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1話

「はぁ~疲れた……!」


 時刻は夜11時になろうかというところ。残業を終えた私はへとへとになりながら我が家に帰宅した。駅から徒歩5分のワンルームの賃貸マンションで一人暮らしを始めて早6年。手狭だがほとんど動かずに過ごせるこの部屋を、私はなかなかに気に入っている。


 部屋の一番奥にあるベッドの上にドカッと腰を下ろし、側にあるローテーブルにコンビニの袋と郵便物を置く。コンビニの袋から温めてもらった惣菜と冷えた缶ビールを取り出しながら、郵便物を確認した。


 チラシと電気使用量のお知らせに混じって、ひときわしっかりとした封筒が一通。宛名には住所と私の名前、吉岡瑠理(よしおかるり)としっかり印刷されている。裏返して差出人を確認すると、連名で私の友人と知らない男性の名前が書かれていた。


「あー、そう言えば連絡来てたっけ」


 申し訳ないけれど眉間に皺を寄せてしまう。これは大学時代の友人からの結婚式の招待状だ。


 私は現在27歳。ちょうど友人の結婚ラッシュの真っ只中。来月、再来月と続けて結婚式にお呼ばれしている。


 友人の結婚はとてもおめでたいしお祝いしたいと思うのだけれど、こう続かれるとお財布が厳しい。何しろご祝儀に3万円、二次会で7千円、加えて美容院代、電車賃と合わせると5万円近い出費になるのだから。


「安月給には辛いですわ……残業頑張らなきゃだなぁ」


 缶ビールのプルタブを開けながら、招待状を封を開けないままテーブルに置く。出席の返事をしなければならないけれど、まだもう少し後でいいだろう。


 結婚式に行くと、必ずと言っていい程話題に上る「現在の恋愛事情」。そこで「私は彼氏いないんだよね~」と、苦笑いをする自分を思い浮かべると少しだけ気が重くなった。


 結婚願望が強いわけでも、彼氏がいなくて寂しいわけでもない。だけど、そろそろ相手を見つける時期である27歳独身の女が幸せな友人を前に何も感じないわけではなかった。私にとって結婚式とは、目を背けていることを突きつけられる日でもある。


「ダメだダメだ。祝い事なのにこんなこと思うのは!」


 本当は心からお祝いしたいのに、嫌なことを思ってしまう自分に自己嫌悪だ。こういう日には飲んで眠るのが一番。惣菜をつまみに缶ビールをぐいっと飲む。今日は買い置きしてあるワインも飲んでしまおう。テレビを付けて大して面白くもないバラエティを見ながら、私は一人晩酌を楽しむのだった。




『こんばんは』


 ん? 真っ白な空間で、私の目の前に男が立って微笑んでいる。口はしっかりと動いているのに、言葉が直接頭に聞こえてくるという不思議な感覚だ。


 首に沿うように伸ばされている髪の毛は赤く、毛先に行くほど金色になっている男は、どう見ても日本人には見えない。瞳こそ茶色いが、髪の色も鼻が高くてホリの深い顔立ちも外国人を思わせる。


 遊び人を思わせる派手な髪色の割に純朴そうな顔をした男は、顔のパーツが「これしかない!」というような完璧な配置を取っている、美しい人だ。


『こんばんは』


 今度は一語一語はっきりと発音した。って、この男、外国人の顔で当たり前のように日本語喋ってるわ。


 ああ、もしかしなくてもこれは夢か。そうだ、晩酌をしながら寝落ちしたに違いない。結婚のことなんて考えていたから、こんなに格好いい私好みの男が夢の中に出てきてるのかも。


『聞こえてる?』

「ああ、うん。こんばんは」


 挨拶を忘れていた私は遅れて返した。男はホッとしたようで表情を柔らかくする。あ、笑っても格好いいな、この人。まるでモデルみたいだ。


『初めまして。俺はディラン・フォーレンハイムと言います』


 おっと! 日本語を喋るのに名前はカタカナと来た!


「初めましてー。私は吉岡瑠理です」


 私も一応名乗っておく。夢の中とは言え、礼儀は大切にする日本人です。


『ルリか。よろしく』


 早速呼び捨てだ! そしたら私も、


「ディラン、よろしくね」


 と、同じく呼び捨てで返しておく。


『夢の中にお邪魔してごめんね。だけど、ルリはあまり驚いていないみたいだ』

「あ、いえいえお気遣いなく」


 むしろ、夢の中にこんなイケメンさんが来てくれたら儲けもんってものですわ。実生活じゃこんなイケメンに会うことなんてないからね。


『もっと驚かれると思ってたからよかったよ』

「いえいえ。それで、ディランはどこの国の人? アメリカとか?」


 勉強は苦手な私である。国の名前はよくわからないけれど、大国だったらわかるかも。って、そもそも私の夢なんだから、私が知ってる国名しか出てこないか。


『俺はロンド王国っていう国に住んでいるよ』


 全然知らなかったー!!!


「それってどの辺です? ヨーロッパとか?」

『いや、ルリのいる世界じゃなくて、別の世界にあるんだ』

「別の世界……?」


 と、いうと、異世界ってこと? まさかのファンタジーだった! この前の土日にファンタジー物のマンガを一気読みしたから、その影響だろうか。


『そう。僕は魔術研究所で働いている魔術師。ロンド王国から魔術でルリの夢にお邪魔してるんだ』


 魔術! 自分の頭の中にこんなファンタジーな世界があったなんて、驚きです。


「それはどうも遠くから」

『実は何度もルリの様子を覗き見てはいてね、こうして接触に成功したのは初めてのことだけど』


 覗き見ときた! まさかのストーカー的発言である。


「また、何故私のことを?」

『えっと、それは……』


 尋ねると、何故かディランは頬を赤くして照れた様子を見せた。え? 何? この感じ。


『一目惚れしました! 良かったら付き合ってください!』

「まじかー!」


 彼氏がいないからと、夢の中で告白させたよ、私。まぁ、一度きりの人生。こんなに格好いい人に告白されてみたくもなりますよね。


 ディランは少し潤んだ瞳で私を熱っぽく見つめている。実家の犬を思わせるような無垢な瞳にドキリとした。何だよ、ちょっと胸にくるじゃないか!


「いいよ」

『!? 本当に!?』

「うん」


 私だって夢見たっていいじゃない。格好いい男性に一目惚れされて、付き合うっていう夢を。そもそも、こんなに真剣に告白されたこともないし。夢だけど。


『ありがとう、ルリ!』


 ディランが手を広げて私に近づいてくる。そして、スカッと通り抜けた!


『あー、やっぱり接触はダメか……』


 振り返ると、私を通り抜けたディランが眉尻を下げて悔しがっている。


『次は接触できるように魔術を改良するね! それで、必ずルリに触れてみせる!』

「うん、頑張ってー」


 まぁ、そう上手くはいかないよねぇ。夢とは言え、イケメンさんと包容するなんてさ。


『あ、もうそろそろ時間だ』

「朝ってこと?」

『そう。名残惜しいけど』


 ディランは私に向き合う。


『今日はありがとう、ルリ。また明日の夢で会おう』

「うん、またねー」

『今日も一日頑張って、ルリ』

「ありがとう」


 いやだ、誰かに「頑張って」って見送られるなんて、なんだか嬉しい。私は微笑みながら手を振った。きっと、都合よく同じ夢を何度も見たりはしないだろう。だから、これでさよならだ、私の恋人。


 私は消えていくディランの姿をしっかりと目に焼き付けた。


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