34話
「うわわわわ」
開いた口が塞がらない、とはこのことだ。ジュークの屋敷の広い庭を抜けると、そこには日本とはまったく違う景色が広がっていた。
レンガが敷き詰められた道をガラガラと音を立てて馬車が通る。ジュークの家と同じように、豪華な門の向こうには色とりどりの花が咲き乱れる広い庭があり、その向こうに僅かに赤い屋根が覗いていた。きっと、広い屋敷があるのだろう。
通りを歩く人々は、女性は「貴婦人」という言葉がぴったりな豪華なドレスの上にローブを羽織り、フリルの付いた日傘をさして歩いている。男性も豪華な長い外套を羽織り、詰め襟の正装を着て、腰には剣を携えている。
私の想像する昔のヨーロッパのような街並みが広がっていた。
私はディランと手をつないで歩いているが、浮いていないか心配だ。一応貸してもらった鮮やかな朱色のローブを羽織っているので、中に着ている日本の服は表に出ていないが、靴も歩きやすいパンプスだし、何より黒い髪の毛の人間がいない。
ディランの赤髪が馴染むくらい、みんなピンクやら金髪やら色とりどりの髪の毛なのだ。
「日本とは全然違うよね」
ディランは微笑みながら辺りを見回す。
「この辺りは貴族の住むエリアだから、身なりも豪華な人が多いね。もう少し中心部へ出たら、平民がいるんだけど」
平民だって髪の毛は派手だろうと思うので、どこまで行っても私は浮いた存在になりそうだ。だけど、今だって私達はそこまでの注目を集めていないので、とりあえず問題にはならなさそう。
歩くこと10分でディランの言う中心部へ出たらしい。人通りが増えてきた。
ディランの言う平民は、貴族と違って短めのジャケットのようなものを着ていたり、貴族をラフにしたような格好だったので、確かにこちらの方が馴染みはある。気候がいいからか、露天や、店舗型のお店もドアを開け放って路上に品物を出していたりと、賑やかな街並みだ。
洋服屋さんや手軽に食べられそうなサンドウィッチ屋さんなどがある。「食事の後で買い物する?」と、ディランに聞かれたけれど、こちらのお金を持っていない私はディランに払ってもらうしかないので遠慮することにした。
ディランがこの世界でどのくらいの所得なのかわからないし、値段の価値もわからないので、下手なものがほしいと言ったら後々困らせてしまうかもしれないから。ディラン、そういうところ気を使って教えてくれなさそうだし。
ディランに連れられて一軒の食事ができるお店に入った。何を注文したらいいかも、どのくらいの値段のものがいいのかもわからないので、注文はディランにお任せする。そうしてサラダ、スープの後に出てきたのは焼かれたお肉だった。
「ステーキ……!」
「日本にもこういう食べ物ある?」
「うん、でも、これ牛のお肉じゃないのかな?」
「黒モスっていう家畜の肉だよ」
私の知る限り地球にはいない生き物の名前だ。異世界なのだから、当たり前なんだけどね。
恐る恐る口に入れると、弾力のある食感で噛むと甘さがじんわりと滲んでくる、美味しいお肉だった。
「美味しいよ、ディラン!」
「それはよかった」
とてもお酒が合いそうな味だけれど、女性は外ではお酒を飲まないっていう話だったもんね。我慢しよう。
食事を終えるとディランが「散歩でもどう?」と、言うので着いて行くことに。着いた先は花咲き乱れる庭園だった。
広い敷地に色とりどりの花が咲いている。私は花に詳しくないので、咲いている花が地球にないものなのかはわからなかったけれど、とても綺麗だった。
ディランはずっと手を繋いでいてくれる。この世界の人は肌が白くて整った顔立ちの人が多いけれど、その中でもディランは特別に格好いいなぁと思うのは私だけだろうか。
剣を持っている人がいるので、ちょっとドキドキしたけれど、歩いている分には至って平和そうな街だ。人々も明るく笑い、庭園では私達みたいにデートっぽい人もいた。
「そろそろ帰ろうか」
庭園を周り終えるとジュークがそう言った。
長く歩いたので流石に足が痛くなっている。デスクワークのOLは体力的に厳しい。ここからまた歩いてジュークの屋敷に戻るのかと思うと、少しだけ気が重い。
「夕食はジュークの屋敷で食べようかと思うんだけど、いい? ジュークの持ってるお酒も勝手に飲んでいいって言われたから」
「本当!?」
家飲み、最高だ! 気兼ねなく飲めるし、疲れた身体にはそのまま眠れるのがありがたい。それを目指して頑張って帰ろうと気合を入れる。
「じゃあ帰ろうか」
ディランはそう言って、突然私の腰を引き寄せて抱きしめるような形を取った。周りに人はいないけど、外でこうして密着するのは気恥ずかしい。
「来た時みたいに目を閉じてね」
優しく微笑んでから、スッと真面目な顔になったディランが何やら聞き取れない言葉を口にし始めた。
何事!? と、思っていると、私とディランが徐々に光に包まれる。もしかして、これは──
光がどんどん強くなって慌てて目を閉じた。
「もう大丈夫だよ」
しばらく後、そうディランに声をかけられて目を開けると、私が来た時と同じジュークの屋敷の部屋にいたのだ。
「魔術……」
ここはディランの国なのだから、魔術が普通に使えるんだ。歩いた距離を転移してきたのだとわかると、なんて便利なのだろうと実感した。
「さ、じゃあ夕食にしようか」




