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42話

「あの、先程はすみませんでした」


 ロランさんと魔術の話を始めたディランを置いて、私は家の外に出た。外には、私よりも先に退席していた高達さんがいる。


「何が?」


 高達さんは特に気にする様子もなく、いつものように微笑む。


「えっと、高達さんが悪人なんじゃないかと疑ったりして」

「ははは、随分と正直だね」


 声を上げて笑った高達さんは、綺麗に整備された庭を目を細めて見る。


「いいんだよ。実のところ、俺だって疑っていたし」

「ディランが悪人じゃないか、と?」

「違う違う」


 高達さんは首を振りながら私に向き直った。


「魔術師とか、異世界とか、そういう存在を、さ」


 苦笑しながら首を傾げる高達さんの言葉に私は耳を傾ける。


「だって、そうだろう? 昔から経歴は聞かされてきたけれど、じいちゃんが俺の目の前で魔術を使うところを見たわけでもないし、信じられるわけないじゃないか。アニメの世界じゃあるまいし、じいちゃんの頭がおかしいんじゃないか、なんてね。実際、俺の母親だって信じてるかどうか怪しいよ」

「それもそうですね……」


 私だって、ディランが実際に目の前に現れるまでは、その存在を信じることはできなかった。ロンド王国に行ったこともなければ、魔術を見たこともない高達さんに信じられるはずもない。


「でも、よくディランを魔術師だと信じて、お祖父さんに会わせてくれましたね」

「自分でも不思議だよ」


 高達さんは肩を竦める。


「景子が魔術師という言葉を口にした時、まさかと思ったよ。普通なら聞き逃してそれで終わりだったと思う。だけど、なんだろうね。ちょっと気になって、じいちゃんに直接聞いてみたんだよ。そしたら、会いたいって」


 困ったように笑う高達さんは、いつもよりも少し幼く見えた。


「吉岡さんもディランくんのいるところに行くか、悩んでるみたいだったから。じいちゃんの話を聞いて、会わせてみるのもありかなって。もし、じいちゃんの話が本当だったら、俺もじいちゃんのことを信じることができて、いいことしかないと思ったし」

「ありがとうございます」


 高達さんが声をかけてくれたから、ディランの戸籍問題が進展しそうなのだ。それは、私とディランが一緒に暮らすための最大のハードルだったので、解決できることは本当に感謝しかなかった。


「まさか、高達さんにこんな形で助けてもらうとは思ってもみませんでした」

「俺もだよ」


 私達は顔を見合わせて笑う。


「吉岡さんはじいちゃんの故郷に行ったんだよね?」

「はい」

「どんなところだったか、今度ゆっくり聞かせてよ。魔術のことも、俺は全然わからないから」

「いいですよ。飲み代は奢ってくださいね」

「はいはい」


 いつか、高達さんもロンド王国に行けたらいいのに、と思う。ジュークさんに頼んだら怒られてしまうだろうか。


「ルリ」


 後ろから声をかけられて振り返ると、ディランがロランさんと共に家から出てきたところだった。ディランは真っ直ぐ私のところに来ると、私の腕を引いて自分の胸の中に引き寄せた。


「お待たせ、ルリ」

「ディ、ディラン? この体勢は……」

「ふふ、ヤキモチを妬かれちゃったかな」


 私達を見て高達さんが笑う。ディランを見上げると、確かに警戒したように高達さんを見ている。


「これからも長い付き合いになりそうなんだから、よろしく頼むよ」


 高達さんはそうディランに声をかけるけれど、ディランは私を抱きしめる力を強くして警戒を解こうとしない。何だか、番犬のようだった。


 ディランって誰にでもほんわかとして優しいのかと思いきや、高達さんとは微妙に相性が悪そうだ。私はディランをなだめようと、腕にそっと触れる。


「ディラン、大丈夫だよ」

「ルリ……」


 高達さんには警戒の視線を送っていたのに、私を見る時はいつもの柔らかい表情に変わった。愛されているんだなぁ、と、人前なのにときめいてしまう。


「ロランさんとの話は終わった?」

「うん。手続きをいろいろとしてくれるみたい。近い内に日本で暮らせるようになる」

「ディラン……」


 本当にディランと一緒に暮らせる日が来るんだ。そう思うとほわっと胸が温かくなって泣きそうになる。今が人前でなかったら、本当に泣いていたかもしれない。


「ロランには魔石を渡しておいたから、これから連絡を取り合って手続きを進めるよ」

「私にも一応魔力があるからね。魔石さえあれば、こちらからでも連絡が取れるよ」


 後からやってきたロランさんにそう声をかけられる。


「一応だなんて。俺より魔力は多いのに」

「だが、なまってはいる。歳も歳だからね」


 そう言うロランさんは何だか少年のように嬉しそうだ。高達さんもそんなロランさんを見て、


「じいちゃんが魔術、ね」


 と、嬉しそうに微笑んでいる。


「魔術を使って来なかったんだね」


 ディランは不思議そうに首を傾げた。


「簡単な魔術なら使えるはずなのに」

「確かにそうだが、私は日本人になりたかったんだよ。魔術を使っていては、本当の日本人になれない気がして」


 目を細めて微笑むロランさんから、亡くなられた奥様への愛が伝わってくるようだった。未だに私の肩を抱いたディランは私を見て尋ねる。


「俺も魔術を使わないほうがいいかな?」

「ディランは魔術が好きだからいいよ。仕事としても続けていくわけだし。あ、でも、人前では使っちゃダメだよ?」

「気をつけるね」


 ディランが日本に住むことになった時のことを思うと、胸がはずんだ。すべての障害が取り払われて、ようやく私は女性として将来を考えられることに、自分で思っていた以上に胸が高鳴っていた。


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