表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ばかって言う君が好き。  作者: 下駄
Three year
PR
26/38

Apr


 ピシャ。

カーテンを開けると同時に、あたたかい光が部屋に差し込んできた。


「わあ、いいお天気。」 

言葉が思わずこぼれてしまう。


「ん~。」

私じゃない誰かも、そんな陽気に誘われて目が覚めたみたい。

そう…私は今、1人じゃない。


「直人朝だよ、起きて。」

 私はベッドに座って、まだ寝ている彼の肩をトントンと優しくたたいた。


「今、何時?」


「9時だよ。」


「……。」

 また眠りにつこうとしているのか、返事がない。

返事してよと、私は寝癖でいつもよりふわふわになっている彼の髪に触れた。


「倫子の手、落ち着く。」

でもそれは逆効果だったみたい。

布団にくるまったまま、私の膝に彼は乗ってきた。


「あ、もう、私ご飯作らなきゃだから、だめだよ。」

 膝から降りてとばかりに彼の頭を数回ポンポンするのだけれど、

彼は動く気はないようで、

「んー、、もうちょっとだけ、お願い。」

彼の腕が私の腰に回ってくる。


甘えん坊な彼。

もう起きなくちゃなんだけど、彼におねだりされちゃ勝てないわけで、


「しょうがないなあ、あと5分ね。」

私は彼の頭に口づけをする。


するとそれに反応するかのように、

彼が私の顔を膝に乗ったまま見上げてきた。


「なに?起きる気になった?」

 

彼はすぐにふるふると首を振ると、


「俺にキスしたから5分延長ね。

 はい、10分~」

寝ぼけた表情から、見慣れた悪戯な表情へ。


「もう、ばか。

5分短縮です!早く起きてよね!」

少し笑ってしまいながら、ベッドから降りて部屋を出る私。


だってこのままベッドにいてしまったら、

そのうちまた彼と一緒に寝ることになって、時間をつぶしてしまいそうだから。


「倫子~。」

彼のねだる声が寝室から聞こえてくる。

お構いなしに私はお味噌汁を作り始めた。


でもそのうち、彼の声がぴたっと止まる。

私は彼の様子が気になって、彼の様子を確認したくてたまらない。

私は料理しながらも、すっかり思考は彼に奪われてしまって、


「あ。」

おわんを床に落としてしまう。


カランカラン。


「やっちゃった。」

 料理台の端のほうまで転がってしまった。


私はお玉を鍋に置いて、それを拾う。

座って、かがんで、また立ち上がって。


ふわっ。

立ち上がった瞬間だった。

後ろから馴染みのある香りがした。

私が大好きなかおり。

お味噌汁とは……別の―――。

そのまま香りは、私を抱きしめた。


「おっちょこちょいだなあ。」


「うるさいー。」

 いつの間に近づいていたのだろう。

こういう悪戯慣れしてるところに、時々心底びっくりさせられてしまう。


「今、料理中だからテーブルに座ってて、直人。」


「んー」と、彼はから返事するのみだった。


無理やりにでも腕をとろうと思ったのだけれど、


「あ、お味噌汁。

倫子のおいしくて、すごい好きだよ。」


吐息まで耳に触れてくるような、彼の甘い言葉に、

私はとらわれて、

「……ありがとう。」

なんて言って、私はまわされた彼の腕につい触れてしまった。


「離れてほしんじゃなかったの?」

 彼が私を見こして、くすくすと笑う。


「本当意地悪なんだから。」

 私は右肩に乗っけている彼の頭を軽く叩いた。 


みそ汁のいい匂いがぷーんと香る。

ねぎいっぱいの、出汁の効いた――。


「幸せだね。」


自然と出た言葉に、


「本当、幸せ。」

彼は返事をすると、顔を回り込ませた―――。



「直人と過ごせるのもあと3日かあ…。」

 朝ごはんを食べ終わり、

片付け終わった私はテレビを見ていた彼の横に座った。


「今日休みもらえたのでも、ラッキーだからなあ。」

彼の眉が少しさがる。


彼はこっちにあくまで出張中。

1週間ちょっとあった出張期間も、あと3日で終わりを告げようとしている。

楽しい時間はあっという間って昔からいうけれど、このことなんだろうな…。


「そうだよね…。」

 私は彼の手を握った。


彼もぎゅっと握り返して、

「おいで。」

そう言って、肩にもたれかかるよう私を誘導した。


触れたところから直接、彼のぬくもりが伝わってくる。


「倫子とまたこうしていれるなんて、奇跡だな。」

苦笑する彼。


「そうだよね。

あのスニーカーがなかったら、

私達たぶんあのままさよならしてた。」


「スニーカーってところが、なんか倫子らしいけどね。」

ハハハっと笑う彼に、私もつられて笑った。



「前のスニーカーも、相変わらず使ってるから。

ずっと使いたいからさ、

大事な日だけ履くようにしてんだ、今は。」


「え?そうなの!」

驚いて私は彼から離れ、目をあわせる。


「靴紐結んでるときちゃんと説明してたんだけど、

倫子ちゃんは聞いてなかったみたいだからねー。」

 コツンと人差し指で私のおでこを突いた。


「……だって。」

 口をとがらせた私の頭を、直人がくしゃくしゃっと撫でる。


「本当ありがとう、倫子。

でもさ、まだ遠距離続くしさ、話そうもうちょっと。

結局あの後、倫子泣き疲れてすぐ寝ちゃったじゃん?」


「うん。」

 私はゆっくり、まだ彼に話し残していたことを告げ始めた。



嫌だったこと、切なかったこと、寂しかったこと。


これからのこと。


向こうに帰っても、お互い愛情表現はちゃんとすることとか、

連絡は毎日じゃなくてもいいけど、なるべく努力することとか。


彼はうんうん、と優しくうなずいて、

何の反論もなしに、ただ聞いて、

ごめんねと何度も謝ってくれて。


話すたびに、私の中の絡み合った糸がほつれていく感覚がした。


こうして話していると、

私がしていた我慢も大したことなかったのかもしれない。

もっと単純なことだったんじゃないかな、

そう思えるけど、でもそうじゃないんだよね。


あの時の私は私で精一杯で、

そのときできる最大限の努力をしていて。


彼に思いを伝えている一方で、自分自身にも私は言い聞かせていた。

あ―このときつらかったよね、よく我慢したね、そんな風に。


彼と一緒に過ごせなかった1年。

だけど、座りあえばこの感じ。

なんでこの人のそばは、こんなにも心地よいのだろう―――。



「私ね、

直人から愛されてる自信なくしちゃったの。」


「うん。」


「だから、連絡がないことに対して何も言わなかったし、

寂しいとか会いたいとか、後半言わなくなって。

私ずっとつらかった。」


目に涙を浮かべてしまった私に、彼は口づけした。


「ごめんね。俺も余裕がなかった。


俺は仕事に入り込んじゃうところがあって、

それで倫子との連絡ないがしろにして…

本当申し訳ないって思ってる。


正直、倫子が連絡くれなかった2週間で、

倫子の大事さ気づかされてさ。」


「うん。」

 彼は私の手を握る。


「それで気づくなんて、

本当馬鹿だなって思うし、倫子もそれってどうなの?

って違和感に感じてるかもしれないけど、


でも、倫子が今までため込んだ分、頑張って耐えたくれた分、


これからもっと大切に、

倫子の事支えていきたいって思ってる。」


「うん。」


「俺さ、、」

 彼がうつむく。ちょっと言いずらそうに。


「うん、何?」

 私は彼の顔を覗き込む。


「……もう倫子しか好きになれないんだよね。」

 そう顔を上げて私に告げる彼。


照れた表情、

はにかみながら

彼は私のおでこに自分のおでこをくっつけた。

顔を見られたくないとばかりに。



「直人が照れてる。」

 思わず笑ってしまう私。


「うるさい。」

そう言う彼も笑っていて。


もう2度とできないと思っていた、やりとり。



またできるなんて。

それも彼の体温を感じながら――――。


「大好き、倫子。」


「直人、大好き。」


 それから

彼からのたくさんの贈り物という名の口づけ。


意地悪な彼は、私が弱い耳と首を攻めてくる。


「あ……っ、だめ。」

 そう言っても、彼はいっこうにやめずに、

ますます私をいじめる。


「あー可愛い、大好き。」

何度も何度も。


「ばか。」

照れながら笑う私。



「本当は?ほんとうは?」


 彼がまた顔を近づける。



大好きよ。





****



 出社前、私は彼の見送りに来ていた。


新幹線の入り口前。

8人ほど列を作る最後尾に並ぶ私達。


「さすがにこの時間帯はまだ寒いね。」


「そうだね。」

 彼が私の手をぎゅっと強く握った。

あたたかい彼の手。

彼のやさしさに心まで温かくなる。


「あと5分か。」

 前に並ぶ、スーツを着たサラリーマンの1人がそうつぶやいた。


せっかくやさしさを貰ったばかりなのに、私って本当弱い。

たったその一言で、どこかに残ってた負の感情が再び押し寄せ始めた。


また会える?

向こうに戻っても、連絡してくれる?


またこうして手を繋ぐことは、できる―――?


彼がぎゅっとさらに強く手を握った。

私は俯いていた顔をあげ、彼を見上げる。


「すぐだよ。

すぐ、こっち来るから、次はどっか出かけようね。」

 微笑んだ彼に、私は笑ってうなずいた。


あー…本当この人は。


「直人、ありがとうね。」


「ん?」


「本当ありがとう。」


 彼も私と同じ、きっと不安をたくさん抱いているはず。

そんな気持ちを隠して、私を気遣い、笑ってくれたことに気が付かない私ではなかった。


「……ばーか。」

彼は照れて、ばかなんて言ってるけど。




アナウンスが鳴りだし、車両の訪れを知らせる。


白いボディ。

新幹線好きというわけではないが、そんな私でもかっこよく感じてしまう。


彼を連れていってしまうのに…。



入口が開き、次々に他のお客さんが乗っていく中、彼もゴロゴロとキャリーバッグと共に乗りこむ。


「……。」


 彼も私も何も言わない。


言わないんじゃなくって、言えない。



ただ手を伸ばし、握ったまま。



プルルルルルル―――――――


「まもなくドアが閉まります~」



……泣くんじゃなくて、私も彼を安心させるよう、

大丈夫だよって伝えるよう、


手を優しく離して。


プシュー

ドアが閉まる。


笑って、


「またね。」


彼も笑う。


「すぐ会えるよ。」


ホームからどんどん離れてしまう彼が乗った新幹線。


いつの日か彼が教えてくれた曲の歌詞が脳裏に思い浮かぶ。



大丈夫。

私達、これからも一緒。




 直人が帰って、数週間がたった。


触れたい時に触れない、

会いたい時に会えない、そんな……辛い日々。


でも私、前よりあなたを近くに感じてる。


ピンポーン

あとで電話するかも…!


携帯を見ながら、ふふっと笑う。

私達は繋がっている、離れていても心は―――。


ガチャ。

仕事から帰った私。


一息ついて、テレビを見ながらご飯を食べる。

昨日作った2日目のカレー。

やっぱりカレーは2日目だなぁとふと思いながら、ご飯を食べ終わった私はお風呂を沸かした。

クワズイモの植木の周りに敷いているタオルを変えながら、お風呂が沸けるまで時間を潰す。


ピピピピー

「お風呂があと5分でわきます。」


「は―い。」

お風呂のアナウンスに返事するなんて、子供みたい。


でもこれは彼のせい。

彼が毎日お風呂のアナウンスに返事していたものだから、私もついその癖が移ったようで。

どこかで聞いた、

彼色に染まるってこういうことなのかな。


電話が鳴る。

きっと今噂してた人。


お風呂に先に入ってしまおうかと思ったのだけれど、

彼の電話に勝るものはないんだよなぁ…。


「もしもし?」


「もしもし。」


「倫子、何笑ってんの?」


あなたと電話できてうれしいからだよ、なんて言えるわけもなく。


冗談ぽく受け流してもいいのだけど、

本当にそう思ってるから、きっと冗談ぽく言っても彼にばれてしまう。


だから―――


「何でもないよ。」なんて。



「…直人今、何してるの?家?」


「いや、まだ外。帰ってる途中。暗いなぁ~…。」

 そういわれてみると、確かに電話の向こうで、外の音がする。


車の音、砂利の音、風の音―――


私が通勤するいつもの道と似ている音の数々、どこの道も変わらないのかもしれない。


「気を付けてよ、男の子だって、何あるかわかんないよ?」


「…もう子っていう歳じゃないけどね~。」

苦笑する彼。


「それもそうだね。」

吹き出す私。


「こら、それは失礼だぞ!」


電話でも遠くに感じない。そばで話しているみたい。


きっと今、直人

あのいつもの顔で笑ってくれてるんだろうな……。


「あ、倫子、それで話したい事あって。」


「何?老化予防の秘訣とか?」

くすくす笑う私。


「ばか。

えっと――――あ、ごめん、倫子。

キャッチ入った…。


ちょっと一旦切っていい?」



「いいよ、いいよ!そっち出て!

私もそろそろお風呂わくからその間入るし。」



ピピピピ―

「お風呂が沸きました。」


「あ、ちょうど沸いた!」

 寝室に入り、部屋着を手に取る。


「いや、すぐ電話終わらせるから、ちょっと待ってて。

ごめん!」


「ん?そういうことなら…。じゃあまた後で。」


「じゃまた後。」


ブーブー

切れた電話。


今まで彼は電話を先に切ったことがない。

よほどの電話だったのかな。


私はお風呂場に部屋着を置くと、湯に蓋をして、テレビでまた暇をつぶす。


少し時間がたって、また鳴る携帯。


「もしもし、倫子?ごめん。」


「うん、それは別に構わないんだけど。それでどうしたの?」

 テレビの音量を落とす。


「えっとー…」


ピンポーン

今度は玄関のチャイム。


「わ、ごめん、今度は私だ…。

誰か来ちゃった。」


「今度は倫子か…。」

苦笑する直人。


「この間ネットで注文したやつかな~、

一旦切るね。ごめんね。」


私は彼が返事したのを聞き終えて、通話を切り玄関へ向かった。


「はーい。」

 バタバタと来客者に今出ますと分かるように、わざと音を立てる。


ガチャ

「お届け物です。」

 そう言ってきた配達員らしき人はスーツ姿で、青色の帽子を深くかぶっていた。


……スーツ?

と違和感に感じながらも、

両手で受け取れるほどの小さな小包を確かに私に差し出しているから、この間のが届いたのだと確信する。


「ご苦労様です。サインでいいですか?」

 私は靴箱の上にいつもおいているペンを手に取る。


「いえ。サインは大丈夫です。」


「あ、印鑑ですか?」

 ペンをシャチハタに変える。


「いえ、印鑑も大丈夫です。」


「…えっと?」

 きょとんとしてしまう私に、配達員さんがくすっと笑う。


「サインも何もいりません。


でも―――」

被っている帽子に彼は手をかける。


私は両手を口元に持っていく。

隠した口元は当然あんぐり……。


「倫子さんもらえますか?」


そういわれて、突っ立ったまま。

思考をぐるぐるとあーでもないこーでもないと巡らしながら。

配達員さんは玄関に入り、バタンと扉を閉める。



「また正式にこちらへ勤務となりました。

神沢 直人です。」



それは、


今までも

そしてきっとこれからも


彼がする一番意地悪な表情に違いなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ