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43話

 私には詳しく知らされていないけれど、その日からディランの移住に向けて、ロランさんがいろいろと動いてくれているらしかった。ロンド王国では仕事の傍ら、日本でも仕事がスムーズにできるよう、ジュークさんとディランで日本とのやり取りに関する魔術の改良などを進めているらしい。


 私は、というと、正直あまりやることがなかった。ディランと一緒に住むための家を探したいけれど、戸籍もできていないうちに大々的に動くことはできないので、できることといえばせいぜい場所を考えておくことくらいだ。


 ディランは家で仕事をすることになるので、場所は問わない。私は仕事を続けるつもりなので、通勤にそこまで遠くならない場所、と考えると、結局今住んでいる駅の近辺になりそうだった。


 ディランとは今まで通り毎日夢で話しをするのと、週に一度程ディランが日本に来て会うような毎日を過ごしている。物足りなく感じることもあるけれど、一緒に住む時が近づいてきていると思えば、それも我慢できた。


 そんなある休日。わたしは友達の結婚式に参列するために、式場にいた。今回も大学の友達だが、前回はサークルの友達で今回は同じ学科の友達なので、コミュニティが違う。


 一緒に参列する友達は久しぶりに会う子ばかりで、近況報告に花が咲く。


「瑠璃は最近どうなの?」


 その話題の矛先が私にも及ぶ。私は照れながらも、


「彼氏いるよ」


 と、報告する。


「やっぱりねー」


 友達の一人が納得したように何度も頷く。


「何か、見てて思った。瑠璃、幸せオーラ出てるもん」

「そうかな?」


 自覚がないので恥ずかしい。だけど、幸せなのは本当なので、嬉しくもあった。


「次、うちらの中で結婚するのは瑠璃かな?」

「うーん、どうだろう」


 私は曖昧に微笑む。ディランとはもちろんそうなったらいいな、と思っているし、ディランもそのつもりでいてくれているのだと思うけれど、まだはっきりとは決まっていない。はっきりとプロポーズされたわけでもないから。


 とりあえず同棲、という形になって、ゆくゆくそうなったらいいとは思う。でも、結婚するとしても、式を挙げるかどうかもまだわからない。


 だけど、純白のウエディングドレスを来て幸せそうに微笑む友達を見ているとやっぱり、自分なら……と、想像してしまう。無性にディランに会いたくなってきたりもする。


 こんな自分は数ヶ月前には想像もできなかった。結婚願望が強かったわけでもない私が、今はこんなに幸せで、ディランをこんなにも必要としてくるなんて。


 そんな風にディランのことばかりを考えていたから、突然頭の中で、


『ルリ?』


 と、ディランの声が聞こえた時には、とうとう幻聴まで聞こえてきたのかと思った。かなり重症だ。自分がこんなに恋愛脳になってしまうなんて。


『聞こえてるかな?』


 しかし、頭の中のディランの声が鳴り止まない。


『聞こえてたら、頭の中でいいから返事してみて!』

『……ディラン?』


 半信半疑だったが、そう問いかけてみると『よかった、聞こえてた』と、頭の中のディランが言う。


『もしかして、魔術?』

『そうそう』


 問いかけると返事が返ってくる。実に不思議な感覚だった。


『今ってルリは結婚式、みたいだね?』

『そうだよ。見えてるの?』

『もちろん』


 見なくてもディランの得意げな顔が思い浮かぶようで、笑いそうになるのを必死に堪える。


『どのくらいで終わるのかな?』

『うーんと、もうすぐ終わると思うよ』


 式はちょうど新婦からの両親への手紙が読み上げられているところだ。今日は披露宴までで帰ることになっている。


『じゃあ、この後少し会える?』

『うん、大丈夫だよ』


 それにしても、急だ。いつもは予め夢で会う日を決めているので、当日に会えないかと言われるのは初めてのことだった。


『家に着いたら魔石を叩いてくれる? そうしたら行くようにするから』

『わかった』

『じゃあまたあとでね』


 それを最後にディランの声は聞こえなくなった。突然だけれど、ディランに会えるのはすごく嬉しい。結婚式の感動的な場面なのに、表情が緩んでしまいそうになるのを必死に堪えていた。



 式が終わって家に帰るとすぐに魔石を叩く。着替えてもよかったのだけど、せっかく髪型もセットして綺麗にしているし、どうせならこのまま会いたいと思った。


 魔石を叩いてしばらくすると、パアっと眩い光に包まれる。目を閉じていると、温かい何かに抱きしめられる感覚がする。


「ディラン」


 目を開けると、私を抱きしめたまま微笑んでいるディランと目が合った。今日は赤髪のままのディランだ。


「ルリ」


 ディランは破顔して、そのまま私に優しくキスをする。何だか夢みたいに幸せだと思った。


「今日はどうしたの?」


 唇が離れると私はディランにそう尋ねる。何だか今日のディランはいつもに増して甘い顔をしている気がした。


「一刻も早くルリに会いたくて」

「何かあった?」

「うん」


 ディランは微笑むだけですぐには答えてくれない。首を傾げても、返事ではなくキスが降ってくるだけだった。


 くすくすと笑い合いながらしばらくそうしていて、ふと身体が少しだけ離れる。


「今日はね、ルリに渡したいものがあるんだ」

「?」


 ディランは私の手を取ると、そっと何かを乗せる。重みのあるそれは──


「指輪……?」


 初めてもらったものと同じ赤色の魔石らしきものがはまった、綺麗な指輪だった。


「うん」


 ディランを見上げると、僅かに頬を染めて微笑んでいる。


「ロランに聞いたよ。日本では求婚する時に指輪を贈るんだって」

「え……?」


 求婚、という言葉に胸がドキリと跳ねた。


「ロンド王国の魔術師は求婚する時に呪いをかけた魔石を贈るんだ」

「の、呪い?」


 物騒な発言に目を丸くする。だけど、ディランは嬉しそうに微笑んだままで、物騒な様子は微塵も感じられない。


「魔術師は自分で採集した魔石に自分の魔力を込めるんだ。一人前の魔術師と認められて初めて魔石の採集が認められる。初めて採集した魔石はお守りとして取っておくものなんだけどね、結婚を申し込む時にそれを相手に贈るんだよ。魔術をかけてね」

「これが……」


 私は指輪に視線を落とす。


「この指輪をもしルリがはめれば一生その手から外れることはない。代わりに、この指輪が一生ルリを守る。俺の魔力を消費してね」

「ええ? それって大丈夫なの?」

「もちろん。そういう魔術なのさ」


 何だか危険なように思えて聞き返すと、ディランはなんてことないように返してくる。ディランは私の手の上に乗る指輪を撫でた。


「遥か昔、まだ戦の時代だった頃に生まれた風習でね。魔術師は戦場に出るけれど、妻を置いていくのが心配だろう? そこで残していく妻を守るために生まれた魔術だと言われてる。それが、今の時代にも結婚の慣例として伝わっているのさ」


 一見すると普通の指輪に見えるけれど、そんな効果があるなんて。


「安心してよ。滅多なことで発動しないからさ。発動するのは、ルリの身に死に値するような物理的な危機が迫った時だけ。病気とかは流石に肩代わりできないから」

「だけど、もし発動した時ディランは大丈夫なの?」

「魔力を消費して身を守るだけだから、大丈夫。死んだりはしないよ」


 ディランが大丈夫と繰り返してくれるので、本当に大丈夫なのだと信じることにする。それに、愛する人を守る指輪。それって、何だか素敵だなと思った。


「ルリ」


 真面目な声で名前を呼ばれて、私はディランに視線を戻す。


「俺は何があってもルリを一生守り、愛し続ける。俺と結婚してくれる?」


 真剣な声で乞われるように言われて、胸がきゅっと締め付けられる。前から結婚を匂わすようなことは言われていたから、こうしてしっかりプロポーズされる日が来るとは思わなかった。


 胸が熱くなって、ドキドキする。ディランはいつも真っ直ぐな愛を私に伝え続けてくれる。そんなディランと一緒にいられたら、私はきっと一生幸せだと思う。


「……はい。お願いします」


 私が頷くと、ディランはホッとしたように微笑む。そして、そっと指輪を手にすると、私の左手の薬指にそれをはめる。


「契約だ、ルリ。この魔術はただ一人にしか発動できない。これで俺はもうルリを一生守ることになる」

「うん」

「その代わりにルリの左手の薬指は俺のものだ」

「うん」


 頷くと、ディランが微笑む。瞬間、指輪がキラリと光った。すぐに収まったが、指輪が私の身体の一部になったように、妙に馴染んでいる。


「ルリ、愛してるよ」

「ディラン……。うん、私も」


 ディランは私の左手をぎゅっと握ったまま、そっと優しい口づけをした。

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