6話
翌日は日曜日。私は買い物に出かけた。目的は、可愛いパジャマ。ほら、やっぱり洋服を着て寝るのも寝心地が悪そうだけど、かと言って今のままだと色気がなさすぎる。
ふわふわもこもこで女子らしいパジャマを買うのも躊躇われるし、ワンピース型も柄じゃない。悩んだ結果、流行りのブランドの中でも色味の落ち着いたパジャマを買うことにした。
ふわふわだけど淡い色は避けて黒にポイントで白いラインが入っているものと、茶色地に白の水玉模様のものの二点。このくらいなら気合も入りすぎていないし、アラサーでも着られるだろう。
男が泊まりに来るわけでもないのに、こんなにパジャマに気を使ったのは初めてのことだ。寝る時には洗っていないけれど早速着てしまった。
昨日よりリラックスして眠りにつくと、今日も夢にディランはしっかりと出てきた。しかも。
「部屋……?」
昨日まで真っ白な空間だったのに、今日はペンションを思わせるような木造の部屋になっている。私の部屋より一回り大きく、ベッドとダイニングテーブル、二脚の椅子。壁一面は本棚にびっしり本が詰まっていた。
しかし、視線を後ろへ向けるとそこはまた真っ白な空間で、何ともおかしなことになっている。
『一応は成功したけどまだまだだね』
部屋の中央で立って私を出迎えたディランはこの空間をぐるりと見つめて何やら考え込んでいる様子。
「これってディランが作り出した空間なの?」
『うん、そうだよ』
私たちは挨拶もせず話し始める。
『俺が魔術で作り出した部屋だ』
「へぇー」
歩いても足の裏には何の感触もないけれど、目にはしっかりと部屋が映っている。昨日までの真っ白だけの空間よりは落ち着く。
「この部屋はディランの部屋か何か?」
『そう! ひとまず俺の部屋を映してみた!』
「そうなんだ」
異世界とは言ってもベッドも机も椅子も形状は同じだ。ディランの住む家がわかってなんだか嬉しい。
私は部屋に置いてあるベッドにダイブしてみる。
『あ、ルリ! ちょっとまっ……』
「え? きゃあ!?」
ベッドにダイブしたはずなのに、そのベッドをすり抜けて私は床に倒れ込んでいた。痛くはないけれど、あると思っていた場所より下に落ちてしまったことに驚く。見上げるとベッドの板が見える。
『ごめん、ルリ。言い忘れてたけど、この部屋は映像なだけでまだ実態はないんだ』
「そ、そうなのね……」
私はのろのろと起き上がる。何ともまぬけなことをしてしまった。
そうして、私たちは椅子の側の床に昨日までと同じように向かい合って座り込んだ。椅子があるのにそれに座らないのはなんとも不思議な感覚。
『今日は俺から質問していい?』
暗黙の了解というか、毎日一問ずつお互いのことを質問する流れになっている。私が「いいよ」と促すと、
『ルリの世界には魔術はないの?』
と、聞かれた。
「ないよ」
『やっぱりそうなのかー。ルリは魔術について全然知らないみたいだったから、そうかなって思ってた』
ふんふんと、ディランは腕組みをしながら考えている。
『魔術がない世界ってあんまり想像つかないや。まぁ、俺の世界でも魔術師は少ないけどね』
「そうなんだ。人口比どのくらい?」
『一割以下だよ。俺の生まれた町でも魔術師は俺しかいなかったし』
「へー、ディランすごいじゃん!」
『へへへ、まぁね』
褒めると素直に喜ぶディラン。私からしたら魔術がある世界が想像できないのだけれど、それはこれから徐々に聞いていくことにしよう。
『次はルリが質問する番だよ』
「んーっとねぇ、じゃあ、ディランの好きな食べ物は?」
『好きな食べ物?』
ディランは意外そうな顔をして瞳をくるくると丸くさせた。
『あんまりこだわりないんだよねぇ。食べれればいいっていうか』
「えぇ!?」
お酒のためだけに生きているような私にとって、おつまみは大事な要素だ。いつもコンビニで済ませてしまうけれど、それでも一応こだわりはあるし、休みの日には外の美味しいお店に食べに行ったりもする。
食に無頓着なディランに「じゃあ何のために生きてるの!?」と、問い詰めたくなるが、人それぞれ生き甲斐は別だろう、とその質問は押さえ込んだ。
「ディラン、ちゃんと食べてる?」
改めて見ればディランは細い。背が高いこともあるのかもしれないが、ひょろっとしていてスマートだ。もしかしたら私の方が太ってるかも──
そこまで考えかけて、これは考えたら負けなやつだ! と、思って無理矢理に思考から追い出した。
『うん、まぁお腹が空けば食べるかな』
「毎日三食ちゃんと食べなきゃダメだよ! そんなんじゃ大きくなれないよ!」
これ以上大きくなる必要はないと思うのだが、年下だということと、どうも犬っぽいのでそんな風に言ってしまう。ディランは『うーん』と、ちょっと悩んでから、
『ルリが言うならもうちょっと食べるようにするよ』
と、言ってくれた。
「野菜とお肉とバランス良く食べるんだよ!?」
『うん、まぁ気をつけるよ』
あまり良い返事ではなかったが、とりあえず食べると言ってくれただけで今日は良しとする。できたら食べるだけじゃなくて太って欲しい。じゃなきゃ、並んだ時に恥ずかしい! 私もちょっとダイエットしようと決めた。
『そろそろ朝みたい』
この空間は外の様子が見られるわけではないので私にはわからないけれど、ディランは時間がわかるらしい。そう教えてくれた。
「今日は仕事だ……」
月曜の朝というのは絶望的な気分になるものだ。心なしか、電車も急病人で遅延が多いし、喧嘩も多い気がする。暗い気持ちになるのは全員共通なのだろう。
『そっか、頑張ってね』
しかし、ディランはあっけらかんと微笑む。ディランにとって、仕事は苦ではないのかもしれない。
「ディランもね」
『うん、ありがとう! いってらっしゃい!』
そう言って微笑まれると、なんだか憂鬱な月曜日が少し楽になる気がするのだから、不思議なことだ。ディランの笑顔は魔術みたい。そんなクサイことを考えながら、私は夢の世界を後にした。