Sept
ブーブー
寝室から聞こえてくる、彼の携帯の着信の音。
音を消しているのか、バイブ音だけが耳に響いてくる。
「直人~!携帯鳴ってるよ~?」
お仕事終わりに、会社の飲み会に行っていた彼。
時計の針が10時を回った頃合いに
「やべー、ふらふらする。」
そう言って帰ってきたと思ったら、彼はそのままベッドに倒れていった。
お酒のにおいがぷ~んと漂ってくるぐらいに、飲むなんて珍しい。
私と同棲をはじめて、
しばらくは私を気遣って彼は飲み会を断っていた。
しかし後輩の玄野くんの面倒を見だしてから、
断り切れなくなったようで、帰りが遅くなることは少なくなかった。
それでも、この日もそんな一日の一つに過ぎないと、
私は思っていたのだけれど―――。
「直人?」
反応がない彼をもう一度呼んだ。
見ていたテレビの電源を落とす。
「ん―――。」
寝室からかすかに聞こえきた、ねぼけた声。
ブーブー
電話はなり続ける。
「直人電話いいのー?」
今度は返事なし。
……もう。何してんだか…。
重たい腰をあげ、私は寝室をのぞいた。
案の定、彼はスーツのままで、ベッドに大の字でうつぶせに横たわっている。
すーす聞こえる彼の寝息。
寝ちゃったのか…。
ブーブー
静かな彼と一転して、電話はせわしく音を立てる。
ランプのすぐ横に置いてある携帯は、
振動のせいで隅の方においやられてしまい、あともう少しで落ちてしまいそうだった。
咄嗟に手をのばしたのだけれど、
タッチの差で、
携帯は呆気なく床にバタンと音をたてた。
「やっちゃった―――。」
顔をこちらに向けた彼の様子を、おそるおそるうかがう。
彼の寝息がピタッと止まって、
また始まる。
「セーフ……。」
一息ついて、携帯を拾うと同時に、音は止まった。
私の呼吸も。
止まった。
見てしまったのだ。
一瞬、画面に表示された
玄野 桜
その名前を。
「玄野、玄野って……。」
私は携帯を元あったように置くと、そのままぱたんと寝室のドアを閉めた。
チュンチュン
「ん…。」
小鳥のさえずりに起こされた私は、ゆっくり目を開けた。
広がった白い天井が、その日は黒かった。
そしてすぐにそれが天井ではないことが分かった。
昨日はリビングで寝たんだっけ…。
テーブルの脚に、おでこをぶつけてしまわないよう起き上がった。
布団なしで寝たはずなのに、
毛布がかけられているってことは直人がしてくれたに違いない。
毛布を背中にかけたまま、カーテンを開けた。
ピシャっと光が差し込んでくるかと思いきや、
どうやら今日は雲が多いようで、
電線にとまっている小鳥もどこか寂しげだった。
ガチャ
「ふ~。
あ、倫子。おはよう。」
上半身裸の彼。
朝風呂したときは決まってそう。
「おはよう。
服着てね。風邪ひくよ。」
一度振り返って、なるべく彼の体を見ないで私は答えた。
「倫子こそだよ。
ごめんね、俺が昨日ベッド占領してたから
そこで寝かせちゃうハメになって...。」
「ううん、大丈夫。」
彼がベッドを占領していたから、確かにここで寝たのだけど、
でもそうじゃない。
占領してもいなくても、私はきっと彼の隣で寝なかった。
「倫子寒そうに丸まってたよ。」
直人はコーヒーを作って、私に差し出してくれる。
「ありがとう。」
あつあつのコーヒー。
白い湯気が一本の柱を作り、冷たい空気に広がっていく。
猫舌な私は、ふうふうと息をふきかけて一口含んだ。
彼は黒のTシャツに袖を通すと、私の横に座った。
「今日、どっか行かない?
俺、買いたいものあるんだけど。」
「んー、ちょっと寒気するからやめとこうかな。
洗濯もの溜まってるし…。
買い物、今度じゃだめ? 」
「いいよ。
じゃあ俺が洗濯物片すよ。倫子寝てな。」
彼は私の頭をくしゃくしゃっとかき回すと、お風呂場に向かった。
私は彼がいる方を向いて横になる。
…別に浮気が発覚したわけじゃなくて。
ただ彼が可愛がってる後輩が女だったってだけで。
仕事の付き合いだし、しょうがないこと。
私が勝手に男だって決めつけてただけだし……。
直人だって、きっと隠してるわけじゃない。
でも、一つ私はひっかかることがあって。
もし、あの時のあの電話が彼女からだとしたら―――、
はじめて彼から電話を切られたあの時。
彼は私よりも彼女の電話を優先した……?
「いっぱい洗濯物あるね。」
「あ、うん。」
籠一杯に入ってる洗濯物を彼が持ってくる。
「夜、まわしちゃってさ。
シーツとかも洗いたいんだけど…。」
私はゆっくり起き上がる。
「こら。
倫子は寝てなさい。俺がやるから。」
そう言ってベランダに出ていった彼。
一枚一枚しわを伸ばしながら、丁寧に干してくれる。
私が座ったままそんな彼を見ていると、直人はちらっとこっちを見て、
「寝てなさい」
そう口パクした。
…うん。
こんな優しい人がするわけない。
大丈夫、話してみよう。
今はここに彼がいるんだもの。
ちゃんと彼の気持ちを聞こう。
そう私達、再会したとき話したじゃない。
「直人。」
私は立ち上がってベランダにいる彼に声をかける。
「あ、ばか。寝てなきゃ。」
振り返ってくる彼。
「ぎゅーして。」
私は手を広げる。
「…何?どしたの?
熱本気である?」
私のおでこに手を当てて熱を確認する。
「ばか。」
私は笑って彼に飛びつく。
「あ、こらスリッパ履いてないのに、汚いよ、足。」
構わず私は彼を抱きしめる。
「あのね、お話したいことあるの。」
「……何?
いい話?悪い話?」
「うーん、悪い話かな?」
「こわいなあ……。何だろう。」
彼は私の頭をなでた。
「ちょっと聞きたくて。
あのね…直人後輩さんいるでしょう?」
「玄野のこと?どうかした?」
「私、ずっと男の人って思ってたの。
でも昨日たまたま携帯の画面見ちゃって、女の人って知って…。」
「……ハハハ!」
噴出したように彼は笑った。
体を離してかがむと、私の顔を見入る。
「何、やきもちやいたの?」
「…うん。」
こくんと私はうなずく。
「かわいいなあ。」
意地悪な表情で笑う彼。
「ちょっと笑い事じゃないんだけど!」
たたこうと腕をふりあげたのだけど、
彼に簡単に掴まれてしまう。
「ごめん。でもかわいくてさあ。」
「もう。」
彼は一度口元を緩めたかと思うと、ゆっくり優しく言葉を発した。
「女性ってちゃんと説明してなくてごめんね。
不安にさせてごめん。
でも、彼女いること、ちゃんと玄野に言ってるから。」
「…うん。」
「飲み会あって、女性送ることあっても、
複数で帰るようにしてるし。」
「…うん。」
大事に大事に私の不安を取り除いてくれる。
「ほかに聞きたいことは?」
「電話―――。
後輩さんと話してるのは仕事のこと……?」
「当たり前。」
まっすぐ、まっすぐ彼はそう答えた。
「ほかは?」
ふるふると私は首をふる。
「よし!」
彼は私をもう一度抱きしめた。
「話してくれてありがとね、倫子。」
「…うん。」
別れたときには勇気がなくて
話し合うことをしなかった私。
でも今こうして私達いれるってことは
ちょっとずつ歩み寄れてこれてるってこと。
大丈夫、もう私達
ずっと分かりあえていけるよね――――――
私は彼をぎゅっと抱きしめた。




