異界への扉
「今日からあなたは赤の国の王ノーフェです。私の後を頼みます」
そう言う、赤いリネンの布の上に横たわる彼女の輪郭は揺らめき、今にも消えようとしている。
「はい、ガーネット様。」
答える女性の声は少し震えていた。
―――それは100年前の記憶。
♦
「今日も平和ね~」
広場のあちこちでは炎の精たちが火の玉を投げあって遊んでいる。
「広場からは出ないようにね!」
仲間が声をかける。彼女たちには家族という概念が存在しない。彼らは人の視線や思いから生まれ、そのほとんどは一年程しか生きられない。ここは炎の国。彼女たちはここで一生を過ごす。
「おはよう、ヒエン」
洗濯物を乾かす知り合いの精に声をかける。
「おはようございます。ノーフェ様」
相変わらず敬語はやめてくれないようだ。
「今日はどう・・・?」
分かっているものの、尋ねる。
「はい・・・やはり少しずつ減っています・・・」
広場を見渡しながら彼女は言う。
「そう・・・。仕事、頑張ってね」
「・・・行くのですか?」
諦めたような、どこか悲しそうな顔でそう言う。
しかしもうこれしか手がない。
「ええ・・・、私はこの国の王だから」
そう、だからこそ国を守らなければならない。
――――さあ、行こう。
♦
「はあ、重たい・・・」
原石の乗った荷車をヤハルは押していく。通りでは店じまいを始める人々と帰り道を急ぐ人くらいになっていて、石畳の上を進む荷車の音がよく響く。
「すっかり暗くなっちゃったなあ」
早く帰らないと父に怒られてしまう。
「怖いんだよな・・・あの蔵」
怒られるときは、家にある蔵の中に一晩放り込まれるのである。ヤハルの家の倉は町の十二不思議の一つで、『異界への入口』と言われるほど有名なのだ。実際、倉に入って二度と出てこなかったご先祖様も何人かいたらしい・・・。
「急ごう…」
考えただけで怖くなってしまい早足になる。いつの間にか通りには人の姿もなく、蝙蝠が空を飛び始めている。虫を食べるだけの奴らだと頭では理解していても、それがさらに恐怖を呼ぶ。
ヤハルは全速力で家へ向かうのだった。
♦
「紅玉の王、ノーフェの名のもとに願う」
ダイヤモンドで出来た不思議な山の頂上に彼女はいた。
「「いかなる願いか」」
反響したような声が答える。
「人の世へのとびらを。代償は何か」
「「代償は髪」」
「承知した」
小刀を取り出し、髪を切ると赤く輝きだす。
「「叶えよう」」
捧げた髪は赤い光となり、彼女の目前に扉を形作る。
「感謝する」
扉を開き、彼女は赤い光へと踏み込んだ。
♦
「・・・」
ヤハルは倉の中にいた。灯りは目の前にある蝋燭だけで、広いはずの倉だが、暗すぎて下手に動けない。
「一時間くらい反省してろって言われたけど・・・」
正直一時間もこんなところには居たくない。早く出たい・・・。
「異界への扉・・・か」
正直この蔵にあるのは原石や装飾品だけで、扉のようなものは今まで見たことがない。
「・・・そんな扉があるなら今すぐここを出たいくら
ドオオオオンッ!
「うわっ!雷か?近かったな・・・。」
大きな音に驚きつつ、思わず瞑っていた目をあける。
「ん?赤い・・・光?」
2メートルほど離れた先に、赤く四角い光がみえる。
「ま、まさか・・・」
光は半分に割れて、開いていく。
「い、異界への・・・扉?」
そこでヤハルは意識を手放した。




