2話
翌日は金曜日。毎日お昼は同期で仲の良い友人と食べている。今日は会社のビルの下まで売りに来る洋食のお弁当屋さんでオムライスを買って、会社の休憩室に戻ってきた。
私の前に座っている喜多川景子は「The 大人の女性」という風貌の、所謂美女だ。しゅっとした輪郭に切れ長で意志の強い瞳。まとめて上げられた黒髪が美しい和風美女である。
その美貌を鼻にかけることのないサバサバとした性格が合って、新卒でこの会社に入社してから仲良くやっている。仕事の愚痴から、恋愛の話まで何でも話すことのできる仲だ。そんな景子に私は、
「ねぇ、私彼氏できたんだけど」
と、言ってみる。
「はぁ?」
普段隙のない景子が口をぽかんと開ける様が面白く、私は内心でニヤニヤと笑う。
「いつの間に?」
「んー、昨日?」
「どんな人?」
景子は私にしばらく彼氏がいないことも、好きな人がいないことも知っているので、驚いてる様子だ。
「うーんとね、結構イケメン」
「何、あんた顔で選ぶタイプだっけ?」
「いや、違うけどさ。イケメンに告白されるっていうのも悪くない体験でしょ?」
「人生に一度のモテ期来た?」
「かもね」
いつも親身になって話を聞いてくれる景子をいつまでもからかうのは良くないだろう。そろそろネタバラシとする。
「なんかね、真っ赤な髪の毛で襟足だけ金髪、目は茶色でね」
「は?」
「どっかの国の魔術師って言ってた」
「……とうとう頭がおかしくなったか」
景子もようやく冗談だと気がついたらしい。眉間にくっきりと皺を刻んでじとっとした目で私を睨む。
「夢で告白されたんだよ。笑えるよね」
「あんた、夢に見るまで切羽詰ってたんだね……」
「そんなことないと思うんだけどね。今の生活、不自由してないし」
ガツガツとオムライスを食べながら会話を続ける。昼休みの一時間は短いのである。
「そんなに彼氏欲しいなら合コン企画しようか?」
「いや、妻子持ちは遠慮しとくわ」
「流石に妻子持ちとの合コンは企画しないから!」
景子は美人なだけあって、モテる。いつも相手を欠かすことはないのだが、不倫、浮気、ダメ男、などなど、男を見る目がまったくない。
ちなみに、不倫や浮気は関係を持った後に気がつくことがほとんどらしい。こんなにいい女なのに、もったいない。
「それなら、婚活パーティでも行ったら?」
「あー、友達にこの前誘われたよ。でもさ、婚活パーティ行って相手見つけたら、すぐ結婚する流れでしょ?」
「まぁ、普通はそうだね。あたしの友達も婚活パーティ行った子は一年以内に結婚してるわ」
「でしょ? 私はそこまで結婚したいわけじゃないからさ、婚活パーティは最終手段にしたいんだよね」
「わからんでもないけど」
このまま一生独身になる可能性を考えると不安にもなるけれど、そこまで切羽詰まって結婚したいわけじゃない。28歳の私はそんな微妙なお年頃なのだ。
「あたしもまだ結婚は考えてないからねー。結婚したら自分の時間減りそうで嫌」
「ライブ行けなくなるもんね」
「そうそう」
景子にはバンドのライブに行くという趣味がある。現在はインディーズのハードロックバンドにハマっているらしく、週末はよくライブハウスに行っているらしい。私も一度付き合って行ったことがあるのだけど、景子はこんな美しい見た目で激しいヘドバンを披露してくれたので、ライブよりそっちの方が面白かったくらいだ。
「でも、魔術師だっけ? ぷぷぷ、ウケる」
「じわじわ来るでしょ?」
「あんたにそんな一面があったとはね」
「夢だから!」
私と景子はくすくすと笑う。そうそう、こうやって友達とくだらない話をして笑っていられる今が楽しい。別に男がいなくても、何の問題もない。
「だけど、そんな変な夢ばっかり見るようになるんだったら、まじで合コンか病院をおすすめするわ」
「今のところ正常だから大丈夫ですー!」
それにしてもリアルな夢ではあったけど。ディランだったっけ、あの魔術師さん。あんなイケメンを脳内で生み出せるのだから、私の女子力もまだまだ捨てたもんじゃないかもね。
そんなこんなで今日も帰宅は夜10時台。納期が近いから仕方ないけれど、華の金曜日だというのにこの時間の帰宅というのは寂しいものがある。よって、今日もコンビニで缶ビールを買って帰ってきた。休日出勤は免れたから、一人祝杯だ!
それにしても。
ベッドに座ると、嫌でも昨日の夢のことを思い出す。滅多に夢を見ない人間だというのに、ワインを勢いで一本空けちゃったからあんな夢を見たんだろうか。
今日は控えめにしておこう。と、言いながら、缶ビールを二本買ってきちゃったんだけどね、えへへ。ま、明日は休みだからいいでしょ! と、録画しておいたドラマを見ながら晩酌を始めた。
『こんばんは』
「……?」
『今日もお疲れ様、ルリ』
ぼーっとしていて視界が定まらない。ぱちぱちと何度か瞬きをすると、視界がはっきりしてきて──
「うわっ!!?」
また、目の前にイケメン魔術師、兼私の恋人であるディランが立っていたのでした。まじかよ!