June
雨が降っていた。
もう梅雨入りの季節ですかなんて思いながら、水色の傘をさして出かける。
彼がいない生活ももう2ヶ月が過ぎた。
早いような遅いような、自分でもよくわからない。
それでも週末がくる度、彼の思い出に頭が奪われる。
この時期はどこに行ったかな、どんな会話したかな。
彼がいたときはあっという間に週末がいなくなってしまう感覚だったのに、
今はかえって処理に困っている。
家にこもりがちになることも少なくなかった。
「あっ。」
水たまりをぴしゃんと足に浴びてしまう。
そんな私の隣を、楽しそうな若いカップルが通り過ぎる。
すれ違うどこかのカップルがうらやましくて、傘で見えないように視界を隠してしまう。
雨でよかった。
途端に思って、途端に消えたその思い。
変なの。
私、雨が嫌いだった筈じゃない。
歩きながら携帯を取り出して、連絡を確認する。
9時
おはよう。今日は買い物へ行ってきます。
送ったLINE。
お昼を過ぎても、既読はつかないまま。
彼は慣れたといいながら、やっぱりどこか気持ちも不安定なようで、
休日もお仕事のことで頭がいっぱいみたい。
彼は決して大変だとか、お仕事の愚痴を言わないけれど、私はそうなのだろうなと思っていた。
「いらっしゃいませー。」
お気に入りのお店。買い物に来るときは、必ずここに立ち寄る。
スカート、トップス、流行りの可愛い服を眺めながら、
おかしいかな、やっぱり彼の事を考えてしまっていた。
彼と次デートする時、この服をきたらどう反応してくれるだろう。
まだ次会う日も見当がつかないのに。
私は白いワンピースを手に取った。
「ただいま。」
傘をしまって靴をぬぐ。
「クワズイモ君、彼から連絡が来ないのです。」
テレビの横の、少しあれから大きくなったクワイズイモ。
寂しいとき、つい話しかけてしまう。
こんな時、彼にどうしようもなく連絡してしまいたくなるから、
私は大好きな歌手の歌を聞く。
甘いあまい歌詞に、目を閉じて。
彼もこんな風に思ってくれてるのかな、
そう考えてしまったりしながら。
音が急に止まる。
閉じていた目を開ける。
着信音が鳴り始める。
「直人…。」
私は通話ボタンを押す。
「お疲れー、ごめん連絡遅れて。
もう3時かあ……ふはぁ。」
あくびをこぼした彼。
「直人…。直人。」
私は彼の名前を呼ぶ。
「……なに?
可愛い。寂しかったの?」
彼がくすくす笑う。
「うん。寂しかった。」
黙った彼。
「……俺も、寂しいよ。」
「うん……。」
一瞬空気が重くなる。
何回このやり取りをしただろう。
寂しい、会いたい、私たちの口癖だった。
でもそんな空気が彼は好きじゃないから
「あ、じゃあね、
俺の最近はまってる歌教えるよ。」
って言って、楽しい時にすぐに変えてくれる。
彼は3曲ぐらい教えてくれた。
それはどれも遠距離をうたったもので。
男性歌手のもので。
まるで彼が
私を思って歌ってくれているようで。
実際、彼は教えてくれた直後に、
電話越しにすごい大きな声で1曲熱唱してくれたのだけれど。
それだけで、寂しい気持ちも少し薄れて、
愛しい思いに変えてくれるのだった。
6月も後半を迎えていた。
その日の寝る前、私達は初めてテレビ電話をした。
「ねえ、テレビ電話したい!」
きっかけは私のおねだり。
最初は自分の顔をみられたくないとくすぶっていた彼も、最後には優しくいいよと返事してくれた。
では、テレビ電話します!
ばっちこい!
そうLINEでまず送って、電話をかける。
コール音が鳴る。
その数秒が、私の心臓をせわしくさせる。
切り替わる画面。
映し出された彼の顔。
数ヵ月ぶりの、愛しいあなたの表情。
「お疲れさま。」
興奮とドキドキが伝わらないよう、私は一音一音大切に発した。
「お疲れ。」
電話のときと同じ、彼の声。
でも彼の目は、画面の外へと視線がせわしなくうつされる。
私も彼と同じ。
見たいのだけれど、本当に恥ずかしくて、いたたまれない……みたいな……。
「これ恥ずかしいね。」
たまらなくなった声で、彼はそう言った。
「だね。」
口元を手で隠しながら私は返事した。
毎日彼の写真を見ていた。
だから久しぶりでも大丈夫だと思っていた。
でもだめだった。
”今”の彼を見るのと、思い出の中の彼を見るのは違う。
私の手は口元から動こうとしない。
「…ちゃんと食べてる?」
一番気がかりだったことを彼に聞いてみた。
画面越しに見る彼は変わっていない。
茶色がかった髪も、ふわふわのその髪質も、
眼鏡も、レンズの向こうの優しい瞳も。
痩せた頬以外。
「大丈夫だよ。」
彼は笑った。
「カレー食べなよ…?」
「うん、ありがとう。
…倫子は食べてる?」
「私?」
彼は悪戯な表情をした。
「手で隠してるから、顔色分かんないんだよなあ。」
「……だって。」
「ほら、恥ずかしいのはわかったから、
顔見せてよ。
そのためにテレビ電話許したんだけどな。」
彼の穏やかな口ぶりに、私はゆっくり手をとった。
直人はほころぶようにして笑った。
「倫子だ。」
甘い甘い、私を呼ぶ声。
「直人。」
思わず私もそう名前をよんだ。
「倫子。」
彼がまた愛しそうに私を呼んでくれる。
「……あんま食べ過ぎんなよ。」
ハハハっと彼は声をあげて笑った。
「もう!」
私は大きな声で怒る。
「怒んなって、冗談だよ。」
笑いながら私をまたからかう声、
私は「許さない!」とまた声をあげる。
でも私も彼と同じ表情。
本当は、そんなやり取りがすごく嬉しい。
そんな彼の冗談のおかげで私は気が落ち着くと、最近あった面白い話をした。
この間どこそこでこけたとか町で聞いたくすっとした会話とか、他愛もないこと。
話をすると彼は必ず笑ってくれるのだけれど、
私が話したあと彼は決まって私に言う。
「ほんと倫子は天然だね。」
でもそんな風に
彼にからかわれるのが私は嫌いじゃなくて、
たまっていた面白い話を次々と彼に伝えた。
1時間が過ぎた。
話題も尽きて、そろそろ寝るころかななんて思っていた。
「倫子。」
「ん?」
あくびを漏らしながら私は返事した。
「来月……会おうか。」
「え!?」
眠気が一気に吹き飛ぶ。
彼はメガネを置いた。
「本当に?」
思ってもなかった彼の言葉。
会えるの?本当に?
大好きな直人に?
幸せな想像が膨らんでいく。
でもすぐにぷしゅーと音をたてて、風船はしぼんだ。
彼の気持ちを考えると、
大きな負担になるんじゃないかな…。
会えたら嬉しいけど、本当幸せだけど、
それで彼が苦しむのは嫌だった。
「1泊2日ぐらいしかできないけど。
俺、そっち行くよ。」
「でも直人、今大変でしょう……?」
「大丈夫だよ。」
微笑んだ直人。
「だけど……」
負担になりたくないの。
私は言葉をのみこんだ。
「なに?会いたくないのー?」
私の心配をよそに、彼はふてくされた顔でそう言う。
「もう!会いたいよ…そりゃ。」
「決まりね。どこ行こうか!」
裏を感じさせない彼の笑顔。
あそこもいいなー、あそこも、
そうぶつぶつと彼は一人呟いて、もう計画をたてはじめているみたい。
「倫子はどこに行きたい?
俺倫子とだったらね、やっぱりどこでもいいや。」
やさしく告げてきた彼に、私はつられて笑った。
もう2時間もしているテレビ電話。
今日は……もう少し続きそう。




