3話
『あれ? 昨日より驚いてる?』
ディランは首を傾げながら近づいてきて、私の顔を覗き込んできた。くそっ、悔しいくらいのイケメンだな……!
じゃ、なくて。
「いや、私ほとんど夢見ない人だからさ。二日続けて同じ夢見るなんて珍しいなって思って」
夢の住人に言い訳をした。
『昨日も言ったけど、俺が魔術でルリの夢にお邪魔してるからね。俺が来る限りは毎日会えると思うよ』
ディランは当たり前のようにそう言う。私はここに来てようやく混乱していた。これって私が生み出した夢のはずでしょ? そんな、魔術で異世界の人が私の夢にお邪魔してる、なんてファンタジー設定、あるわけないよね?
だけど、目の前に立つディランは妙にリアルだ。ディランの言うことは本当なんじゃないかって信じたくなるくらいに。
「ねぇ、ディラン?」
『あ、俺の名前覚えてくれたんだ。嬉しい』
呼びかけると、ディランは本当に嬉しそうに微笑んだ。なんだかその様子が犬みたいで可愛いな、なんて思ってしまう。
「魔術について詳しく教えてくれる?」
『あ、うん、いいよ。ルリの世界には魔術はないんだったっけ』
ディランはそう言いながら、私に座るように促した。ここは昨日と同じ真っ白で何もない空間だ。私は床にあぐらをかいて座り、ディランは正座をしている。なんとなく男女が逆なんじゃないかと思ってしまう構図だ。
それに、下を見て初めて気がつくが、私はパジャマでここにいる。それも、長いこと着古して色が薄くなった上下スウェット姿だ。
対してディランはファンタジーの魔術師らしい姿。表は白、中は濃紫色の腰の辺りまである長いマントを羽織り、それを首元の赤い宝石のブローチで止めている。中は上下黒のツーピース。ズボンの上から長いブーツを履いているので正座をして皮が変に寄らないか心配だ。
そんな今すぐにでも外に出ることができそうなディランと、自分のよれよれの姿を見比べるといたたまれなくなるので、考えないことにした。
『魔術っていうのは、自分の身体の中にある魔力を使って発動するものなんだ。簡単なものだと、火をおこしたり、風で空を飛んだりね。大掛かりなものだと、こうして異世界の人の夢の中にお邪魔することもできる。ま、今現在この魔術を知っているのは世界で俺くらいだけどね』
ディランは得意気だ。私にはそのすごさがまったくもってわからないけれど。
「えっと、この魔術を他の人は知らないっていうことは、ディランの国の人は、こうして私の国の人の夢の中にお邪魔することはできないの?」
わからないことだらけで何から質問したらいいかわからないけれど、とにかくこのディランが本当に存在する人なのか、それを知るために思いつく限りの質問をしようと思う。
『過去に一人いたみたいなんだけど、今試してるのは俺だけだと思う。あ、俺のことについても少し説明するね』
ディランは質問されることが嬉しいのか、ニコニコしながら答えてくれる。もし、ディランに尻尾が生えていたら、きっとブンブンと嬉しそうに左右に振っているだろう。
『俺は魔術研究所ってところで働いている魔術師なんだ。ここでは、新しい魔術を生み出したり、使われている魔術を改良したり、過去に使われたけれど今は使われていない魔術の研究をしたりしている。今使っているのは、倉庫に眠ってた古い本に「異世界人と交流する魔術」っていうものを見つけて、俺が単独で研究してるんだ』
「はぁ」
難しいお話に、私はただ聞き入ることしかできない。
『その本の著者は今の俺みたいに異世界人と交流していたみたいだ。俺もその本に書いてある通りに魔術を発動させているんだよ』
「じゃあディランは他の人の夢にもお邪魔してるってこと?」
『ううん。俺が魔術を使うと必ずルリのところに行くみたい。他の人間に干渉はできない。この辺りはまだまだ研究が必要だね』
「なるほど」
つまり、今地球の人間でディランの国の人と交流しているのは私だけ、ってことか。ディランの話を信じるなら、だけど。
「それで、その本を書いた人はどのくらい昔の人なの?」
『正式な年月日は書いていないけど、恐らく1000年くらい前だね』
1000年前って言うと、日本だと平安時代になる。そもそも、日本だったかどうかも確かじゃないし、こちらの歴史にも私の知る限り異世界人と交流したなんていう伝承はないし、何の参考にもならなかった。
「できるのは夢で話をすることくらいなの?」
『それがね、その本の著者は実際に行き来する魔術を研究してたみたいなんだよ』
よくぞ聞いてくれました! と、言った感じでディランは身を乗り出して生き生きと話してくる。ただでさえ近い距離がぐんっと縮まるので、私としてはドキッとしてしまう。
『だけど、その魔術が完成したのかどうかは書かれていないんだ。中途半端なところで止まっているから、もしかしたら完成させてそっちに渡ったのかもしれないね。ロマンがあるだろう?』
楽しそうに話すディランはきっと研究が大好きな人間なのだろう。のめり込むところも、研究者には必要な才能だ。
『ヒントは残っているからね、いろいろと研究中だよ。完成できたら、俺もルリのところに行くから、そしたらデートしようね!』
頬を赤らめながらそう誘ってくるディランを見て、そういえば私は昨日軽はずみに「付き合う」などと言ってしまったことを思い出した。夢だと信じているから軽く言ってしまったけれど、もしこれが本当だったら──
「夢だと思ってたから、冗談のつもりだったの」なんて、今の嬉しそうなディランを見ていたら言えない。ディランの瞳は、鈍い私でもわかる。恋する人の目だ。
こんな風に誰かに想われたのなんて、いつぶりだろう。これは夢なんだからって頭で何度も否定しながら、だんだんと現実なんじゃないかって思う自分もいる。