40話
翌日の火曜日はいつもと変わらず仕事だ。満員電車に揉まれ、会社へと向かう。昨日までいたロンド王国とは全く違う日本の日常が、今は嬉しく感じる。
いつもより足取り軽く会社に向かっていると、後ろから肩を叩かれた。
「おはよう、吉岡さん」
高達さんだ。そういえば、最近高達さんとは話をしていなかった。と、いうか、飲み会の後にディランが高達さんは微量な魔力を持っていて、魔術師という言葉にも過剰に反応したことから、警戒しろと言われていたんだったっけ……。
「……おはようございます」
とは言っても同僚だし、無下にすることもできない。警戒しながら挨拶した。
「昨日、有給だったよね? ディランくんとデートかな?」
「えぇ、まぁ……」
「上手く行ってるみたいでよかったね」
高達さんは特に変わった様子もなく話している。やっぱり、危険だなんて思い過ごしだったんだろうか。
「どっちの国に住むかは決めたの?」
「あぁ、えっと、一応日本に……」
「そうなんだ。吉岡さん的にはよかったけど、ディランくんは大変でしょう。仕事とかどうするの?」
「今の仕事を続けるつもりみたいです」
「じゃあ行ったり来たりするの?」
「いえ、日本でできるようにするみたいです」
「そっか。魔術師の仕事を続けるんだ」
「は……え?」
魔術師。その単語が高達さんから出たことに驚いて、私は見返す。高達さんはいつものように目を細めてうさんくさい笑顔を浮かべている。
「だから、それは、夢で……」
「よかったらさ」
私の言い訳を高達さんは遮った。
「今度、景子は抜きで、吉岡さんとディランくんだけで会わない? 紹介したい人がいるんだ」
「紹介したい、人……?」
「そう。きっとディランくんにとっては悪い話じゃないと思うから。言っておいてよ」
そのタイミングで私達は会社のあるビルに入る。人も増えてきて、高達さんにあれこれ尋ねることができなくなってしまった。
高達さんは景子が冗談で言った、ディランが魔術師だということを信じているようだ。それに、紹介したい人って……?
突然の展開に頭が追いついていかずに、私は混乱したまま仕事を始めるのだった。
『やっぱりツバサは危険人物だったか……』
その日の夢でディランに高達さんの話を報告すると、険しい顔でそう言う。ちなみに、いつもと同じくディランの部屋で、床に座って向かい合っている。つい数日前にはこの部屋の椅子に座ったり触れられたことの方が夢だったかのようだ。
『ルリが無事でよかったよ』
ディランは一番に私の身を案じてくれる。高達さんと会う時は会社か通勤の途中で常に人の目があるところなので、何かされるということはないと思う。だけど、魔術が関連していると思うと何が起こるかわからないのもまた事実だ。
「それで、どうする? 高達さんに会う?」
『うん、会うよ』
ディランは即答で頷いた。
『俺の手の届かないところでルリに何かされても困るし、釘を指しておかないと』
怒った様子でそう言うので、愛されているなぁと、そんな場合ではないのに頬が熱くなる。
『あと、紹介したい人、っていうのも気になる』
「そうだね。魔術師のことを知ってるっていうことは、それに関連する人なのかな……」
『日本にも魔術師がいるのかもしれないね』
「まさか! 日本では魔術が使えないんでしょう?」
『それはそうだけど、ツバサが魔術のことを知っていたことの説明がつかない』
「確かに……」
至って普通の日本人に見える高達さん。だけど、魔術のことを知ってるということはどういうことだろう。
「高達さんもロンド王国の人、なのかな……」
『それにしては魔力が小さすぎるけど……。まぁ、直接聞いてみればわかるよ』
「そうだね」
とんでもない展開に私はごくりと唾を飲み込んだ。
高達さんとディランが会うのは、その週の土曜の昼間に決まった。これは景子には内緒らしく、景子も知らない。罪悪感はあるけれど、魔術に関わる話なら仕方がないと思った。
それとなく景子に高達さんとのことを聞いてみたけれど、付き合いは至って順調に進んでいるらしい。だけど、今回の話の結果によっては、景子に高達さんと別れるよう言うつもりだ。景子が傷つくような隠し事をしているのだとしたら、早めにケリをつけたほうがいいと思うから。
いろんな不安を抱えて土曜がやってきた。まずは茶髪ディランが私の部屋にやってくる。今日はジュークさんには頼まず、自分で魔術を発動させて来たようだった。
「それじゃあ行こうか」
いつもは会えばすぐに柔らかい笑顔を見せてくれるディランも、今日は険しい顔をしている。
「何かあったら俺がルリを守るからね」
「ディラン……ありがとう」
不安だけど、ディランとなら安心できた。私はディランと手を繋いで家を出る。
今日の待ち合わせ場所は私の家から電車で一時間ちょっとの名前も知らなかった小さな駅だ。高達さんがそこを指定してきた。
まったく理由はわからないが、とりあえず私達はそこへ向かうために電車に乗った。




