はじまりのうた
「私たち以外誰もいないんだから、歌えるわよ。歌大好きでしょ?ハニー・ストロー」
ハニー・ストロー・ノッテンバイヤー、私の大切な妹。ハニーは、場面かんもく症と言う学校や家族以外の他人がいる場所では歌はおろか話すこともできない。不安が強い病気らしいの。今、ここはカラオケ屋のボックスに二人でいる。ハニーの不安解消になるかときてみた。
ハニーは、うなずき、マイクを強く握りしめ、カラオケのモニターを見た。私は、リモコンのボタンを押す。
♪~ハニーストローの少女~ビリー・ノッテンバイヤー
かわいーい、かわいーい彼女は、ハニーストローの少女。金髪にストローのようなストレートの髪の持ち主。
愛しーい、愛しーい彼女は、真っ白な肌の少女。麦わら帽子と真っ白なパラソルが似合っている。
ハニー、ハニーストロー。ハニー、ハニーストロー。僕の彼女になっておくれ。
ガチャ
カラオケ屋のボックスのドアが開く。ポニーテールの長身で中年の女性が部屋にずかすかと入ってきた。
ガターン
ハニーがマイクを落とす音が聞こえる。
「なんなんですか?あなたは!」
女性は、ハニーに一瞬、目をやり、ジャケットのポケットから名刺を取り出し、「こういう者です」と私に差し出した。私が名刺に目をやると、そこには、古都 雪、ライブハウス、スノーホワイト店長と電話番号が書かれている。
「はぁ?ライブハウスの店長さんが一体何のようなんですか?」
「通りすがりに歌声を拝聴しました。はっきり言います。そこの少女の歌声に惚れました。私は、20年、ライブハウスの店長をやってますが、まさに10年に1人の逸材かと思います。十代特有の未完成なはかない声がいい!(彼女は、ハニーに目を向け)ライブハウスで歌ってみる気はありませんか?」
ハニーは、ぶんぶんと音がするくらいの勢いで首を横に振り、脱兎のごとくボックスを出て行ってしまった。
「ハニーー!」
私もハニーの後を追いかける。ハニーが非常口のドアを開けるのを見、私もそこのドアを開けた。
私を見たハニーは、胸にしがみついてきて声にならない泣き声を上げる。私は、まだ手に持っていた名刺を握りつぶしてからバラバラに破いて捨てた。