4話
目の前で楽しそうに微笑むディランを見ながら、私はなおも混乱している。
景子の言うように、私は自覚していなかっただけでものすごい寂しくて、そのせいで頭がおかしくなってしまったのだろうか。そうじゃないとしたら「これは夢じゃないかも」なんて思い始めてる自分をどうしたらいいのかな。
それに、もしかして私はとんでもなく安請け合いをしてしまったんじゃないだろうか。夢だと思っていたから軽く「いいよ」なんて言ってしまったけれど、異世界の魔術師を彼氏にしてしまうなんて。
『あれ? そういえば、そろそろルリの起きる時間だと思ったんだけど、まだ夢の中にいて大丈夫なの?』
「ああ、大丈夫。今日は仕事休みだから」
『そうなんだ!』
ディランはパッと表情を明るくさせた。
『それならもっと一緒にいられるね!』
どうやらディランは喜怒哀楽をわかりやすく表に出す人らしい。今はとっても喜んでいるようだ。
こんなに感情がわかりやすい人は久しく見ていない。感情がわかりやすいと、きっと不快に思ってもすぐ表に出すだろう。それはなんだか私を落ち着かせる。見る限り裏表もなさそうだし、相手がそうだと自分も素を出しやすいものだな、と思う。
『ルリに質問してもいい? ルリのことをいろいろ知りたいんだ!』
「うん、いいよ」
そういえば、一応恋人同士なのに、私たちはお互いのことを何も知らない。
『ルリは何歳なの?』
「あ、えっと、27。今年で28になるね。ディランは?」
『俺は今年で24だよ!』
やっぱり。薄々ディランは私より年下じゃないかと思っていたけれど、予想は当たっていた。
私は小さくため息をつく。4歳も年下。別にこの年になると大差ない気がするからこっちは気にならないけど、男性側からしたら年上って微妙だよね。
こっちはアラサーだし、その割にもう5年も彼氏いないって、何か問題あるでしょ? って思われる。まぁ私も独身生活を楽しんでるわけだから、ごもっともなのかもしれないけど。
私がこんな年齢だって知って、ディランは嫌にならないだろうか。まぁ、事故で付き合ったみたいなものだし別にいいんだけどね。だけど、年齢を理由に別れるとか例え夢でもちょっと傷つくな、なんて思ったりして。
って、何を夢の中で本気で考えてるんだか。私のこじらせてる感じ、意外と根深いのかもしれない。彼氏いない時期にもいろいろ痛い目見たし。
と、ディランを見ると。
『ルリってまだ結婚してないんだよね? 良かった~! こんな素敵な人が独身でいてくれて!』
「は?」
予想もしなかった言葉に驚いてしまう。私のネガティブ思考が一瞬でどこかへ飛んで行ってしまった。
『俺の国だと貴族は18で結婚を決めちゃうんだよ。俺は貴族じゃないから全然関係ないんだけど! だから、ルリがまだ結婚しないでいてくれて、本当によかった!』
この人はポジティブの塊なのかな? 私は驚きでしばし固まる。その間、ディランは『そっちの国は結婚遅くてもいいのかな? それとも、ルリが貴族じゃないだけ?』などと、予想を膨らませていた。
何だろう、自分がうじうじと悩んでいるのが馬鹿らしくなるほどに、ディランは楽しそうなのだ。
「ねぇ、私も聞いてもいい?」
『うん! 何でもどうぞ!』
「ディランは私のどこを好きになったの?」
これが夢だったなら、恥ずかしい質問だ。自分で自分の好きなところを尋ねるなんて。だけど、ディランを見ていたら、これが夢じゃなければいいのにって思ってしまうんだ。
『え、それ、聞く?』
ディランは明らかに動揺して、恥ずかしそうに視線を彷徨わせる。顔まで赤くして、私までそのドキドキが伝染してくるみたいだ。
『あのね、ルリの夢にお邪魔する前に、魔術でちょっと生活を覗かせてもらったんだよ』
「うん」
そう言えば昨日そんなことを言っていたっけ。それってちょっと恥ずかしい。どんなところを見られていたんだろう。
『たぶん仕事中だったのかな? 机に向かって何かしてるのが見えた。その時のルリの表情がね、真剣で、綺麗で……何ていうか、一目惚れ、というか』
ディランの声が尻すぼみに小さくなる。本当に恥ずかしがってるんだ、とわかって、私の鼓動も早くなる。それに、一目惚れ? 私に?
私は景子みたいに美人じゃない。鼻も高くないし、目はつり目気味。それでも唯一黒目は大きいかな、くらいの平凡な顔。
歴代彼氏にも綺麗とか言われたことない。聞いたのは私なのに、なんだかものすごく恥ずかしくなって、穴があったら入りたい状態になってしまう。
『本当に好きだから』
さっきまで照れていたディランが真っ直ぐに私の顔を見て告白する。その顔が、今までの犬のような可愛いものではなく、ちゃんと男性の顔をしていて、もう私の心臓は限界だった。
(に、逃げたい! この場から、今すぐに!!!)
そう願うと、途端に視界がぼやけてくる。
『あ、ルリ──』
ディランの声が遠くに聞こえて、次に目を開けると、私は自分の狭いワンルームの部屋でベッドに寝転がっていた。
「あー」
スマホを見ると、時間は朝9時だ。休みの日はいくらでも眠っていられる私にしてはかなり早い起床だ。本当なら二度寝する時間だけど、さっきのことを思い出すともう眠れそうにない。
「あー!!!」
枕に顔を押し付けて、思い切り叫ぶ。足はバタバタとさせながら。
さっきの何だあれ! あんなにしっかり告白されたのは初めてで、男らしい顔で「好き」なんて言われたら私──
「夢だから! 夢、だから!」
悶えながら叫ぶ。そうしないと、私は夢の中の魔術師にときめいてしまったと、認めざるを得なかったから。