1、潜入
「ここが草凪学園か」
東京から遠く離れた岐阜県。その広大な土地に草凪学園は存在する。俺は学園行きのバスの中で感嘆の息を漏らした。草凪学園は日本全国有数の進学校として知られる。勉強、ではない。ダンジョンに対しての進学校だ。
東京の実家から新幹線と電車を乗り継いで、こんな田舎までやってきたのには理由がある。この学園である女生徒が行方不明になった。
白内菜穂、職業は盗賊。大人しめの茶髪のセミロングに笑みを浮かべていた。彼女は学園内部において、フリーの冒険者だ。その彼女が行方不明となり、学園内部の手の者に消されたかあるいは拉致監禁されたとみられる。
白内菜穂の捜索、救出、それが少年に課せられた責務だった。学園行きのバスは新入生でごった返していた。本を読む者、ゲームをする者、音楽を楽しむ者、熟睡する者、それぞれ思い思いのことをしている。
「あれ、それ彼女?」
隣の女子が話しかけて来た。
「いや、知人だよ」
迂闊だったか、俺はスマホをしまうと、女子の顔を見る。短く切りそろえられた前髪が彼女の真面目さを物語っていた。
黒髪の美少女だ。透き通る瞳に愛らしい容姿。
「黒川寧々、よろしく」
細く美しい手が伸びた。俺は反射的に右手を差し出す。
「くすくす。あーあなたも術者なの?」
術者とは要するに魔法使いの雛型であり、初心者ということだ。俺は首を振る。
「いや、戦士クラスだよ。見習いだけどね」
戦士は戦闘系の能力を持つ。ダンジョン攻略者にとっては術者との相性は抜群だ。
「そう・・・・・・良かったら私たちでパーティー組まない?」
「パーティー」
「そ。最強ダンジョンの攻略目指しましょうよ」
黒川の言っていることはわかる。草凪学園には日本全国から中高生が集まる。大学部もあるので大学生もいる。そんな彼らが挑む者、それがダンジョンの攻略だ。ダンジョンに潜り、エリアボスを倒す。冒険者として登録される学生たちは研鑽を積み、レベル上げを行う。フリーで挑む者もいれば、チーム、すなわちパーティーを組んで挑む者もいる。
黒川寧々の提案のパーティーとはチーム戦を戦うということだ。個人プレーは厳禁。俺も苦手とするところだ。
「いや、悪いけど遠慮しておくよ」
黒川がキョトンとした表情をする。受けて貰えると思っていたのだろう。
「え、でも・・・・・・せ、戦士系の能力者は私にとって必須なの。あなたは雰囲気からして強そうだし、歴戦の強者って感じ?だからぜひ」
「断るって、言っただろう。しつこいな」
今度は強い口調で言ってやる。俺の任務は白内菜穂の救出であり、捜索だ。友達ごっこ、恋人ごっこがしたいわけじゃない。
「そ、そんなに強く言わなくても」
しどろもどろになりながら、黒川は口を噤んだ。少し気の毒な気がしたが、仕方ない。女に気を取られて、任務に支障を来す。よくあることだ。
この学園で高難易度のダンジョンクリアを達成できれば、ダンジョンマスターの称号が得られる。その後の人生は順風満帆が約束される。実業家、政治家、スポーツ選手、芸術家、芸能人、草凪学園の輩出する有名人は後を絶たない。この黒川って娘もそれが目当てだろう。
見かけによらず、野心家というわけだ。
俺の能力を買ってくれるのは嬉しいが俺はしばらくはフリーで通す。そして、菜穂を救出しなくてはならない。
「来たか、贄が」
上級生の男子生徒はニイと唇を歪ませる。
「今回の新入生も生きのいいのが揃ってるようね」
「ああ、将軍もお喜びになられよう」
将軍、彼らのリーダーであり、チート級のSランク冒険者は玉座に模した椅子に腰かけている。
「そういえば、白内ってかわいい女子、吐いたか」
「自分は知らない。工作員じゃないって無実を訴えてるわ」
女子生徒が肩をすくめる。
「そうか。ちょっと痛い目に遭わせてやるか。俺たちの流儀でな」
男子生徒が拳をパンと左手の平に当てる。
「やだぁー、暴力ぅー?校則違反よ」
「今更だろ。ピーピー泣きわめく女の悲鳴を聞くのが俺の趣味なんだよ。ククク」
女子生徒のからかいに暴力の虜となった男子生徒は不敵な笑みを浮かべる。
「俺たちがやってる“いじめ”行為を学園側に漏らさないように、菜穂ちゃんにきつーくお仕置きしないとな」
「えー、我が学園の実績としましては」
軽く一万人を収容できる大ホールこと第一闘技場では始業式が開かれていた。学園教頭の男が無味乾燥な説明をしている。
寝ている新入生もいる。
「それでは続いて草凪有紗学園長の御挨拶です」
新入生からざわめきが起きた。俺も目を見張る。そこには車椅子姿の草凪理事長の姿があった。二十三歳という若き美人理事長、色白でほっそりとした今にも折れてしまいそうな細い体、それと整った容姿は見る者を魅了する。
「草凪有紗です。あなたたちはこの国の宝です。ダンジョン攻略に死力を尽くしてください。ここで得られたものはきっとあなたたちの将来の財産になります」
か弱そうな女性だが、気迫は会場を圧倒するものがあった。さすが名のある学園の理事長だ。
「では安全に気をつけながら、ダンジョンの攻略に励んで下さい」
美人理事長の登場に一気に眠気が覚めたのだろう。第一闘技場は熱気に包まれはじめた。
「もー、男子って何で美人に弱いんだろ」
隣の席の少女がぼやく。
「それに比べて君は真面目だね」
俺の手元のメモを見やると、少女が囁いて来る。耳がくすぐったい。さては小悪魔系女子というやつだろうか。目はどんぐり型のかわいい型。胸はたわわに実っており、身長は小柄。典型的なロリ巨乳というものだ。俺は心を無にすると、同僚の言葉を思い浮かべた。
『草凪学園に行ったら、ハニ―トラップには気をつけなよ。現代のくのいち、みたいな子はいっぱいいるんだからね』
「失礼、君はくのいちか」
「へ?盗賊クラスだよん」
俺は何かおかしなことを言っただろうか。彼女の目が点になっているが。
「いきなりパーティー組んで初級ダンジョン探検とはさすが進学校シビアだねー」
ロリ巨乳もとい福田朱音ちゃんはきょろきょろと周りを見回す。新入生たちは即席のパーティーを組んでダンジョン攻略を目指すように教員に指示されていた。
「しっかし、基本金は五千円。ここから装備を整えるってことか」
全生徒に支給されたのが五千円。そこから学園の持っている購買部で装備を買いそろえるように指示があった。
「あー、新入生の皆さんー、クラブ“断頭台(カッタ―)“ですよー、あ、クラブ名は怖いけど部長の趣味だから。アットホームなクラブだよ―。初級ダンジョンを優しく先輩たちがご案内―」
先輩だろうか。バニーガールが看板を掲げて、勧誘していた。
あれでは女子生徒は寄りつかないだろう。男子生徒は鼻の下を伸ばしているのが何人かいる。
「新入生の皆様、女の子だけのクラブ“令嬢の嗜み(グリモア)”はどうですか。女の子だけの気がねないクラブ活動ですよ。淑女の嗜みや礼儀作法を教えてくれる優しい先輩たちと一緒にダンジョンクリアを目指しましょう~」
和服を着た美人がにこやかに勧誘していた。しかし、この学園の女子しかいないのか。男の姿は見えない。
「気をつけたほうがいい。あれ、悪徳クラブ」
いつの間にか隣に小柄女子が立っていた。表情筋が重いちんまい美少女さんは眠たげな目で俺を見つめてくる。
「私は華座屋花連、術者。新入生。あなたの職業は?」
「戦士」
「ちょっとー、彼は私とパーティー組むのー。邪魔しないでよねー」
そう言うと、朱音は腕を絡めてくる。豊かに実った二つの膨らみが当たる。
「私は華座屋一族の長女。華座屋家は財閥として有名。私と組めば、あなたの将来は薔薇色」
「あっ、ずるーい。家柄で勝負するなんて」
「新入生同士でパーティーかい。先輩のサポートを受けて見る気はないかい。ダンジョンクリアは約束しよう」
眼鏡をかけた男子生徒が話しかけてきた。
「僕は二年生で“黒の旅団”の副部長さ。悪徳パーティーよりもこっちに入った方がいい。安全とその後の栄達は約束しよう」
先輩は手を伸ばしてくる。二年ということは行方不明の白内菜穂のことを知っている可能性がある。俺は先輩と握手した。
「新入生・神内信也です。こちらこそ、よろしくお願いします。先輩」
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