31話
週明けは頭の中が賢吾の言葉でいっぱいだった。あのタイミングで言ってきたのも、私に考えさせるためにあえて答えを聞かなかったのも、賢吾は全部私の性格をわかって計算しているのだと思って少し腹立たしい。そして、賢吾の思惑通り動揺している自分もまた腹立たしかった。
悩みが顔に出ていたのだろう、昼に景子に、
「ひっどい顔。大丈夫?」
と、心配された。
「ディランとの遠恋のこと?」
土曜の飲み会で私が迷っていることを見抜いたのだろう。ズバリそう聞いてきた。
「それも、ある」
「何それ。もっと複雑な話?」
「うん……」
どう言ったらいいかわからなくて、曖昧な返事になってしまう。だって、ディランという彼氏がいながら元カレに動揺させられてる、なんて浮気じゃないけど浮気みたいだ。ディラン一筋でいたいのに、そうできない自分ももどかしくて。
「じゃあ今日飲みに行くか!」
「景子様ぁ」
景子は優しい。こうして私の3日連続アルコール摂取が決まった。
「で? どうしたの?」
定時で上がっていつもの居酒屋。二人で飲む時は大抵女性でも入りやすいちょっとオシャレな焼き鳥屋さんで飲む。ここに来たのも久しぶりのことだ。
「昨日大学のゼミの友達の結婚式があったんだけどさ」
「ああ、前に言ってたよね」
「そこで元カレに会ってさ」
「入社一年目に付き合ってた人?」
「そうそう。それでちょっと話して」
「口説かれた?」
「え……」
景子は私が詳しく話をする前に言い当てた。あまりにびっくりして言葉を失っていると、ふっと笑われる。
「瑠璃が『大学の』って言った時点で元カレ絡みだと思ったよ。相当引きずってたもんね」
「そうだったかな……」
ここまですぐにバレると思っていなくて恥ずかしい。そんなにわかりやすいだろうか。
「で? なんて口説かれた?」
「口説かれたって言うか……私が悩んでるの言い当てられて、結婚考えるならディランとは別れた方がいいって。私に海外なんて行けるはずないから」
「うーん。それで?」
「で、別れたら二人で飲み行こうって誘われただけ。結婚を意識するようになって、考えが変わったみたいなこと言ってた」
「ヨリ戻したいって思ってんのかー。タイミング悪い人だね」
景子はカルーアミルクが入ったグラスをくるくると弄ぶ。
「ディランと付き合う前だったらすぐ行ってたと思うのに」
「……そうかな」
「そうだよ。だって、相当好きだったんでしょ」
「うーん」
自覚はない。だけど、すぐ前に付き合っていた元カレだし、時々思い出してはいたかもしれない。
「ちなみに何で別れたんだっけ?」
「元カレも私も仕事忙しくなって余裕なくなっちゃったんだよね。滅多に会えないのも辛かったし、会って私が仕事の愚痴言うと正論で論破してくるのがさ。図星なだけに腹立って」
「喧嘩別れか。なるほどねー」
運ばれてきた軟骨の串を食べながら景子は、
「だけど、それって結婚したら解消される話でもあるんだよね」
と、言う。
「どういうこと?」
「一緒に暮せば会えなくて辛いってのはまず解消されるじゃん?」
「確かに」
「仕事だって、一年目と今とだと全然違うでしょ。愚痴だって人のことばっかりじゃん。あの担当が使えない、とかさ」
「一年目の時って仕事ができなくて辛いとかそういう愚痴が多かったかもね」
「でしょう? だから、今だったら上手くいくかもなんだよね。瑠璃だっていろいろアドバイスされるの嫌いじゃないタイプでしょ? あたしは無理だけど」
「うん……」
「ディランはそういう感じじゃなかったもんね。包容力は抜群っぽかったけど。浮気も絶対しないだろうし」
景子の言うことはどれも的を得ている。そう、ディランと賢吾は全然タイプが違うんだよね。
「また外国っていうのが厄介よねー。正直、できたら行きたくはないでしょ?」
「行ってもいいかなって思ったこともあったけど、現実的に厳しそうだよね、私には……」
「翼さんもそう言ってたけど、あたしは案外何とかなるんじゃないかって思うよ」
「本当?」
「うん、だって二人、お似合いだったもん。愛があればさ、なんとかなるでしょ」
ディランとお似合いと言ってもらえて涙が出そうになるほど嬉しい。賢吾にもマイナスなことばかりを言われたから、自信がなくなっていたのかも。
「瑠璃だってディランのことが好きなんでしょ?」
「それはもちろんそうだよ。だけど、恋愛と結婚って違うのかなって思ったら……」
「それも元カレから言われたの? 瑠璃とヨリ戻したいからって」
景子はイーっと歯を出して嫌な顔をする。
「だけど、景子はそう思わない? 例えば、すごい好きな人でも借金まみれの人だったら結婚は躊躇うでしょ?」
「それはまぁ、そうだけど……」
渋い顔をした景子は、
「ディランは違うでしょ? 問題なのは外国に行かなきゃならないってことだけで。借金よりどうにかなりそうだよ」
と、切り返す。それがそうでもないんだよね……。ディランは地球で使えるお金を持っていないわけだから。
そんなことは言えないので「まぁねぇ」と、相槌を打つ。
「何とかなるって! あたしもヨーロッパ遊びに行くからさ!」
それもできないんだよね、とはやっぱり言えない。遠いよね、異世界って……。
「それにしても景子、随分ディランに肩入れするね?」
「だって、瑠璃にぴったりだったよ、ディラン」
「そうかな?」
「うんうん、瑠璃が自然な感じだった。愛されてるって実感できるのも高ポイント!」
とっても嬉しい。それだけに、切なくもある。
私だってできたらディランとずっと一緒にいたい。そのためには、どうすればいいんだろう?
「ディランとちゃんと話してみなよ。どうせ、ろくに話してもいないんでしょ?」
「うん……」
景子は私の心を読んだかのようにそう言った。ディランは私が悩んでいることも気がついていないと思う。どのくらいの頻度で日本に帰って来れるのか、聞く必要もあるし、ディランを悩ませることになるかもしれないけれど、ちゃんと話し合わないとダメだよね。
「ありがとう、景子」
「頑張ってね、応援してる。あんなイケメンそうそういないんだから!」
「そこ!?」
やっぱり友達って偉大だと思う。一人で悩んでいた気持ちが少し軽くなった。
友達のいる日本からできたら離れたくない。ディランとも一緒にいたい。そうやって両方ほしがるのって、わがままなことなのかな?




