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41話

 指定された駅に着くと、改札前で高達さんが待っていた。同僚である高達さんを前に恥ずかしかったのだけれど、ディランは警戒して繋いだ手を離そうとしない。


 高達さんは特に気にする様子もなく、普段通りのどこか胡散臭い笑顔を浮かべている。


「こんな場所までわざわざありがとう」

「いえ。で、ここに何があるんですか?」

「まぁまぁ。とりあえずついて来てよ」


 困ったように笑ってから、駅を出てロータリーに向かう。一台の白い車のところまで行き、後部座席のドアを開けた。


「どうぞ」

「高達さんって車持ってたんですね」

「まぁね。休みの日に時々使うくらいだけど」


 素直に乗り込もうとすると、ディランに腕を引かれる。


「ルリ、これ何?」

「ああ、えっと」


 耳元で尋ねられて、そういえばディランは車に乗ったことがないのだと気がつく。


「乗り物だよ。電車のちっちゃいバージョンみたいな」


 だいぶ強引な説明だったけれど、ディランは一応理解したようで頷いた。


「乗って大丈夫なの? ずいぶん小さいけど」

「大丈夫、だと思う。もし危なかったら窓叩いて外に助けを求めよう」

「何かあったら破壊していいってことだね?」

「まぁ……うん。高達さんが変なことしてくるようなら」


 随分物騒な話をしているが、高達さんは既に運転席に回っていて気がついていない。ディランは決心したように頷いて、先に車に乗り込んだ。


「じゃあ出すね」

「お願いします」


 ディランは警戒する犬のように車内をきょろきょろと見回し、高達さんを注意深く観察している。ルームミラーでそれを見た高達さんは流石に苦笑した。


「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。変なことはしないから」

「……本当ですか?」

「吉岡さんまで! ひどいなぁ」


 高達さんは肩を竦める。だって魔術師のことを知っているわけだし、どう考えても怪しい。警戒するなという方が難しい。


 だけど、変な発言をして墓穴を掘るのは嫌だから、自分から魔術師の話をしたくはなかった。


 車内には女の子が好きそうな甘い香りの芳香剤の匂いが漂っていて、いかにも高達さんの車っていう感じだ。片手で運転する高達さんは様になっていて、この姿を見ただけでコロリと落ちてしまう女の子もいそう。


 観察してもいつもの高達さんと同じで普通のちょっと軽い男の人に見えるのだけれど、どんな秘密を隠し持っているのだろう。


 車は順調に走る。10分ほど走ったところで、


「そろそろだよ」


 と、高達さんが声をかけてきた。周りを見渡すと、普通の民家が並んだ住宅街だ。


「山、とかじゃないんですね」


 人気のない場所に連れて行って何かされる! という心配をしていたのだけれど、それはひとまずなさそうだ。


「信用ないなぁ」


 高達さんは困ったように笑っているが、仕方のないことだと思う。その時、車の中でも私の手を握ったままのディランの力が強まって、私は視線をディランに向ける。すると、前方を見てディランは鋭い顔をしていた。


「……この先に魔術師がいる」


 ディランは高達さんにも聞こえるようなボリュームでそう告げた。


「え?」


 一気に緊張感が高まって聞き返す。


「魔力を持った人間がいる。それも、俺以上の魔力を持っている」

「それは……」


 高達さんは私達に会わせたい人がいると言った。まさか──


 前を見ると、高達さんは穏やかに微笑んでいるだけだった。


「着いたよ」


 高達さんの運転する車は一軒の住宅の敷地に入る。家は奥まったところにあるので、砂利が敷き詰められた敷地をガタガタと進み、家の前で車が止まった。


 すると、これぞ日本家屋! という雰囲気の家の引き戸が開いて、一人の男性が出てきた。男性の頭は真っ白い白髪頭で、日本人にしては彫りの深い顔をしている。


 ディランと私は車のドアを開けて外へ出た。ディランは出てきた男性から私をかばうように前に立つ。男性は私ではなくディランと視線を合わせてゆったりと口を開いた。


「どうも、いらっしゃい。お若い魔術師さん」



 年配の男性に案内されて、私達は畳の客間で向かい合って座っている。ディランの前に年配の男性、私の前に高達さんという並びだ。


 緑茶を出してくれてから、高達さんは座って口を開いた。


「こちらは俺の母方の祖父、羽田ロラン」

「こんにちは」


 ロランさんは穏やかに微笑む。笑った時の目元が、少し高達さんに似ている。


「……どうも。ディラン・フォーレンハイムです」

「吉岡瑠璃です」


 ディランは明らかに警戒した様子で頭を下げた。私にも緊張が走っている。会って早々ディランを魔術師だと言った、魔力を持つ人間。名前的にも純日本人ではなさそうだ。と、いうことは──


「もう気がついていると思うけれど、私も魔術師です」


 物腰柔らかにロランさんはさらっと打ち明けた。敵意はなさそうだけれど、何が目的かわからない以上、警戒してしまう。


「君もロンド王国の魔術師なのかな?」

「と、いうことはあなたも」

「そうだ」

「……もしかして、あの書物を書いたのは」

「おや、まだ残っていたか」


 ディランが言うと、ロランさんが嬉しそうに目を細めた。


「書物?」

「俺が日本に来るきっかけになった本だよ」

「ああ……」


 そういえば、二回目に夢の中に出てきた時に言っていたっけ。倉庫で「異世界人と交流する魔術」という本を見つけて研究を始めたって。それは言ってみれば私とディランが出会ったきっかけの本。


「その作者が……」


 ロランさん。目が合うと、赤茶色の瞳を細めて微笑んだ。


 日本と交流を持つ魔術が作られていたのなら、実際に使った人がいるということだ。それがロランさん。そして、このロランさんが高達さんのお祖父さん?


「じいちゃんが魔術師だってことは教えてもらって知ってはいたけど、今まで特に意識したことはなかったんだ。ディランくんが魔術師だって聞くまでは」


 高達さんが私の視線に気がついて口を開く。飲み会で景子が「魔術師」という単語を出して驚いたのはそういうことだったのか。


「ロンド王国、懐かしいねぇ」


 ロランさんは遠い目をする。


「ロランさんは今は関わりを持っていないんですか?」

「ああ、日本に来てから一度もね」


 私が尋ねると、ロランさんは困ったように肩を竦めた。


「日本では魔術がほとんど使えないからね。完全に来てしまったら戻る術がないのさ。魔術師仲間が呼び戻せば可能もあったかもしれないけれど、単独で研究していたものだから、私が日本に来たことも知られていないだろうね」


 静かにそう言ってから、首を振る。


「ただ、私にとってはそれでいい。ロンド王国に帰るつもりはなかったから」

「……あまり、いい思い出がないんですか?」


 踏み込んだ質問かとも思ったが、聞かずにはいられなかった。ロランさんは「いいや」と、静かな口調で否定する。


「君と一緒で、日本に愛した人がいたからさ」


 思わず私はディランと顔を見合わせた。私達と、同じ。


「日本に移り住んで、結婚もしたよ。5年前に先立たれてしまったけれどね」


 ロランさんは横に視線を送る。木造りの飾り棚の中央には寄り添う男女が映った写真が飾ってあった。


「日本に来たこと、後悔はしていないよ。だからこそ、翼に頼んで君たちを呼んだんだ」


 私とディランに視線を向ける。


「君たちも日本で結婚するつもりなのかい?」

「……はい」


 ロランさんが何者かわかって、来た時よりも警戒を解いた様子のディランが迷いなく頷いた。はっきりと肯定してくれたことが嬉しくて、胸がきゅっとなる。


「そうかそうか」


 ロランさんもまるで孫を見るかのような優しい視線で私達を見た。


「それじゃあ私がきっと力になれる。君がここに来るきっかけを作ったのは、私なようだからね。責任は取らせてもらうよ」

「力に……とは?」


 尋ねると、高達さんがするようなウインクをロランさんもして見せる。


「あまり詳しくは聞かないでほしいんだが、日本で暮らしていく上で必要なものを用意できる」

「必要な、もの……」


 それって──。


「戸籍、とか?」


 ロランさんは柔らかく微笑んだ。


「困っていることはたくさんあるだろう。力になるよ」

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