15話
「ど、どうしてここに!?」
私は未だディランの腕の中にいる。何故か必要以上にゴツゴツとした胸の中で、顔をぐっと上に向けて顔を確認しながら尋ねた。何度見てもディランその人に間違いはなさそうだ。
「来ちゃった」
「来ちゃったって……」
まるでいたずらっ子のように言うディランに気が抜けてしまう。
「もっと長い時間ルリの世界にいられるように考えててね、一回試したいことがあったからお邪魔しようと思ってたんだ。そうしたら、どうもルリの心が危険を知らせてたから、慌てて来たんだよ」
「危険を? 私の心をどうやって?」
「これだよ」
そう言ってディランは私の首元にかかったチェーンを引き上げる。服の上へと姿を現したのはディランにもらった赤い魔石だ。
「この魔石には俺の魔力が入ってるから、離れていてもルリを側に感じられる。特に緊急を知らせる何かがあった時には動揺するだろう? そういう時の気持ちは強く伝わるんだよ」
「そんな効果が……」
ディランの思ったよりも大きな手の中に収まる魔石を見る。私にはただの宝石に見えるけれど、防犯ブザーみたいな役割もあるなんて不思議だ。
「それにしても、ルリ」
私を抱きしめている背中の手に力が込められて、見上げるとディランは少し怖い顔をしている。
「こんな夜に女性が一人なんて無防備だよ。職場を出たらすぐに馬車に乗って帰るとかしないと」
馬車。タクシーみたいなものかな? とにかくディランが心配してくれていることが伝わってきて、私は素直に謝る。
「ごめんね。普段はこの道通らないんだけど、ちょっと不用心だったみたい」
「気をつけてね、ルリ。毎日、俺が送り迎えするか、危険があったら発動する魔術をかけておいたほうがいいかな」
「いやいやいや」
ディランは言ったことを本気で実行しようと考えているようだったので、慌てて止めた。
「この道を通らなければ大丈夫だから! そんなに危険な国じゃないよ、ここは」
「そうは見えないけど」
ディランはまだ怖い顔をしている。確かに、つい数分前までしつこいナンパに絡まれていた私には説得力がないだろう。
「それに、何か危険があったらこの石に呼びかけるから! そうしたらディランは来てくれるでしょう?」
「それはもちろん来るつもりだけど……」
難しい顔をして何やら考えている様子のディランだったが、はぁ、というため息と共に背中の手を緩めてくれた。
「本当に気をつけてよ?」
「うん、ありがとう、ディラン」
私がディランに笑顔を向けると、ディランもようやく表情を和らげる。
「それじゃあ帰ろうか。今日は俺が家まで送るよ」
「あ、でもディラン。私、ここから家までは一時間弱かかるよ? 人も多いし、その間にこの前みたいに元の世界に帰ることになったら……」
ディランは前回私の家で、数分で消えていなくなってしまった。今回も前回みたいに消えることになるのだとしたら、人の多い電車などでそれをされるとかなりまずい。人が消えていなくなるなんて、明日の全国ニュースになるくらいの大事だ。
「ふっふっふ。今回は二時間くらいなら大丈夫なんだな。なぜなら……」
ディランは得意気にそう言って自分のジャケットに両手をかける。そして、まるで変質者のようにバッとジャケットを開けて中を見せてくれた。
そこには、おびただしい量の宝石、もとい恐らく魔石が連なってかかっている。そう言われてみれば抱きしめられた時にごつごつとしていた気がしたけど、これだったのか!
「魔石をありったけ持ってきた! これだけあれば魔力を補ってくれるから、二時間は持つ計算なんだ」
「試したいってこれだったんだね……重そう」
「重いけど大丈夫!」
魔術のことはよくわからないけれど、何となくゴリ押しでここに来たことがわかる。まぁ、私としてもディランと長い時間一緒にいられることは嬉しいことなんだけど。
「じゃあ、帰ろう、ルリ」
「う、うん」
ディランに左手を差し出されて、おずおずとそれを握り返す。何だこれ。会社帰りに彼氏と手を繋いで一緒に帰るって、どんなリア充イベントだ!?
会社の人に見られないことを祈りながら、私たちは駅に向かって歩き出した。
それにしても。
私は隣のディランを見る。私好みの日本の洋服に茶髪のディラン。いつもの魔術師っぽい身なりのディランとは随分印象が違う。どう見ても日本人には見えないけれど、外国人としてディランはこの世界に馴染んでいるように見える。
「髪の毛も洋服も似合ってるよ」
「本当!?」
素直な感想を伝えると、ディランはパッと顔を明るくした。
「ルリにどう思われるか心配だったんだ」
「いい感じだよ」
「よかったぁ」
ディランは蕩けるような笑顔で微笑んだ。可愛い奴め。
「この世界の人だって言われても違和感ないよ」
「じゃあ、ずっとこの髪の色でいようかな」
「それでいいの? 元の赤髪に毛先金髪も結構好きなんだけど」
「そうなの?」
ポロッと零すと、ディランはすごく嬉しそうに食いついてきた。結局は私も見た目どうこうっていうよりディランそのものが好きになっているわけなんだけど、ここでそれを言うのは恥ずかしい。
「どっちもいいと思うよ」
「じゃあこの色の髪の毛はこっちの世界に来る時だけにしようかな。確かに、ルリの世界の人は黒とか茶色の髪色が多いみたいだし」
ディランはすれ違う人達を観察しながらそう言う。そう言えばディランにとって日本の外の世界は初めてのはずだ。
「この世界はどう?」
別の世界の人から見て、日本がどう見えるのか純粋に気になる。
「うーん、魔力を持ってる人間もいるみたいだけど、持ってない人がほとんどだ。魔術を使えるレベルの人は今のところ見かけないなぁ」
ところが、ディランは魔術視点で感想を言ってきた。ディランの頭の中は本当に魔術でいっぱいなのだろう。
「思った通り、地盤にも魔力はあまり感じられない。俺も魔術が使えないことはないと思うけど、ここに来るために魔力を使ってるから今は……」
「ちょっと、ディラン」
ぶつぶつと思考モードに入りそうなディランの脇腹をつつく。
「この世界には魔術は存在しないから、人がたくさんいるところでその話はダメだよ」
「あ、そっか」
ディランの頭にはその考えはまったくなかったようで、意外そうな顔で頷いた。
「魔術の話とか発言には気をつけるね」
「ありがとう」
「今はルリと一緒にいられるんだし、たくさんルリとの時間を楽しまなきゃ」
ディランはそう付け加えて微笑んだ。できたらそういう甘い発言も人前ではやめてほしいのだけど、それが嬉しい自分もいるので咎めるのはやめておいた。




