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30話

 翌日は大学の友達の結婚式。午前中から美容院に行って髪の毛をセットして、式場へと向かう。


 招待状が来た頃には「お金もかかるし疲れるんだよなぁ」などとちょっとだけ気が重いのだけど、パーティドレスを着て身なりを整えてみれば「幸せをおすそ分けしてもらうぞー!」と、浮足立った気持ちになるものだ。


 そのおかげでディランとのことは深く考えずに済んでいた。本当は考えなければいけないのだが、お祝いの席に暗い顔をして行きたくない。明日考えよう、と昨日と同じように頭の隅に一度置いておいている。


 会場に着くと、既に大学の友達が集まっていた。先週会ったばかりだけれど、同窓会みたいな気持ちになって、挙式前から楽しくなってくる。


 その中には元カレの賢吾の姿もあった。先週は一言も会話をしなかったけれど、今日は早々に目が合って挨拶をする。


 挙式、披露宴と会は順調に進んでいく。友達である花嫁のドレス姿は綺麗で、初めて見る旦那さんとも仲が良さそうで素敵だなと思った。


 友達と話すことができない会社の偉い人のスピーチの間などは、もしディランと結婚することになったら、なんて妄想をしてみたり。式をするなら派手なものでなくていいから、親しい友達を呼んでワイワイ喋れるものがいいな。上司は面倒だから呼びたくない。


 ディランのタキシード姿なんて、絶対に格好いいんだろうな。っていうか、スーツ姿ですら破壊力すごそう。誰かお下がりくれないかな。


 一緒に並んだら、私の顔が平凡すぎて釣り合わないんじゃないだろうか。そこはドレスの華やかさでカバーしたい。


 ディランならドレス選びに付き合ってくれそうだよね。あ、でも「どっちがいい?」って聞いても「どれも似合ってるよ」とか言って、深く迷うことになっちゃいそうだ。


 ドレスって高いんだろうしなぁ。そもそも、日本で式を挙げるなら私だけのお金で挙げなきゃならないのか。ディランはこっちのお金、持ってないもんね。


 だとしたら、ディランの国で挙げることになるのかな。そういう文化があるのかどうかはわからないけれど。そして、そのまま私はディランの国で──


 そこでちょうどスピーチが終わって、私はホッと息を吐いた。




 披露宴も滞りなく終わり、二次会が始まる。挙式から出ている私達は疲れてきたところだったけれど、二次会から参加組の元気さに引っ張り上げられて、再び楽しくなってきた。


 先週の飲み会で話し合った軽い余興として、時間の空いていた人が大学まで行ってゼミの先生からのビデオメッセージを撮ってきていた。それを流し終わったら用意しておいたプレゼントを渡す。


 新婦には話していないサプライズだったので、泣いて喜んでくれてよかった。こうしてみんなでワイワイとしていると懐かしくて少し切ない気持ちにもなる。


 サプライズが終わると私達はただ楽しく過ごすだけ。いろいろな人と近況報告や思い出話をしていた。


 そうして会も終盤に差し掛かった頃。賢吾が自然に私の隣にやってきて声をかけられた。


「仕事は順調?」

「うん、まぁね。相変わらず安月給で頑張ってるよ。そっちは?」

「変わらず忙しいな」

「そっかぁ。身体には気をつけなよ? もう二十代も後半なんだからさ」

「お前もな」


 みんなと同じような軽い近況報告をする。賢吾と別れてからもう3年が経った。考えてみたら別れてから二人で話すのは初めてなような気がする。


 ゼミで集まる時にちょくちょく顔を合わせてはいたけれど、何となく気まずいと思って話さないようにしていたんだよね。こうやって向き合えたのもディランと出会えたおかげかもしれない。


「ゼミのやつらも次々結婚してくなー」

「そうだね。次は誰になるかなぁ。賢吾とかそろそろなんじゃない?」

「いや、俺は今彼女いないし」

「え、嘘!?」


 私と別れてから半年くらいで賢吾は新しい彼女ができたと聞いた。大学時代からモテる男だったし、特に驚きはしなかった。むしろ、今いない方が驚きだ。


「どのくらいいないの?」

「一年くらいかな」

「へぇ、そんなに長く」


 働いていると出会いがないのはわかるけれど、賢吾でも彼女ができないのなら、そりゃ私もできなかったはずだわ。まさか夢で出会って付き合うことになるとは思わなかったけど。


「なんつーか、俺も大人になったわけよ」

「ふぅん?」


 賢吾は私からしたらいつも大人っぽいと思っていた。その賢吾が大人になったって、どういう変化があったのだろう。


「そういう瑠璃は?」

「あぁー」


 私は賢吾と別れてからずっと彼氏がいなかった。ゼミのみんなも触れにくいのか、今日だって誰にもその話題は尋ねてこない。賢吾に聞かれたのが今日初めてだった。


「彼氏できたよ」

「おめでと」


 賢吾は普通に祝福してくれる。


「付き合ってどのくらい?」

「まだ1ヶ月くらい」

「最近だな。どんな男?」

「年下の外国人」

「はぁ? まじで?」


 ここで賢吾は初めて驚いた様子を見せた。


「瑠璃が? 意外だな」

「私もそう思うよ」


 私は頼りない性格だし引っ張っていってくれる人のほうが好みだと思っていた。賢吾と付き合ってた時だって、割と甘えていたし。


「本当に大丈夫か?」

「何でよ」


 賢吾に確認されて、思わずむっとした。私を心配してくれているのかもしれないけれど、バカにされたような気持ちになったから。


「だって付き合って1ヶ月なんだろ? その割に浮かない顔してんなって」

「……え?」


 ドキリとした。これは、図星のドキリだ。


「普通もっと盛り上がってるもんだろ。何か心配ごとでもあんのか?」


 久しぶりに会って少し会話をしただけなのに、何でこの人にはわかってしまうんだろう。思えば昔からそうだった。隠そうとしても悩みがあるとすぐに気がつく。そういうところが好きだったんだよね──


「私達もそろそろ結婚とか考える時期でしょ? 年齢的に」


 気がついたら口を開いている。


「相手も私との結婚を考えてくれてるっぽいんだよね、たぶん。それで、日本で暮らすか海外で暮らすかって問題があってさ」

「瑠璃が海外に? そりゃ無理だろ」

「何でそう思う?」

「だってお前、親とも仲いいだろ? 友達とだって会えなくなったら潰れるタイプだろ。英語もできねぇのに」

「だよねぇ」


 崩れ落ちたい気持ちになる。言語はどうにかなるとしても、頻繁に日本に帰ってくることはできないだろうし。昔から私を知ってくれている人にこうはっきり否定されると、心にずっしりと来るような、逆に安心するような気持ちにもなる。


「結婚考えてんならその男はやめとけよ。もっと現実を見た方がいい」

「…………」


 ディランの顔が浮かぶ。優しくて、大好きな人。


「恋愛と結婚って違うって言うだろ? 瑠璃がまだ遊びたいって言うなら今のままでいいのかもしれねぇけど、結婚を考えるなら早めにケリつけた方がいいぞ」

「うん……」


 いつだって賢吾のアドバイスは的確だ。それを苦しく感じた時もあったけど、私を思ってのことだから無下にもできないんだよね。


「俺もそろそろ真面目に結婚を考えようかって思っててさ」

「賢吾が?」

「俺も大人になったんだって」


 ニッと歯を見せて笑う。その表情は昔から変わらないけれど、賢吾は賢吾でいろいろとあったらしい。


「やっぱり結婚するなら一緒にいて安心できる女がいいなって思っててさ」

「安心できる、かぁ」

「そ。なぁ、瑠璃」


 賢吾を見上げると、目を細めて微笑まれる。なんだその表情。時が止まってしまったかのように固まって見つめる。


 その表情、覚えてるよ。まるで付き合ってた間の二人だけの時に見せるような顔。


「もし彼氏と別れたら二人で飲みに行こうぜ」

「…………」


 言葉が出てこなかった。なんだそれ。なんだ、それ。


「連絡待ってるよ」


 賢吾はその言葉だけを置いてみんなの輪の中に戻っていった。


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