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37話

 だいぶ慣れてきた転移が終わったはずなのに、目を開けても真っ暗な場所にいた。ディランに抱きしめられるような格好でいたので、思わず縋るように身を近づける。


「あ、ごめんごめん」


 頭上からディランの声が聞こえてホッとした。それと同時に周りが明るくなる。ディランが魔術で明かりをつけてくれたようだ。


 私が今いるのは土壁の中。この景色には見覚えがあった。


「俺の家では洞窟の中に転移用の魔法陣を描いているんだ」

「ここ、前に夢に出てきたよね?」

「ああ、そういえばそうだったね。実験しててそのまま寝ちゃった時に」


 あの時、私が「身体に悪い!」と、怒ったことを思い出したのだろう、ディランは苦笑いをする。あれからここが夢に出てきたことはなかったから、気をつけてくれているのかもしれない。


 あれはディランが夢に出てくるようになってすぐのことだった。そんなに時は経っていないのに、ひどく昔のことのように感じる。


「この洞窟は意外と広いんだ。ここは転移専用の穴で、道を別れると実験用の穴がある」


 ディランは私の手を取って、洞窟から出ようと歩きながらそう説明してくれた。


「広い洞窟なんだね」


 土壁に触れてみるとひんやりとしている。夢では触ることができなかったから、こうして感触があると本当にディランの国に来たんだと改めて実感する。


「まぁね。必要になったら定期的に広げてるから、どんどん拡大してるよ」

「え、ディランが掘ってるの?」

「魔術でね」


 そうディランは微笑む。魔術でそんなこともできるなんて、もし日本で魔術が使えたら工事現場の人が必要なくなってしまう。と、いうか、ディランはこの国でそういう仕事もしているのかもしれない。


 歩いていると、外の光が見えてきた。目を瞬きながら外へ出ると、そこは森の中のようで木が生い茂っている。


 木漏れ日の下はとても涼しい。気持ちのいい風が吹いていた。


「こっちだよ」


 ディランが指し示した右側を見ると、一軒のログハウスのような木造りの建物が建っている。聞かなくても、きっとこの家もディランが魔術で建てたんだろうと予想がついた。


「俺の家に、いらっしゃい」


 誘われて家に入ると、そこは夢の中で見慣れたディランの部屋だ。


「うわぁー!」

「ふふ、変な気分だよね?」


 ディランも楽しそうに笑った。私の部屋より一回り大きく、ベッドとダイニングテーブル、二脚の椅子が置いてある。壁一面に本棚があり、びっしり本が詰まっていた。


 部屋の中心まで行って椅子に触れてみるとしっかりとした感触。座っても、もちろん通り抜けて床に落ちることはない。


「座れるね」


 そう笑うと、ディランは私の頭を撫でてくれた。その後、私は本棚から本を取り出して見てみたり、普段触れなくてわからなかった部分を見せてもらう。


 どこかディランの匂いのする部屋にいると落ち着いて、いるだけで幸せな気持ちになれた。


「ジュークの屋敷と違って狭いし、何もない部屋だけど」


 ディランはせっかく旅行に来た私がこの部屋に来て退屈じゃないか気にしているようだ。だけど、私は十分楽しい。普段のディランの生活が垣間見えるようで嬉しかった。


「このくらいの部屋が落ち着くよ。ジュークさんのお屋敷はお城みたいだもの」

「まぁあんなに広くても持て余すよね」

「そうだよ! 私の家なんてディランの部屋よりも狭いからさ」


 私の部屋だったらこんなに立派なテーブルは置けない。私は再び椅子に座って、木のテーブルを撫でた。


「だけど、もしルリがここに来るなら、部屋も広くしないとね。二人で住むには狭いでしょう」

「そう……だね」


 ディランに急にそう言われて、一瞬言葉に詰まってしまう。ディランの家に来られた感動で、少しの間この国に移住することを忘れていた。


 急いで取り繕ったつもりだけれど、上手く笑えていただろうか。私の側に立ったディランは少し寂しそうに笑う。


「自分から言ってくれるのを待つつもりだったけど……ルリ、悩んでるんでしょ?」

「……え?」


 わからないふりをして聞き返したけれど、心をぎゅっと掴まれたようにざわついた。


「ロンド王国に移住するかどうかの話」


 はっきりと言われて、私はなんて言ったらいいかわからずに俯く。話をしなきゃと思ってはいたけれど、ディランの方から話を振られるとは思っていなかった。


 それに、私が迷っていたことに気がつかれていたなんて。ディランはそんな様子を見せていなかったから、全然気がつかなかった。


「ルリ」


 ディランは私が座る椅子の側にしゃがんで、柔らかく私の名前を呼ぶ。躊躇いながらもディランを見ると、いつものように優しく微笑んでくれた。


「元々、俺がルリの国に行くつもりだったんだし、それでいいんだよ」


 何も言っていないのに私の心の中を読んだかのような発言で、私は無性に泣き出したくなる。


「でも……ディランから魔術を奪うことになっちゃう」


 声が震えて、それを自覚するとじんわりと涙が滲んだ。泣きたいわけじゃないのに、悔しい。ディランはそっと私の頬に手を添える。


「魔術が使えなくなるわけじゃないよ。それに、ルリの国はその分便利じゃないか」

「魔術師としての仕事ができなくなるんだよ? ディランはこの国に必要な存在なのに」


 ディランがあまりにも優しすぎて、強い口調になってしまった。ディランが自分を犠牲にしすぎていて、それが自分のせいだと思うと辛い。


「仕事は続けることになると思う」

「え?」


 私は目を瞬かせる。


「ほら、日本とロンド王国で物品の行き来は割と楽にできるでしょう? 今の仕事だって紙とペンがあれば魔法陣の設計とか改良はし続けられる。日本で作って、できたものをジュークに送ればいいだけだから、変わらずに仕事ができるよ」


 思いもしなかったことを言われて、私は言われたことをしばらく考える。ディランがそこまで考えていると思わなかった。


 ディランが魔術師を続けられると言うならば、それは嬉しい。だけど、問題はそれだけではないのだ。


「そうするとお金と戸籍の問題が……」


 私だけの稼ぎでディランを養っていくのは難しいだろう。ディランは仕事をするとはいえ、ロンド王国のお金があっても日本では生きていけないのだから。


「それは俺も今考えてる。お金は、日本で価値があるもので、ロンド王国でも手に入れられるものがないかって調べる必要があると思う。日本でお金に変えられれば生活していけるでしょう?」


 それは考えてみたことがなかった。確かに、あまりにもかけ離れた世界ではなさそうだから、日本で価値のあるものがこの国にあれば、ディランもお金を得ることができる。


「コセキっていうのは?」

「あぁ、うん。生まれた時に登録するもので、それで身分を証明するんだよ。それがないと、いろいろ不便だし、法律的にもまずいことに……」

「なるほど」


 ディランは顎に手を当てて考える様子を見せた。


「それは確かに必要だね。魔術でどうにかできないかな……」

「魔術では無理だと思うけど……犯罪はよくないし」


 危ないことをするのはよくない。後ろ暗く生きて行きたくはなかった。


「でも、どうにかできるように一緒に考えようよ」


 そう言ってディランは微笑んだ。


「大丈夫だよ、ルリ。きっと何とかなるよ。それよりも今は俺たちの気持ちが大事だ」


 ディランは私の手を自分の手で包み込む。


「俺はルリと一緒にいたいよ。長い間離れて、夢でしか会えないなんて嫌だ。毎日一緒にいて、離れたくない」

「ディラン……」


 柔らかい口調ながらも甘い言葉に、私は胸をときめかせる。嬉しくて、今までの不安な気持ちが蕩けていくようだった。


「俺が何よりも優先するのはルリだよ。ルリが笑ってくれるのが一番いい。だから、俺が日本へ行くよ」

「だけど……っ!」


 嬉しくて胸がつまる。それでも、私はすぐにそれを受け入れることができない。素直に頷いたほうが可愛い女性だってわかってはいても。


「ディランはそれでいいの? 慣れ親しんだ世界から、知り合いも誰もいない場所に行くことになるなんて……っ!」

「俺は元々孤独だから」


 ディランは少し寂しそうに笑う。


「家族ももういないし、特別な友達もいない。必要にもしてこなかった。だけど、ルリは違うでしょう?」


 愛おしさの篭った瞳で覗き込まれる。


「俺はルリだけは失いたくないし、すごく執着してると思う。こんなに会いたいと思うのもルリだけだし。俺にはルリだけいればいいんだ」

「そんな……私なんて」

「ううん、ルリだからいいんだよ」


 素直に頷かない私に、ディランは辛抱強く何度も言う。


「理屈なんてないけど、とにかくルリがいいんだ。俺はただルリを愛してる」

「ディラン……」


 私の目からぽろりと一粒涙が溢れた。


「ねぇ、ルリ。俺とずっと一緒にいてよ。日本へ行ってもいいでしょう?」


 ここに来ても私は頷いていいものなのかわからない。ジュークさんに言われたこともあるし、魔術師は続けられると言ってもディランから奪ってしまうことに変わりないように思える。


 だけど、もう私の心は限界だった。私もディランを求めてたまらないのだ。


 言葉はでなくて、ただこくりと頷いた。ディランに伝わるように、何度も。


 すると、ディランにぎゅっと包まれて抱きしめられる。温かくて私の一番安心する場所だ。


「ありがとうルリ」


 お礼を言うのは私の方なのに、ディランはそう言って、私が泣き止むまでずっと頭を撫でていてくれた。


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