声劇練習用 男女
二人の声劇
涼
華
涼「俺、仕事やめるわ。」
華「は?何言ってんの?」
涼「だから、俺、仕事やめるわ。」
華「え、ちょっと、涼、本気で言ってんの?」
涼「だってさ、冷静に考えたらさ、仕事とか正気の沙汰じゃなくね?」
華「ちょっと何言ってるかわかんない。」
涼「え、何が?」
華「仕事やめるって、え?仕事やめたいの?」
涼「勤務時間が8時間、通勤時間が往復2時間、休憩1時間、平日合計11時間拘束。残業なしで11時間。食事風呂睡眠のためだけに家に帰る。さらに日曜日はまた来週のために休息タイム。年金考えたら70歳までこれが続くわけ。これを社畜と言わずして何と言うのか。」
華「でもせっかく良い会社に入れたんだし。」
涼「いい会社に入ったところで、社畜である限り、良くてせいぜい年収1000万止まり。税金考えたらそんなにいい暮らしはできないよ。」
華「はあ?馬鹿じゃないの。だいたい、入社して3年で辞めて、どうやって食べてくのよ。」
涼「まあ、それは……どうにかなるよ。」
華「ならないわよ!結婚して一緒に暮らすって言ってたよね?どうなるのよそれは。自慢じゃないけど、私一人の稼ぎで暮らせるほどは無いわよ。」
涼「じゃあ……俺、作家になるわ。いやほら俺、昔から国語の成績だけはいいしさ、何とかなる気がするんだよね。」
華「涼、あんた作家舐めてんじゃないわよ。昔から夏休みの宿題もまともに出来なかったような男が、締め切りまでに文章書けると思ってるの?馬鹿なの?世の中の作家に土下座しなさいよ。」
涼「作家は締め切り破ってなんぼみたいなとこあるじゃん?」
華「なんかもう仕事っていうものを芯から舐めきってるわね。犬が高い缶詰食べるときよりしっかり隅々まで舐めきってるわね。」
涼「作家なら朝何時に起きてもいいしさ、通勤時間0秒だしさ、最高じゃね?」
華「まあそれはそうだけど、だいたいあんた、話考えたり出来ないでしょ。そもそも想像力ってもんが足りてないのよ。私の気持ち想像したことある?」
涼「想像力ねぇ、じゃあちょっと何か考えてみようか。お題出してよ。」
華「じゃあ何か面白い話してよ。」
涼「あんな、犬がおってな。白くてな。」
華「待って、尻尾も白くて尾も白いなんて言ったら、ぶっ飛ばすよ?」
涼「……。」
華「で?」
涼「……い、犬がな、おってな。名をポチと言ったのじゃ。」
華「犬種は?」
涼「ミニチュアダックス。」
華「いっとき流行ったよね。」
涼「ポチは茶色くて毛足が長くて、ちゃんと去勢もされたオスだったんよ。3歳で、飼い主は小学校3年生の女の子のパピ子。入学祝いにポチを買ってもらったんよ。それはよく可愛がって、ポチもパピ子によく懐いておった。ある日ポチがパピ子と散歩してるとな、猫がおってな。」
華「その話長くなる?」
涼「白い猫でな、尻尾も白くて尾も白い。」
華「結局そのオチかよ。」
涼「牛っておるやん。肉も革も乳も、糞まで活用できるスーパー家畜やん。でも肉のために去勢されたり、角が邪魔だからって焼き切られたり、鼻に輪っか付けられたり、革のために仔牛のまま殺されたり、さんざん乳搾りとって子供も産まされてから肉になるために殺されたり、牛からしたらたまったもんじゃないよね。」
華「え、うん、まあね、え、何、急に。」
涼「睡眠不足なのに毎朝早くに起こされて、長時間長距離を移動して、一日の大半を理不尽な高ストレスの労働に費やした後、また移動して寝る生活を死ぬまで繰り返すだけの悲しい生き物もいるよね。おまけに牙も抜かれて去勢もされて。名前を社畜という。」
華「あんたが働きたくないのはわかったから。」
涼「どうよ。俺、作家なれるんじゃね?これ。」
華「でも作家とか収入が安定しないし。だいたいこれからお金貯めて結婚式挙げるって言ってたのに、結婚式どうすんのよ。あとボーナス2回分は貯めないと無理よ。」
涼「そこはほら、印税でバーンと。」
華「その印税はいつ入るのよ。私30歳超えちゃうじゃない。せめて直木賞狙えるようになってから言ってよね。」
涼「直木賞って何?芥川賞しか知らん。」
華「テメェ作家舐めすぎだろ。やっぱ土下座しろや。」
涼「じゃあプログラマーになるわ。なんかアプリ作って売れば稼げるだろ。」
華「またニートの妄想みたいなことを。だいたいプログラミング出来るの?」
涼「これでも中学ではパソコン部だったんだ。」
華「そうなの。知らなかった。」
涼「まあゲームで遊んでただけなんだけどね。」
華「駄目じゃん。」
涼「じゃああれ、ユーチューバーになるわ。」
華「はぁ……何で私こんな人と結婚しようと思ったんだろう……。」
涼「まあ気にすんなって。どうにかして稼ぐからさ。」
華「気にすんな、じゃないわよ。あんた本当に私と結婚する気あるの!?結婚式挙げる気あるの?私の事ずっと大事にしてくれるって、あれは嘘だったの?専業主婦でもいいからとか言ってたじゃない。なんで、そんな、会社やめるとか。」
涼「いや、あのね、結婚する気はもちろんあるよ。ごめん。」
華「謝らないでよ!」
涼「あ、うん、でもね、好きでも楽しくもない仕事をこれから一生続けていくのが、本当に二人の幸せになるのかなって思ってね。いや、仕事が全く嫌になったというわけじゃないんだよ。ただ、これからの一生を捧げる相手は、会社じゃなくて君でありたいと思ったんだ。」
華「私のためって言うなら、私との生活のために今の会社やめないでよ!」
涼「だからね、俺は華との時間をもっと大切に……。」
華「だいたいあんたはいっつもそうよ。何かとそれらしい理由を付けて、何でも辞めたり逃げたりばっかりじゃない。今までの人生で3年以上何か続いたことってあった?辛くなったら逃げてばっかりじゃない。仕事で嫌なことがあったのか知らないけど、そうやって逃げてばっかりで何か解決したことあるの?あんたそれでも男?逃げてばっかりだからどうせ仕事も出来ないんじゃないの?私だって働いてるけど、仕事なんて辛くて当然、みんな嫌だけど頑張ってんのよ。何で逃げようとするわけ?そういうところ本当に嫌い。」
涼「……わかったよ。とりあえず今の会社はすぐにはやめないよ。でもさ、このまま普通のサラリーマンとして勤めたとしたら、俺の人生は70歳まで社畜が続くわけよ。元気なうちはずっと会社の奴隷よ。寝て起きて会社に行くだけの生活。」
華「それが普通なのよ。みんなやってることよ。」
涼「でね、それならせめてもうちょっと元気なうちに貯金して、定年より早く会社をやめるのはいいでしょ?」
華「まあ、暮らしていける貯金があるなら。」
涼「つまりさ、その貯金をするために、俺の代わりに華が一発当ててくれればいいわけよ。」
華「はぁ……。」
涼「じゃあ何が良いかな。それこそユーチューバーとかどうよ。俺がやるより絶対面白いよ。」
華「何が面白いのよ。」
涼「日常のどうでもいい話を面白く話すスキルあると思うよ。普通さ、仕事の愚痴とか夢の話とかって聞かされる人からするとクソどうでもいい話だけどさ、それを面白く話せるって才能だと思うよ。」
華「そんなに面白いこと話してるかな。」
涼「じゃあ試しに何か適当に話してよ。」
華「う、オホン、えーっと、今日も雨だねー。雨の日って嫌だねー。洗濯物乾かないしねー。」
涼「違う、なんか違う。別に面白いこと言わなくていいから、もっと適当に話してみてよ。今日の仕事どうだった?」
華「今日はホントクソみたいなお客さんが来てさ、居酒屋のバイトってやっぱクソみたいな酔っぱらい多いんだけど、それにしても今日は酷かったよ。焼き鳥頼んだお客さんでさ、串焼きって時間かかるから30分ぐらいかかったんだけど、金曜はやっぱ混むししゃーないじゃん。それで持っていったら、「何これめっちゃ焦げとるやん」とか言い出してさ、見ても別にそんな焦げてるようには見えないのね。少なくとも絶対食べても問題ないレベルなの。それでも一応客商売だから「申し訳ございません」って謝ったのね。で、よく見たら確かにほんのちょびっとだけ鶏ももに黒っぽいとこあったから、「こちらの部分でしょうか」って確認したの。そしたら「お前そんなことまで言われんとわからんのかボケ」って言われてさ、その場で皿顔面に叩きつけて串左耳から貫通させてやりたかったけど我慢してね。それでも一応店長に伝えるためにも聞いとかないといけなかったから「大変申し訳ございません。こちらの部分でよろしかったでしょうか。」って言ったら、「お前、ここ焦げとるやないかい」ってめっちゃ唾飛ばして怒鳴りながら指差すの。そしたら串の先のとこでさ、いやお前竹串食うんかいパンダかよと思ったけど、串焦げてるからってはいすぐ焼き直しってわけにもいかないし、そもそも厨房めっちゃ混んでるからまた30分かかるけどええんかと思ったし、「当店は炭火焼きとなっておりますので、お肉に火を通そうとするとどうしても串の部分は焦げてしまいます。お召し上がりになる部分ではないので問題はないと存じますが、ご希望であれば焼き直します。串が焦げないように焼き直すとお時間いただくことになりますがよろしいでしょうか」って聞いたの。弱火でじっくりだから時間かかるよって。そしたらそいつ「そんな時間かけるとか舐め取んかワレェァ!もうええわ、金返せや!」って。もう絶対これお腹いっぱいになったから注文キャンセルしたくてイチャモン付けてると思って、いったん店長に聞きに行ったの。そしたら店長もしゃーないって言ってキャンセルすることになったんだよね。ホントクソなお客さんだったわ。その鶏ももタレはその場で店長食べてたけどね。店長晩御飯食べる時間無いからラッキーだって。お客さんその前でめっちゃ唾飛ばしてたけど黙っといた。知らないほうが幸せなことってあるよね。」
涼「トークスキルいけるじゃん。あとはネタ探しだな。」
華「えー、でもユーチューバーって全世界に顔晒すんでしょ。それはちょっと……。」
涼「最近は顔出さない人もいるらしいよ。」
華「うーん、でもなー……。」
涼「ユーチューバー本来の形に戻って、もののレビューするとかいいんじゃね。何か最近使ってみて良かったものない?」
華「えっと、あれ、重曹。掃除で使うとめっちゃきれいになるの。いやほんと重曹すごいの。使い方はいろいろあるんだけどね、例えば台所の排水口とかヌルヌルするじゃん。あそこに重曹かけて一晩置いて寝て、朝起きて流したらヌルヌルがツルツルになってんの。ちょっと酢も入れると効果倍増。ホント流すだけでこすらないで綺麗になるの。あとね、絨毯とか畳に重曹パラパラっと振りかけて掃除機で吸うと汚れが取れるの。これもすごい簡単だけどかなり効果あるの。あとねあとね、鍋のコゲと油汚れがすごい簡単に落とせるの。鍋に水と一緒に入れて沸かすと、簡単にコゲとか油とかが取れるの。こすらなくていいから加工のある鍋とかフライパンにいいよ。あとはトイレ掃除。汚れに重曹かけて一晩置いて、朝にちょちょっとこするともう綺麗。しかもブラシまで綺麗になるし。他にもね、下駄箱とか台所のゴミ箱とか冷蔵庫とか、密閉されたものの中に固めた重曹入れとくと消臭になるの。効果も結構長持ちするし。あと何より重曹安い。食用じゃないやつは1キロ300円とかで買えちゃうから、家中の掃除に使いまくっても月300円ぐらいで済むの。洗剤と違って環境にも優しいしね。重曹すごいでしょ。重曹マジ主婦の味方だわ。そういえばうちの在庫そろそろ切れるわ。買わなきゃ。」
涼「おう、ちょっと、動画撮るからもう一回言ってくれる?」
華「えーちょっとやめてよー。でもあれかな、動画撮るならブログとかも一緒にやると相乗効果ありそうだね。」
涼「おおいいじゃんそれ。ネット上で有名になれば広告収入いろいろ入ってくるよ。とりあえずそれ用のツイッターアカウント作ろうぜ。別のアカウントで、こうやって金を稼ぐようになるまでの過程もブログにしたら面白いんじゃねえかな。」
華「そのブログ作るなら、タイトルは「ダメ旦那の妻が稼ぐ」とかかな。」
涼「なにそれ酷え。あながち間違いではないけど。こんな駄目な男ですけど、結婚してくれますか?」
華「ねえ、それって……。」
涼「こんなクズな話してもちゃんと聞いてくれて、お互いのことを大事にできる、本当にいい女だなと再認識させられたので。で、結婚して欲しいって今まで俺からちゃんと言ったこと無かったと思って。」
華「ホント最低。大好き。」
涼「改めて、結婚してください。」
華「はい、こちらこそ不束者ですがよろしくお願いします。」
涼「ありがとう。さて、じゃあブログと動画を結婚費用の足しにするなら、すぐにでもアカウント作らないとね。ちょっと明日中に作っといて。」