16話
「ねぇ、ルリ」
「うん」
「ルリが家に帰るのに、この鉄の塊みたいな乗り物に乗るのはわかったよ」
「うん」
「だけどさ、ルリ。これ俺たちが乗るスペースないよね!?」
会社の最寄り駅のホームにて。やってきた電車を見てディランが青ざめている。車内は人がぎゅうぎゅう詰めだ。構内のアナウンスを聞くところによると、別の路線が車両トラブルによって止まっていて、その影響でこっちの路線まで混んでしまっているのだとか。
数本見送って、今は私達が先頭。だから、この電車には乗れそうだ。
ディランは青い顔をしているけれど、今は帰宅ラッシュを外した夜10時台。しかも、月曜日。いつものこの時間よりは確かに混んではいるけれど、朝の通勤ラッシュと同じくらいの混み具合なので、私にとってはこれが普通だったりする。それでも、よく考えてみたら初めての満員電車を体験するディランにとっては驚くよね。
だけど、いくら驚いたからといって「いざとなったらこの塊を破壊してルリを助け出さなきゃ」なんて、物騒なことを言うのはやめてほしい。
「ルリは俺が守るよ!」
ディランは私の手をぎゅっと握って、戦場に向かうかのような面持ちで満員電車に踏み込んだ。
「ま、まだ乗ってくるの……ぐえっ」
ほとんど人が降りることがなかった車内に踏み込んで、私達の後ろの人達も乗ってくるのを見てディランが信じられないものを見るような顔をしている。
「ほら、ディラン。立ち止まってるとそうやって押し込まれるよ。自分のスペースを確保しなきゃ、つま先立ちで何駅も乗る羽目になるから気をつけて」
「わかった。あ、ルリ!」
人の波に押されて離れてしまいそうになったところを、ディランが繋いだ手を引いて引き寄せた。結果、私とディランはまるで抱き合うかのように近い距離で向かい合ったまま、電車のドアが閉まった。
「ルリ、大丈夫?」
「う、うん。ありがとう」
私は満員電車に慣れっこなので、よほどディランの方が心配なのだが、逆に心配されている。背の高い男のサラリーマン達に囲まれた今の状況は息苦しくはあるけれど。
ディランは繋がれていない方の手を私の背中に回し、守るように抱きしめてくれた。私を守ってくれているのだろうけれど、こう人がたくさん近くにいる中でいちゃついているようで恥ずかしい。
まぁ、密着するしかない車内なので不可抗力ではあるのだけど。と、言い訳をして抗わないくらいには、嬉しい気持ちもあったりして。
「ルリが毎日こんな死線をくぐり抜けて仕事をしていたなんて……」
「そんな大げさな」
先程のナンパといい、ディランに心配をかけてしまっているなぁ。
「ちなみに……」
ディランは周囲をチラリと見渡してから、顔を私の耳元まで下げて、
「これって移動してるんだよね?」
と、聞いてきた。
「そうだよ」
「馬が引いてるの?」
「違う違う。電気で……って言ってもわかんないよね。えっと、とにかく動力があって、それで人が動かしてるんだよ」
魔術師に電気を説明するのは難しい。と、いうか私の足りない頭じゃ無理。
「人が? すごいね、本当に。魔術みたいだ」
ディランはそう言ってから、私の肩に頭を乗せた。心なしか抱きしめる力も強くなったような。
「ディラン?」
「ルリ、いい匂いがする」
「!?」
ちょ、ちょっと! ここ車内ですよ! かーっと顔に熱が集中するのがわかる。
「柔らかくて温かい」
「……うん」
どう見てもただいちゃついてるだけにしか見えない状況を、日本人としては注意しなければならないだろう。だけど、それができずに甘んじて受け入れてしまう私は、大人失格だ。
乗り換えを経てようやく家の最寄り駅に帰ってきた。改札を出て、私たちは手を繋いで歩いている。
「いやー、すごかったな、デンシャ! 刺激的だった! こんなにたくさんの人を見たのは久しぶりだよ!」
満員電車の窮屈さから解放されたディランは心なしかテンションが高かった。
「ディランの住んでるところは人が少ないの?」
「いないね」
「え?」
「いないんだよ」
ディランはケロリと涼しい顔でそんなことを言ってのける。
「俺は人の少ない山に篭ってるからさ」
「仕事してるんでしょ? 同僚は」
「魔術師は基本的に一人で仕事するものなんだよ。他人の魔力に敏感だから、それを自ら望んでるっていうか。それに、俺みたいな魔術研究員は実験をするからね。もし暴発でもして人に危害を加えたら大変だから、人のいない場所を選んで住んでるんだ」
「それって不便じゃない? 食料とかどうしてるの? ま、まさか自給自足?」
「食料は街に買いに行くよ。転移魔術を使ってね」
「ああ、転移魔術……」
何回か聞いた覚えのある転移魔術。どうやら便利な移動手段ってことで合ってる?
「寂しくないの?」
「え?」
思ってもみないことを聞いたみたいでディランはきょとんとした顔をした。
「私だったら寂しいなって思って。人がいない場所で一人きりなんて」
「寂しい、かぁ」
ディランは天を仰ぐ。
「研究は楽しいし、必要があればすぐに人のいる場所に転移できるから、寂しいって感じることはないけど……でも、そうだね」
ディランは私に顔を向けて微笑んだ。
「こうしてルリと毎日話しができるのは嬉しい。もし、ルリに会えなくなったら寂しいかな」
「ディラン……」
甘いことを言われて私は蕩けてしまいそうだった。




