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ばかって言う君が好き。  作者: 下駄
Three year
31/38

Sept


 ブーブー

寝室から聞こえてくる、彼の携帯の着信の音。

音を消しているのか、バイブ音だけが耳に響いてくる。


「直人~!携帯鳴ってるよ~?」

お仕事終わりに、会社の飲み会に行っていた彼。


時計の針が10時を回った頃合いに

「やべー、ふらふらする。」

そう言って帰ってきたと思ったら、彼はそのままベッドに倒れていった。


お酒のにおいがぷ~んと漂ってくるぐらいに、飲むなんて珍しい。


私と同棲をはじめて、

しばらくは私を気遣って彼は飲み会を断っていた。


しかし後輩の玄野くんの面倒を見だしてから、

断り切れなくなったようで、帰りが遅くなることは少なくなかった。


それでも、この日もそんな一日の一つに過ぎないと、

私は思っていたのだけれど―――。


「直人?」

反応がない彼をもう一度呼んだ。

見ていたテレビの電源を落とす。


「ん―――。」

寝室からかすかに聞こえきた、ねぼけた声。


ブーブー

電話はなり続ける。


「直人電話いいのー?」


今度は返事なし。



……もう。何してんだか…。


重たい腰をあげ、私は寝室をのぞいた。


案の定、彼はスーツのままで、ベッドに大の字でうつぶせに横たわっている。

すーす聞こえる彼の寝息。


寝ちゃったのか…。



ブーブー

静かな彼と一転して、電話はせわしく音を立てる。


ランプのすぐ横に置いてある携帯は、

振動のせいで隅の方においやられてしまい、あともう少しで落ちてしまいそうだった。



咄嗟に手をのばしたのだけれど、

タッチの差で、

携帯は呆気なく床にバタンと音をたてた。


「やっちゃった―――。」

顔をこちらに向けた彼の様子を、おそるおそるうかがう。



彼の寝息がピタッと止まって、



また始まる。



「セーフ……。」



一息ついて、携帯を拾うと同時に、音は止まった。


私の呼吸も。



止まった。



見てしまったのだ。


一瞬、画面に表示された



玄野 桜


その名前を。



「玄野、玄野って……。」


私は携帯を元あったように置くと、そのままぱたんと寝室のドアを閉めた。




 チュンチュン


「ん…。」


小鳥のさえずりに起こされた私は、ゆっくり目を開けた。

広がった白い天井が、その日は黒かった。


そしてすぐにそれが天井ではないことが分かった。



昨日はリビングで寝たんだっけ…。


テーブルの脚に、おでこをぶつけてしまわないよう起き上がった。


布団なしで寝たはずなのに、

毛布がかけられているってことは直人がしてくれたに違いない。



毛布を背中にかけたまま、カーテンを開けた。


ピシャっと光が差し込んでくるかと思いきや、

どうやら今日は雲が多いようで、

電線にとまっている小鳥もどこか寂しげだった。



ガチャ


「ふ~。

あ、倫子。おはよう。」


 上半身裸の彼。

朝風呂したときは決まってそう。



「おはよう。

服着てね。風邪ひくよ。」 


一度振り返って、なるべく彼の体を見ないで私は答えた。



「倫子こそだよ。


ごめんね、俺が昨日ベッド占領してたから

そこで寝かせちゃうハメになって...。」


「ううん、大丈夫。」

 

彼がベッドを占領していたから、確かにここで寝たのだけど、


でもそうじゃない。


占領してもいなくても、私はきっと彼の隣で寝なかった。




「倫子寒そうに丸まってたよ。」


直人はコーヒーを作って、私に差し出してくれる。



「ありがとう。」


あつあつのコーヒー。

白い湯気が一本の柱を作り、冷たい空気に広がっていく。

猫舌な私は、ふうふうと息をふきかけて一口含んだ。


彼は黒のTシャツに袖を通すと、私の横に座った。



「今日、どっか行かない?

俺、買いたいものあるんだけど。」



「んー、ちょっと寒気するからやめとこうかな。

洗濯もの溜まってるし…。

買い物、今度じゃだめ? 」


「いいよ。

じゃあ俺が洗濯物片すよ。倫子寝てな。」


 彼は私の頭をくしゃくしゃっとかき回すと、お風呂場に向かった。


私は彼がいる方を向いて横になる。



…別に浮気が発覚したわけじゃなくて。

ただ彼が可愛がってる後輩が女だったってだけで。


仕事の付き合いだし、しょうがないこと。


私が勝手に男だって決めつけてただけだし……。

直人だって、きっと隠してるわけじゃない。



でも、一つ私はひっかかることがあって。



もし、あの時のあの電話が彼女からだとしたら―――、


はじめて彼から電話を切られたあの時。



彼は私よりも彼女の電話を優先した……?



「いっぱい洗濯物あるね。」


「あ、うん。」

籠一杯に入ってる洗濯物を彼が持ってくる。


「夜、まわしちゃってさ。

シーツとかも洗いたいんだけど…。」


私はゆっくり起き上がる。



「こら。

倫子は寝てなさい。俺がやるから。」


そう言ってベランダに出ていった彼。

一枚一枚しわを伸ばしながら、丁寧に干してくれる。


私が座ったままそんな彼を見ていると、直人はちらっとこっちを見て、

「寝てなさい」

そう口パクした。



…うん。

こんな優しい人がするわけない。


大丈夫、話してみよう。

今はここに彼がいるんだもの。


ちゃんと彼の気持ちを聞こう。

そう私達、再会したとき話したじゃない。



「直人。」


 私は立ち上がってベランダにいる彼に声をかける。


「あ、ばか。寝てなきゃ。」

 振り返ってくる彼。


「ぎゅーして。」 

 私は手を広げる。


「…何?どしたの?

熱本気である?」

 私のおでこに手を当てて熱を確認する。


「ばか。」


 私は笑って彼に飛びつく。


「あ、こらスリッパ履いてないのに、汚いよ、足。」

 構わず私は彼を抱きしめる。


「あのね、お話したいことあるの。」


「……何?

いい話?悪い話?」


「うーん、悪い話かな?」


「こわいなあ……。何だろう。」

 彼は私の頭をなでた。



「ちょっと聞きたくて。

あのね…直人後輩さんいるでしょう?」



「玄野のこと?どうかした?」



「私、ずっと男の人って思ってたの。

でも昨日たまたま携帯の画面見ちゃって、女の人って知って…。」



「……ハハハ!」


噴出したように彼は笑った。

体を離してかがむと、私の顔を見入る。 



「何、やきもちやいたの?」


「…うん。」

 こくんと私はうなずく。


「かわいいなあ。」

 意地悪な表情で笑う彼。



「ちょっと笑い事じゃないんだけど!」


 たたこうと腕をふりあげたのだけど、

彼に簡単に掴まれてしまう。



「ごめん。でもかわいくてさあ。」


「もう。」



彼は一度口元を緩めたかと思うと、ゆっくり優しく言葉を発した。


「女性ってちゃんと説明してなくてごめんね。

不安にさせてごめん。


でも、彼女いること、ちゃんと玄野に言ってるから。」


「…うん。」


「飲み会あって、女性送ることあっても、

複数で帰るようにしてるし。」


「…うん。」


大事に大事に私の不安を取り除いてくれる。



「ほかに聞きたいことは?」


「電話―――。

後輩さんと話してるのは仕事のこと……?」



「当たり前。」


まっすぐ、まっすぐ彼はそう答えた。



「ほかは?」


ふるふると私は首をふる。


「よし!」


彼は私をもう一度抱きしめた。



「話してくれてありがとね、倫子。」



「…うん。」



別れたときには勇気がなくて

話し合うことをしなかった私。



でも今こうして私達いれるってことは

ちょっとずつ歩み寄れてこれてるってこと。



大丈夫、もう私達

ずっと分かりあえていけるよね――――――


私は彼をぎゅっと抱きしめた。



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