19話
翌日の昼休みになると、私は景子のところへ行く前に高達さんのデスクへ寄った。
「お、吉岡さん。どうしたの? 恋の相談事?」
「違いますし、何かとそっち方面に持っていくのやめてください」
今日の高達さんは昨日のように疲れた様子はない。からかうような言動もいつも通りだ。
私は周りに人がいないのを確認してから、
「二人で飲みに行きません?」
と、単刀直入に切り出した。私から誘うなんて初めてなので、いつも飄々としている高達さんも流石に驚いた表情を見せる。
「先に言っておきますが、恋の相談でも高達さんを狙ってるわけでもありませんから」
「はっきり言うね」
高達さんはぷっと吹き出してから、
「わかった、いいよ」
と、頷いてくれた。
「じゃあ、今日行く?」
「いつもながら急ですね。まぁいいですけど」
私も仕事は落ち着いているので今日も早く帰れそうだ。特別断る理由もない。
「じゃあ夜に」
こうして私は高達さんを誘うことに成功した。
その夜。私たちは会社の最寄り駅の居酒屋で向かい合って座っている。まさか週に二度も高達さんとこうして飲みに行くことがあるなんて思ってもみなかった。
まずビールとつまみを頼んで乾杯をする。
「本題の前にさ、せっかくだから吉岡さんの恋バナ聞きたいんだけど」
にこやかな笑顔で先制攻撃をしてきた高達さんは恋バナとかいう女子っぽいワードを口にした。この前から誤魔化してきたけど、どうもかわしきれないみたい。
「この前の感じだと喜多川さんには言ってない感じ?」
「あー、はい。まぁそうですね」
景子には一度夢の中に魔術師が出てきたという話をしたので、何となく言いにくい。それに、景子の頭は今高達さんでいっぱいなので、私のことについては忘れているみたいだ。そんな景子にわざわざ自分から切り出すのも気恥ずかしくて、まだ言えていない。
「まぁ今の喜多川さんには言いにくいか」
高達さんはそう言って苦笑いを浮かべる。そうか、高達さんは景子が失恋真っ只中だと思っているのだ。実際の景子は高達さんに心を奪われていて、前の男のことは頭から抜け落ちてるみたいだけど。
「あの、今日は景子のことが聞きたかったんです」
ここぞとばかりに私は本題を切り出す。まだ一杯目でこの話をするのは躊躇われたけれど、酔っ払う前に聞いておきたい話だとも思った。
「高達さんって何かと景子のこと気にするじゃないですか。本気なんですか?」
「ははは、その話か」
高達さんは笑ってビールを一口飲む。だけど、こちらは真剣だ。表情を崩さずに高達さんの次の言葉を待つ。しかし、高達さんは面倒くさい人間なのだ。
「吉岡さんの恋バナ聞かせてくれたらいいよ」
「またそれですか……私の話なんて興味ないくせに」
「そんなことないよ。結構気になってる」
そう怪しく笑った高達さんを見て、私は観念した。
「もう、言いふらさないでくださいよ?」
「もちろんだよ」
「最近彼氏ができました」
「やっぱり」
高達さんは知っていたとばかりの顔をしている。
「どんな人?」
「えーっと、年下です。4歳下」
「吉岡さんって責任感強いし、年下と相性良さそうだよね」
「そうですか?」
そんなこと言われたことがなかった。それに、年下と付き合うのもこれが初めてだ。そんな風に言えるほど恋愛経験があるわけではないけれど。
「4歳下ってことは……24?」
「そうです。若すぎますよね」
「彼氏も働いてるんだよね? ならそのくらいの年齢差気にならないでしょ」
24の頃の自分を思い浮かべると、まだ仕事にも慣れていなかった頃だ。今はあの頃よりも落ち着いたと自分では思うので、そのことを考えると若すぎる気がした。それに、女が年上っていうのもどちらかといえば少数派だし。
だけど、高達さんはそんなの普通だと言う。第三者にそう言ってもらえると少し安心した。
「出会いは?」
「うーん、何ていうか……突然告白されて」
「へぇ、面白いね」
なんて説明したらいいかわからなくてとりあえずそう言うと、高達さんはニヤニヤと笑っている。「危ないよ!」と、言われるかと思っていたので、何を言っても動じない高達さんは貴重な存在かもしれない。話しやすいというか。ついいろいろ話してしまいそうで怖くもある。
「本気だと思ってなくて、それでOKして今に至る……という感じです」
「好きになっちゃったんだ?」
「……まぁ」
恥ずかしいからそうストレートに聞かないでほしい。だけど、真実なのでつい肯定してしまう。なんだか、高達さんがモテる理由は顔だけじゃないのだとわかってきた。私は決して好きにはならないけど。
「写真とかないの?」
「ありませんし、見せません!」
「なんだぁ」
高達さんは会社にいる時よりも幼い表情で笑った。なるほど、これに景子もやられたわけだな。
「じゃあ次は私の質問に答えてくださいね?」
「忘れてなかったか」
二杯目のビールを頼んでから私はそう切り出した。逃がすつもりはない。
「景子のこと、本気なんですか?」
「正直に言うよ?」
高達さんはそう前置きをした。
「喜多川さんは美人だからさ、お近づきになりたいと思ってた。なかなか誘いに乗ってこないと追いかけたくなるだろう?」
遊び人発言に私はジトッとした目を高達さんに向ける。
「まぁまぁ。だけど、ああいう崩れた姿とか失恋の話とかする喜多川さんを見て、本気になるかもしれないな、とは思ってるよ」
「今は本気じゃない、と?」
「どうだろうね」
高達さんは曖昧な返事をした。
「ちなみに、高達さんの景子への気持ちってどのレベルですか? 恋人の一人として手を出したい、とか、それとも結婚したいレベル、とか」
「あのさぁ、俺について社内でどんな噂が流れてるのか知らないけど、そんなに何人も平行して手を出したりはしてないからね?」
「……本当ですか?」
高達さんが何股もしているという話は確かに聞いたことはないけれど、女好きで遊びたいから結婚しないらしいと聞いている。それも聞いた話だけれど。
「彼女じゃない状態なら平行することもあるけど、ずっと絶えないわけじゃない。現に、今は二人で飲みに行ったりする女の子はいないからね」
「じゃあ、今は特定の彼女はいないってことですか?」
「そうだよ」
「付き合っていなくても特別な関係の人とかも?」
「いない、いない」
信じていいのだろうか。私はじっと高達さんの様子を観察するが、私自体が百戦錬磨の女じゃないのでよくわからなかった。
「俺の喜多川さんへの本気度合いは、彼女にしたいなってレベルの本気かな」
「彼女にしたいって……浮気とか二股とかしないってことですか」
「当たり前でしょ」
あまりに私が疑うので高達さんは苦笑いを浮かべる。
「一昨日も言ったけど、今の喜多川さんの様子見て、さらに傷つけるようなことはしないよ。俺はそこまで人でなしじゃない」
そう言えば一昨日もそんなことを言っていたっけ。
「私は心配なんです」
信じていいものか判断がつかないので、胸の内を打ち明けて様子を見る。
「景子っていつも変な男に捕まるから、今度こそ幸せになってほしいなって思ってて。だから、高達さんを見極めたいんです」
「ふーん、じゃあ俺は脈ありって思ってていい感じかな」
「あ」
しまった! そんなことを言ったら景子が高達さんのことを気になってると言っているようなものだ。口を滑らせて青くなる私に高達さんは笑顔を見せる。
「これはここだけの話にしておくよ。だけどさ、考えてもみてよ。もし、俺が喜多川さんに手を出したとしたら社内恋愛だよ? 俺はまだ会社にいたいと思ってるし、こんな身近で下手なことできないって」
「まぁ……それは、たしかに」
もし、景子を傷つけるようなことがあれば、私が社内に高達さんの悪口を広めるし、それを高達さんもわかっているだろう。
「これからもっと話すようにして、それで喜多川さんと気が合うかどうかはわからないけど、もし、手を出すとしたら大切にすると誓うよ」
甘い笑顔で高達さんはそう宣言した。景子が聞いていたらすぐに惚れてしまいそうな言葉。そこに私も嘘は感じられなかったので、ひとまず見守ってもいいかな、と思ったのだった。




