Mar
ピンポーン
ごめん、倫子。
今日夜会える?
それは会社でお昼ご飯を取っていたときに彼から来た。
13時。
彼からこの時間に連絡来ることはめったにないから、
珍しいなぁと思いつつ、すぐに返事を返す。
うん、大丈夫だよ?
どうかした??
すぐに既読がつく。
いや、クワズイモ
枯らしてないか見に行かなきゃと思ってw
直人に貰ったバレンタインのお返しなので、
大切に育ててますからご安心なく!
私はおにぎりをほおばりながら、くすっと笑いをこぼす。
たぶん今日は俺の方が早く上がるから、
玄関前で待っとくな。
うん。
と送ろうとして、私はすぐに打ったその3文字を消した。
合鍵の出番じゃないですか?
すぐに既読。
……ほんとだw
私はズボンのポケットに入れていたキーケースを取り出し、
彼と交換したお互いの部屋の鍵を見つめて、
若干にやにやしつつ、またそれをしまった。
19時27分。
直人待ってるかな。
駆け足で私は家に帰っていた。
ビールあとちょっとだったし、買って帰ろうかな、、
目先に見えるコンビニを見つめながら、そう考え、
いや、早く会いたいし今日はそのまま帰ろう、また足を急がせる。
ガチャガチャ
玄関のドアを開ける。
「おかえり。」
いつもならいないはずの彼。
ネクタイを少し緩めた、スーツ姿の彼。
「ただいま…。」
私は靴も脱がないで、彼にそのまま抱き付いた。
「え!?ちょっ。」
彼は驚きのあまり、支えていた玄関のドアを慌てて離してしまったみたいで、
いつもより大きくガチャンと音を立て、玄関がしまった。
「あーあー、お隣さんがうるさいって言ってるよ?
倫子さん。」
そういいながら、抱きしめ返してくれる彼。
「ごめんなさい。」
くすくす笑う私達。
「ほら、俺はまだどこにも行かないから、
靴脱いで、あがっておいで。ご飯作ったから。」
彼はポンポンと頭をなでると、体を離した。
「何作ってくれたの?」
カバンを机の横に置くと、彼がいるキッチンへ向かった。
「カレーとスープとサラダ。
ちょっと冷蔵庫のもの使わせてもらったけど、大丈夫だった?」
カレーをぐるぐるとまわしながら温め直す彼。
「大丈夫だよ。」
私は彼の背中に抱き付く。
「……。」
いつもなら、今日は抱き付きますね~
とかからかってきそうなところなのに、彼は何も言わないまま、黙ってお皿に盛るだけだった。
「いただきまーす!」
食べはじめた私達。
でも美味しいねって最初言い合うだけで、
二人とも食べているときは特にお話ししないからすぐに食べ終わって、
「ごちそうさまー!」
そう二人そろって早々に食事を終えた。
食器を片付けようとする彼。
私は彼の手を上から握って、
「これは私の役目!」と彼のお皿を取り上げた。
私がお皿を洗っている間、彼はテレビも見ずに私を見つめてくる。
「なに?視線を感じます……。」
「俺が見つめてるからです。
倫子のとこも対面キッチンだし、やっぱ顔見えるっていいよね。」
「そうだね。」
片付け終わった私は手を拭いて、彼の隣に座る。
「コーヒーどうぞ。」
「ありがとう。」
彼は持っていた携帯を机に置いて、カップを手に取った。
「最近さ、携帯調子悪いんだよね。」
彼が机に置いた青いスマートフォンの携帯。
「大丈夫なの?」
「なんかさ5分以上電話したら、勝手にスピーカーモードになるんだよね。」
「何それ?」
冗談かと笑ってしまう。
「いや、ほんとなんだよ。やってみる?」
「いやだよ。自分の声聞きたくない。」
それでも試してみようとだだをこねる彼。
いやですーとじゃれあいながら、そのまま私は彼の肩によりかかった。
「……クワズイモちゃんと元気でしょう?」
テレビの横に置いて、育てているそれを見る。
背丈、まだ数メートルほどの植物。
「うん。安心した。
クワズイモほしいって言われたときは、何、それ?って思ったけど、
部屋に植物あるっていいね。」
「でしょ?
でもね、クワズイモはお水がたくさんいるから、
いっぱいあげてるんだけど、葉から雫が落ちちゃうんだよね。
タオルしいてるんだけど、追いつかないや。
まぁちゃんとこれからも育てるけどね!
だから、クワズイモ見に来なくても大丈夫だよ。」
彼に微笑む。
彼が私の手を握ってくる。
「うん。
……でも、あのな、倫子。
俺が今日来たのはクワズイモのためじゃなくて。」
私は笑う。
「知ってるよ。
クワズイモが理由じゃないことぐらい。
それで、何?」
もたれかかるのをやめて、私は彼の顔を見る。
「……ずっと言えなかったんだけど。」
「うん。」
見つめあう私達。
「俺、転勤決まってさ……。」
「え!?うん!おめでとう!
あれかな、前話してたとこ?隣の町の。」
付き合いたてのころ、
希望の部署が隣の町で順調で彼もそっちに勤務したいと言っていたのを覚えている。
「そっかー、、今みたいに会えなくなるけど、
直人がやりたいことなら応援するよ。」
彼の手をぎゅっと握り返す。
「倫子……違うんだ。」
「ん?」
「……なんだよ。」
「え?」
「だから、転勤先……なんだよ。」
彼は私の顔を見ていなかった。
「……ご、ごめん。
私、勘違いしてて。
えっと、それでどこっていったけ?
え?」
「倫子……。」
彼は私を見る。
私は彼を見ない。
聞き間違いじゃないなら、彼が言ったとこは、バスで片道13時間もかかるようなところ。
新幹線でも5時間、お金の都合、時間の都合……。
きっと2、3か月に1回会える程度になってしまう。
お願い、、
聞き間違いであって……。
「○○なんだ。」
あ……聞き間違いじゃなかった。
そっかあ……。
途端に流れる涙。
「り、倫子…。」
何も言わない私。
「1か月前から、転勤の話出てて、
俺は希望しなかったんだけど、期待してるからって言われて断れないことでさ。」
何も言えない私。
できるのは彼の苦しそうな声を聞くことだけ。
「俺は……
倫子とずっと付き合ってたいって思ってる。
だから、
遠距離でとりあえずは頑張ってみないかな……。」
ぎゅっと手に力をこめる彼。
彼の目を見つめる。
真剣な彼の瞳。
この人なら、この人なら、大丈夫かもしれない。
遠距離でも、大丈夫かもしれない。
「すっごく、すっごく、そういってくれてうれしい。」
彼の手をぎゅっと握り返す。
すっごくすっごく好き…。
大好き……。
直人のことが大好き。
「ごめんなさい。」
でもだめなの。
「私は遠距離恋愛は無理です。」
目から出てくる大粒の涙。
何度何度ふいてもふいてもとまらない涙。
「倫子……。」
抱き寄せようとしてくる彼。
「ごめんなさい。」
私はそれを拒んだ。
「ほかの子なら、大丈夫だよっていうと思う。
でも私はもう無理なの。
私、わたし。」
泣いてばかりの私に、
今日は話し合いは無理だと気づいた彼は私の頭をポンポンと撫でる。
「……移動、4月の後半なんだ。
もうちょっと考えてみてくれないかな…。」
「……。」
「今日は、とりあえず帰るな。
また、連絡するよ。」
ガチャン。
玄関のドアが閉まると同時に、クワズイモの葉から雫がぴちゃんと床に落ちた。




