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5話

 せっかくの休みだというのに、落ち着かないまま夜がやってきた。景子の言うように、私は本当に頭がおかしくなってしまったのかもしれない。夢の中の魔術師にときめいて、何も手につかなくなるなんて。


 ぼんやりとテレビを見ていると眠たくなってくるが、眠気を感じる度にディランの真剣な表情と「好き」と言う声が蘇る。その度に眠気が一気に覚める、というのをほぼ一日繰り返していた。結局もうすぐ日付が変わる時間になっている。


「この格好でいいのかな……」


 お風呂上がりに私は鏡の前に立って自分の姿をあらためる。すっぴんの自分がくたびれたパジャマを着て立っていた。一応昨夜とは別のパジャマに変えたけれど、清潔だからと言って可愛いわけではない。


 もし、寝た時の服が夢の中に反映されるなら、少しはマシな服を着るべきなのだろう。ディランはちゃんとした服を着ていたし。


 だけど、本当にまたディランに会えるかもわからないのに、まさか普通の服を着て寝るのも間抜けだし、という心の中での最後の抵抗があって、結局パジャマを選んだ。


 女子力の高い可愛らしい寝間着は我が家に存在しないのだが、その中でも色あせがマシなフリースを出してきた。昨夜のスウェットよりはマシだと思いたい。


 チラリとベッドへと目をやる。普段寝付きのいい私が、まさか眠ることに緊張する日が来るなんて。


 そう、認めよう。私は眠ることが怖い。


 もう一度会えるのだとしたら、ディランにどんな顔で会ったらいいかわからない。告白された後に急に目覚めてしまって、逃げたと思われたんじゃないだろうか。実際に逃げたのだけど、それはディランを傷つけたかもしれなかった。


 そして、本当はそれよりももっと怖いことがある。これが夢だったら。


 昨日までは「絶対に夢だ!」と、思っていたし、今だってそうだろうって思ってはいるけれど、心の何処かでは信じ始めてる。ディランの言うことが本当だと。でも、もし、違ったら。本当は私が作り出した夢でしかなかったら。


 そうしたら、この今の気持ちはどこに行くのだろう。


「よしっ!」


 覚悟を決めよう。どっちだったとしても受け入れるしかないのだから。


 私は気合を入れてベッドへ向かう。人生で、こんなに気合を入れて眠ろうとする日が来るとは思わなかった。


 寝る直前に今日買ってきたばかりのワインをグラス一杯、一気飲みしてからベッドに入る。近所のスーパーに売っている中で安い割に美味しいと気に入っている赤ワインなのだが、今日は味がよくわからない。


 いつもよりも寝付きは悪かったけれど、次第に私の意識は薄れていった。




『……』


 あ。ディランが私の方を見ている。不安と不満が混じった顔で。


『……ルリ』

「うん」

『俺の告白、嫌だった?』


 予想は当たっていた。ディランは私が告白から逃げたことに傷ついているのだ。それを隠すこともせず、感情をそのまま顔に乗せている。


「ふふっ」


 なんて素直な人。思わず吹き出してしまう。


『……?』


 怒っていたことも忘れてつぶらな瞳で首を傾げるところも。ディランはどうしようもなく素直な、実在する人間だ。


「ごめんね。言われ慣れてないから驚いただけ」

『……本当?』

「うん」

『気持ち悪いから逃げたんじゃ……』

「違うよ」


 私が笑いながら否定すると、ディランはホッとしたようだった。


『良かったぁ。嫌われたんじゃないかと思って、一日ドキドキしちゃったよ』

「ごめんね」


 私とディランは昨日と同じように床に座り込む。


「だけど、本当にディランはいるんだね」

『? どういうこと?』

「ごめんね、ちょっと存在を疑ってたっていうか」

『えぇー』


 ディランは今度はあからさまに不満そうに口を尖らせる。魔術のある世界のディランにはわからないかもしれないが、ファンタジーが空想上の世界でしかない日本では疑うのが当たり前だ。


 これは、日本と別の世界との異文化コミュニケーション。頑張って伝えて、自分の状況を理解してもらわなくちゃ。


「だって、私の生きてる世界には魔術はないんだよ? 夢の中にいきなり人が出てきたら、自分が作り出した夢の人だと思うでしょ」

『そんなぁ』


 ディランは悲しそうに眉尻を下げてから、何やら腕組みをして考え始めた。


『よし、じゃあ信じてもらえるように、何か考えてみるよ』

「何か、って?」

『魔術でね。楽しみにしてて』


 そう言ってディランはようやく笑った。魔術は専門外なので、ディランにおまかせするとしよう。


 それにしても。


「そっかぁー」

『?』


 夢じゃなかった。もう、そう信じてしまおうと思う。私は違う世界の魔術師と交流してるんだ。


 そうと決めたら思っていたよりも嬉しくて、そんな自分が少し嬉しい。


「今日も何か質問してもいい?」


 もっとディランやディランの国のことが知りたいと心から思った。


『もちろん!』


 ディランは嬉しそうにそう言って「さぁ来い!」と、言わんばかりに胸を叩く。


「ディランの国って勇者とか魔王っているの?」


 私が想像する異世界といえばゲームの世界だ。魔王が復活して勇者が立ち上がり、魔術師などの仲間を連れて旅をする! 的な。


 しかし、ディランは、


『ユウシャ? マオウ?』


 と、要領を得ない顔をした。


「んーっと、異形の敵が現れて、それを退治しに行く! 的な」


 改めて説明してみろと言われれば難しい。だが、私の考える勇者と魔王はそんな感じだ。


『いないよ、そんなの』


 あっさり否定された!


『異形の敵、か。動物を凶暴にする魔術を開発すれば、あるいは……』

「いやいや、開発しなくていいから!」


 ディランが真剣に考え始めたので、私は慌ててその思考を止めさせる。私のせいで魔王が出現したらたまったもんじゃないし!


「じゃあ、ディランの国は平和なの?」

『今は比較的そうかもね。まぁ、いつまで続くかわかんないけど。戦をしていた時代もあったから』


 と、いうことは、ディランのいる星も地球の状況とさほど変わらないのかも。


『それじゃあ次は俺が質問する番ね!』


 ディランはワクワクという効果音がぴったりな顔をする。


『ルリはどんな仕事をしてるの!?』

「あー、うーんとね」


 これは難題がやってきた。だって、私の仕事はWebデザイナー。どう説明したらいいんでしょう!?


「ディランの世界にインターネットってある?」

『いんたーねっと? 聞いたことないな』


 やっぱりそうですよね。私の想像するファンタジーの世界にもインターネットは存在しない。


「家にいても外にいてもいろんな人と繋がれて情報を得ることができるツール、って言ったら何となく想像つく?」

『うーん、転移の魔術みたいなものかな?』


 そう聞かれても私には転移の魔術がよくわからない。とりあえず話を先に進めることにした。


「そのツールでいろんな会社が自分達の商品の説明をするページを作るんだけど、それのお手伝いをしてるの。って、わかる?」

『商品の説明をする本みたいなものかな』

「うん、まぁそんなところかな。みんなが見やすくて作りやすいようにお手伝いしてるんだ」

『へぇールリはすごいんだなぁ』


 伝わるか不安だったんだけど、ディランなりに納得してくれたみたい。その解釈が正しいかはわからないけれど。


『仕事、好き?』

「うーん、まぁ嫌いではないかな」


 就職活動する前に特に夢もなかった私はどういう仕事に就くか悩んだ。ネットは好きで大学のサークルのページを作った経験があって今の仕事を選んだ。


「一人で黙々と仕事をしてるのも好きなんだよね」


 そう言うと、ディランはどぎまぎしながら、


『一人で黙々と仕事をしてるのが、好きなんだ?』


 と、もう一度同じことを尋ねてくる。


「うん」

『じゃあ、俺のことは!?』

「……はぁ!?」


 何それ。同じノリで「好き!」と、でも言えと!?


 ディランは顔を赤くしながら、期待の目線で私を見つめてくる。


「そ、そんなこと言わないからね!」


 期待に答えるわけにはいきません! だって、恥ずかしいじゃん!


『ちぇっ。ルリは照れ屋なんだなぁ』


 ディランは心底残念そうにしている。


『でも、いつか言ってもらうからね!』

「言わないからっ!」


 恥ずかしくなってきて、そっぽを向く。そんなこと言わされたら、また夢の外に逃げてやるんだから!


 ……って、いつの間にか、私ディランが好きみたいになってない? いやいや! 確かにちょっとときめいたことは否定しないけど、出会ったばっかりの人にこんな短期間で、ないない!


 心の中で大きく否定をして、そんな私をディランは首を傾げながら見つめていた。

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