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9話

 驚くほど普通の日常が過ぎていく。今日は仕事の一時納期だったが、それもきっと後から考えたら深く記憶に残らない一日だろう。仕事の合間にふと「ディランの生活は毎日楽しそうだよなぁ」と、思う。


 ディランは魔術の研究をしていると言っていた。暗い洞窟の中で寝るくらい熱中して研究をしているのだろう。そりゃあ嫌なことだってあると思うけど、私の毎日に比べたら輝いて見える。


 私は今の仕事は好きだけれど、お金をもらえなかったら絶対にやらない。そのくらいの気持ちで仕事を初めて6年が経とうとしている。忙しさから毎日が過ぎていって、特別な何かがあるわけではない。


 そう考えれば今の私は楽しいのかもしれない。だって、眠ればディランに会えるから。知らない世界を知る感覚は久しぶりだった。


 と、こうやって柄にもなく真面目に考えこんでしまうくらいには疲れている。帰宅したのは日付が変わるギリギリ前。クライアントから事前に言われていなかった注文をされ、こんな時間になってしまった。


 明日も仕事だから、お酒を飲んでさっさと寝るだけ。ああ、何と辛い会社員!




「ディラン~!」


 夢の中。私を見たディランは何故かぎょっとした顔をする。


『今日はどうしたの、ルリ。何だか頬が赤くて眠たそうな顔してるけど』

「そんなことないよう」


 私はそう言いながらディランに抱きつこうとして……


「ああーダメなんだったっけー」


 スカッと通り抜けて床に寝転んでしまった。痛くはないけれど、寂しい。


『ル、ルリ!?』

「早くディランに触れるようにしてよー! 人恋しいよ」


 私は寝そべったままディランを見上げる。ああ、下から見上げるディランも格好いいなぁ。


「あ、質問! していーい?」

『ど、どうぞ』


 もそもそと起き上がってディランと向かい合う。


「あ! ディラン! 手出して?」


 質問しようと思ったんだけど、その前に良いこと思いついちゃった! 私はディランに片手を広げて見せる。ディランは不思議そうな顔をしながら同じように手を出した。


「ほら、見てー? 手合わさってるみたい!」


 触れることはできないけど、触れてる風、みたいな? えへへ、と笑いかけるとディランは『あー、もう! 今日のルリは一段と可愛い! 早く触れられるように魔法陣を改良しなきゃ……』などと、ぶつぶつと言っている。


『それでルリ。質問あるんじゃなかった?』

「そうだー! 忘れてたー!」


 うーんと、うーんと、と考えてから、


「今日のしつもーん! ディランは私と結婚したいんですかー!?」


 と、聞いた。


『うん、もちろん』


 ディランは即答だった。


『今までこんなに好きになった人はいないから』

「えへへ、照れちゃう」


 私は両手で顔を覆った。頬がちょっと熱い。


「私年上でおばさんだけどいいのー?」

『ルリはおばさんなんかじゃないよ! 素敵な女性だ』

「あら、お上手!」


 そんなに褒められたら嬉しいなぁ、私は。日常生活でそんな風に褒めてくれる人はいないからね。


「んじゃ、次はディランの番だよ! 質問~!」


 今日はやけに楽しい。なんだか頬が緩みっぱなしだ。


『ルリは毎日俺に会えて嬉しい?』

「へ? 何でそんなこと聞くの?」

『勝手に魔術を使ってルリの夢にお邪魔してるでしょう? どんな人間でも眠るから、俺からは逃れられないことになる。それって苦しい時もあるんじゃないかと思って』


 ディランは明らかに不安そうな顔をしている。私は最高に楽しい気分なのに、ディランにはそれが伝わっていないんだろうか。だとしたら、私も悲しい。


「ディランに会えて嬉しいよ、私は!」


 ちゃんと伝えなきゃ! 


「ちょうど今日思ってたんだ。毎日会社に行って仕事して、代わり映えのない毎日でさ。私の人生つまんないなーって。だけど、今は眠るとディランに会えるから、嬉しいの! 私、ここでディランに会うために一日頑張ってるもん! 疲れたらたくさん眠れるでしょう? そうしたら、ディランと長くいられるじゃない!」

『ルリ……』


 ディランの瞳がキラリと輝いた。ああ、ディランの瞳は綺麗だなぁ。


「だからね、心配しなくて大丈夫だよ! 私、ディランが夢に来てくれて嬉しい!」

『そっか、そっかぁ』


 ディランは噛みしめるように二度言って、ようやく微笑んだ。それが蕩けそうになる笑顔だったから、きゅーんとした。


『好きだよ、ルリ』

「えへへ、私もー!」


 私、幸せだ。ありがとう、ディラン──




「な、な、な……」


 朝。私はベッドの中で震えている。たぶん顔は真っ赤だ。それは、頭痛のせいだけじゃなくて、自分の行いに気がついたから。


 ローテーブルには空になった焼酎のビンが倒れている。


「酔っ払って私は……!!!」


 そう、私は珍しく酔っ払っていた。疲れたところに物も食べずに焼酎をがぶ飲み。そりゃ酔っ払いますわな、あはは。


「笑えない……」


 酔っ払って大失態をかましてしまった。私は何を質問した!? ディランに会えることがどんなに嬉しいかも語ったよね!? しかも、別れ際。


『好きだよ』

「私も」


 って。


「ああああああああ」


 頭を抱えた。今日ばかりは、酔っ払っても記憶を失わない自分が恨めしい。


 もう今日はこのまま会社行かなくてもいいですかね!? 無理ですね! ああ、何と辛い会社員!

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