38話
その日はそのままディランの家で長く時間を過ごし、ジュークさんの屋敷に戻ったのは夕方のことだった。観光ができるのは今日が最後だったけれど後悔はなく、むしろ心が温かく満たされている。
夕食は二人で食べた。屋敷の中にはジュークさんがいるのかもわからないくらい、気配がない。伝えたいことがあったのだけれど、明日帰る時には必ず会えるので、その時に話そうと思った。
夕食後は昨日と同じようにお風呂へ。相変わらず一人で入るには広すぎるお風呂は、水音だけが響いている。そんなお風呂の中でディランとのことを考える。
よく考えたら、今日ディランに言われたこと、プロポーズみたいだ。ずっと一緒に、って──
急に顔が熱くなって、ズルズルと湯船に沈む。ああ、私、幸せだなぁ。
昔はあんなに好きだった賢吾に揺さぶられるようなことを言われて一瞬動揺したけれど、今はそのことも頭にないくらい、ディランのことが好きだ。やっぱり、私はディランと一緒にいる未来を選びたい。
結局、私はディランに甘えっぱなしだ。日本に来るということになるとディランには負担を強いることになってしまう。
それに対する申し訳なさは拭えない。だけど、大事なのはそれだけじゃなかったのだと、話し合った今なら思える。
ディランが私を思って日本に来ると言ってくれたこと、とても嬉しかった。一緒にいられる未来が見えて初めて、自分もディランを深く求めていることに改めて気がついたのだ。
これで日本に住むことが決まったわけではないと、私は思っている。お金も戸籍もどうにかなる目処は立っていない。もしかしたら、どうにもならないかもしれない。
そうしたら、私がこちらの世界に来る。家族や友達、仕事のある日本を離れることに不安はあるけれど、今は不思議と躊躇いはない。必要なのは覚悟だったのだと気がついた。
今まで一人で悩んでしまったけれど、これからはディランと二人で悩めばいい。どうにかならないことはない。今ならそう思える。
一緒に悩んで考える。それが一緒に生きていくということなんだと、今ならわかる。
嬉しくて、私は一人で表情を緩めてしまう。
私は恋愛も結婚も選ぶ。ディランと何があってもずっと一緒にいると、今日気持ちを固めたのだ。
翌日の朝、日本に帰る日だった。2泊3日の旅行なんてあっという間だ。またしばらく遠距離になってしまうと思うと寂しくて、私は朝からディランに甘えている。
「今日は俺が魔力を使うわけじゃないから、ちゃんと夢にも出てくるからね」
ディランも私が寂しがっているのがわかったのだと思う。腕枕をして、もう片側の手で私の髪を梳きながらそうなだめてくれる。
「また日本にも遊びに行くから」
「うん……」
だけど、一時的に日本に来るだけだと6時間くらいしか一緒にいられない。3日一緒にいてしまうと、物足りなく感じる。前は一瞬でもディランに会って触れられるだけで満足だったのに、どんどん欲深くなってしまっているようだ。
「なるべく早く日本に移れるように準備するから」
ディランはそうも言ってくれる。私達の気持ちは決まったのだから、これからはそこに向かって準備することになる。
このロンド王国のもので地球で価値があり、お金にできるものはあるのか、ディランは魔術師を続けていけるのか、日本での戸籍は? など、考えることは山積みだ。
でも、今なら乗り越えられる気がする。私達の気持ちは固く、揺るがないのだから。
「頑張ろうね」
「うん」
ディランは柔らかく微笑んで私の額に口づけを落とす。不安はあるけれど、きっと大丈夫。私達なら。
ジュークさんはなんて言うかわからないけれど。ディランを奪うことになり、恐らくいい顔はしないだろう。それでも逃げずに、ちゃんと報告する必要があるだろうと思った。
ダラダラと支度をして、昼前に食事を取ろうと私達は食堂へ行く。そこには、すっかり食事を終えた様子のジュークさんが、ペンを持って何やら書物をしていた。私達の姿を見ると顔を上げて冷ややかな瞳を向ける。
「……来たか」
「その様子だとすっかり魔力は戻ったようだね。流石はジュークだ」
「当たり前だ。だが、またすぐに空にさせられるのだろう」
ジュークさんは今日も不機嫌だ。面と向かって話した時のことを思い出すと身がすくみそうだけれど、ディランがしっかりと手を繋いでいてくれているので安心できる。
「魔法陣を少しは改良できないか考えてみた」
「やってくれてると思っていたよ」
ディランはジュークさんに近づいてどれどれと羊皮紙を覗き込む。私もディランと手を繋いでいたので一緒に見てみるけれど、暗号みたいな文字やよくわからない図を見てもさっぱりわからない。
「……なるほど。確かにそこは変更の余地があると思っていたんだ」
「二重に魔術を発動させることになっていて非効率だからな」
「最新の術式を応用したのか……あ、じゃあこう変えるのはどうかな?」
ジュークさんの持っていたペンをディランがもぎ取って、さらさらと羊皮紙に書き込んでいく。ディランが書いた暗号のような文字を見て、ジュークさんが僅かに目を見開いた気がした。
「……ふん。それで魔法陣を書き直してみるか」
「そうだね」
内容はさっぱりわからないけれど、その短い二人のやり取りで信頼関係がわかる。ジュークさんにとって、ディランは対等な同僚なのだと思った。
いつの間にかディランの手は私から離れ、二人はあれやこれやと魔術の話に夢中になっている。二人共、魔術のことが大好きなのだと思うとジュークさんへの怖さも少し薄れる。
私は二人に気がつかれないように小さく笑って、一人で食事を初めたのだった。




