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14話

「景子がこんなになるなんて珍しい」


 カードでお支払をしてくれた高達さんが伝票にサインしている横で、私は景子に目線をやった。景子はソファを占領して横になってぐったりとしている。飲みすぎたらしい景子が酔いつぶれてしまったのだ。


「思ってたより本気だったんだな……」

「喜多川さんほどの美人を傷つけるなんて、最低な男だな」


 サインを終えた高達さんは笑顔で毒を吐く。


「美人が原因かどうかは置いておいて、あまりの男運のなさは可哀想になります。モテない私の方が随分と幸せに思えるくらいに」

「吉岡さんだって今はモテてるんだろう?」

「モテてはいませんけど……」


 誤魔化したはずの話を蒸し返されそうになって、私は視線を逸らす。


「まぁ吉岡さんの話は次回の楽しみにとっておくよ。今はひとまず喜多川さんをどうにか家まで帰さないとね」

「次回も話しませんからね! だけど、どうしよう、景子。起きられるー?」

「うーん」


 ヘロヘロになっている景子は私の支えで一応身体を起こすことに成功する。だけど、身体に力は入らないようで、支えていないと再び横になってしまいそうだ。


「俺は喜多川さんと帰りの方向が一緒だからタクシーで帰ることにするよ」

「ええー、大丈夫ですか?」


 確かに私と景子の家は真逆だから、送っていくのは大変。しかも、この身体に力の入らない景子を支えて立たせる力が私にあると思えない。高達さんに酔っ払った景子を任せるのはいささか、いや、かなり不安であるが。


「景子のこと襲ったりしないでくださいよ?」

「流石に俺もそこまで人でなしじゃないから安心してよ」

「安心できません」

「信頼ないなぁ」


 高達さんが酔っ払った女性に何か悪さをするような人ではないと思いたいけれど、普段の言動の軽さから簡単に信頼することはできない。それでも、目の前で困ったように笑う高達さんは、今まで景子の愚痴に文句言わず付き合い、本当にお酒を奢ってくれた人でもある。


「もし変なことしたら、社内に酷い噂流しますからね!」

「そうならないようにするから任せてよ」


 私は結局、高達さんに景子を任せることにした。タクシーを店の前まで呼んだ高達さんは景子と一緒に乗り込んで帰っていく。無事に帰り着くといいけど……。


「とにかく私は帰ろう」


 何と言っても今日は月曜日。景子の明日の出勤も心配だが、私まで休むことになっては社会人としていろいろとまずい。さっさと帰ろうと駅へ向かって一人で歩き始める。


「お姉さん、一人ぃ?」

「はい?」


 居酒屋の密集地を足早に歩いていると、私の進行方向を塞ぐように酒臭いスーツ姿の男二人が立ちはだかった。


「よかったら一緒に飲まない?」


 ヘラヘラと笑う男はかなり酔っ払っている模様。その隣の男もそれを止めようとせず、ニヤニヤとしているだけだ。


「急ぎますので」


 私はすげなく断って男の横を通り抜けようとすると、両手を広げて通せんぼされてしまった。


「まぁまぁそんなこと言わずにさぁ」


 これはかなり面倒な輩に目をつけられてしまったものだ。私が嫌悪感を露わにしてもそれに気がつく様子もない。


 逃げるにしても男二人に敵う気もしないし、周りに助けてくれそうな人間もいない。どうしたものか。私の酔いも一気に覚めてしまった。


「本当に急ぎますから」

「待って待って。ちょっとでいいからさぁ」


 そう言って男は私に向けて手を伸ばしてきた。


「いやっ……!」


 反射的に身を引いてぎゅっと目を閉じる。知らない男に触れられるなんて気持ちが悪い。その時に頭に浮かんだのはディランの顔だった。ディランになら触れられたいと思うのに、ディラン以外の男には嫌だ。ああ、もし私も魔術が使えたら、こんな男たち軽々と撃退して逃げることができるかもしれないのに──


 その時だった。車のライトが当たったかのように一瞬辺りが眩しく輝く。


「うわっ」


 目の前のナンパ男たちも驚きの声を上げている。次の瞬間。私は何者かに肩を掴まれ、その胸の中にすっぽりと収まっていた。


「俺の女に何か用?」


 私を抱きとめたその人物は低い声でナンパ男二人に凄む。ナンパ男たちは、


「何だ、男連れかよ……」


 と、捨て台詞を吐いてすごすごと去っていった。見上げると、私を守るように包み込んでいる男の鮮やかな茶髪が目に入る。


「大丈夫?」

「あ、はい。すみません、助けていただいて……」


 私はお礼を言ってペコリと頭を下げるが、その男は私を解放するつもりはないようで、抱きしめたような体制のままでいた。白いワイシャツの上に黒の光沢のあるジャケットを羽織り、黒いズボンを履いている男性はスラリとした体型だ。とても私好みの格好ではあるが、私にはディランという彼氏が……あれ?


 そこで私はハタと気がつく。この格好、どこかで見たことがある。男の履いている茶色いブーツから視線を徐々に上に上げていくと、最後に茶色い瞳と目が合った。その瞳は私に向けて優しく細められている。


「間に合ってよかった、ルリ」

「ディ、ディラン!?」


 髪の毛が茶色くなっていて、洋服も日本のものなので印象が全く違って気が付かなかった。だけど、よく見れば私を抱きしめて微笑んでいるその人は、私の彼氏、ディランその人だったのだ。


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