔力の保有量によって魔法が使えるかどうか左右される。一般的にはどれか一つでも魔法が使えれば万々歳といった感じである。じゃあ、基礎魔法以外の魔法というと、応用魔法、特殊魔法、遺伝魔法とある。ここらへんは努力次第で使えるようになるようなものではない。いや、もしかしたら、応用魔法であれば、基礎魔法のレベル次第では使用可能になるが、そんな容易なことではないのである。
「でも、俺の記憶が間違ってなけりゃ、『幽幻姫』の能力は母親によって付与されていたもので、彼女の母親が亡くなってすぐ全ての魔法が使えなくなって絶望して自死したとかいう噂を聞いたことがあったような気がするんだが?」
「あぁ、確かに。表ではそうされていたみたいだが、実は違う。彼女は生きている。」
男爵はヨハネの言葉に肯定はしつつ、『幽幻姫』が生きていると断言をした。
「それを知ったのはいつだ?『幽幻姫』と一緒に帝都にっていうことはもう対面して、近くに滞在させているんだろう?」
「あぁ、そうだ。先月、こちらの領に旅商人と来てね、今はとりあえず、彼女には離れの屋敷でうちから派遣させているメイドと、あと一人、家から逃げ出す際に彼女に唯一協力をしたという元小姓のガキと一緒に過ごしてもらっているよ。」
「逃げ出す?」
「あぁ、今、『幽幻姫』こと、ルナ・シュテルン嬢のご実家、レイン領の真逆の位置にある最西端のシュテルン辺境領だが、どうやら、随分前にホフラ連邦国によってのっとられていたようだ。」
「そうか、あの『豪腕の魔術師』様が敗れていたか……。でも、訃報は聞いていないっていうのは。」
彼の名を騙った人間が領地に君臨してしまっているみたいだ。
「でもさ、その姫さんの話は本当なのか?しかも、今頃になって逃げてきたっていうのも違和感を感じるけど。」
確かに、ヨハネの言うとおり、その『幽幻姫』の言うことが本当なのか、いや、そもそも、彼女自体が本物かどうか分からないはずだ。
「私を馬鹿にするでない、死霊使いのシュミット家の当主だぞ。魔力は大量に消費するが、死者との会話も可能だからな。残念なことに、『豪腕の魔術師』、ゴルト・シュテルン辺境伯とわずかな時間ではあったが話をすることが出来てしまったよ。つまり、どういうことか分かるな?」
少なくとも、当主だった男が既に死んでいるという事実はとりあえず間違っていなさそうだ。




