軍人編 第5話
大変お待たせしました。大分更新が空けてしまって申し訳ありませんでした。
皆さまどうお過ごしでしょうか?ちなみに私は部屋に引きこもってます。
皆さまもコロナや風邪に気を付けてください。
二人の男女が仲睦まじく寄り添いながら寝ていた。
正確に言えば少女の方が男の上に乗る形で寝ていた。そのせいか、男の表情は若干苦しそうであった。
そしてそれが限界に来たのだろう。
「…………知らない天井だ」
男、アドルフ・ヒトラーはそう呟いた。
何故自分がここにいるのか、徐々に覚醒していく意識の中で考え思い出す。
突然現れたメイド服を着た悪魔に襲われて…………
「ん?と言うことは……」
今、俺の上に乗っているのは……
「グゥ……グゥ……グゥ……」
「あ、普通のエーリカだ」
一瞬自分が犯罪者になることを覚悟したアドルフだったが、エーリカの寝顔と姿をみて安心した。
服も乱れておらず、口から涎を垂らしながら気持ちよさそうに寝ている彼女が、自分が寝ている間に何かしたとも思えなかったし、するような女性ではないと知っていた。
「でも、少し冷や汗が出た……」
しかし彼はチェリーなのだ。焦ってしまうのも無理はない。
アドルフはしばらく動かずに黙っていたが流石に身体を動かしたくなってきた。壁に立てかけてある高価そうな時計をできるだけ身体を動かさずに見ると、午前五時過ぎだった。
「散歩でもするか……」
そう思いたった彼は、自分の腹の上で寝ているエーリカを日頃に耐えていた筋肉を存分に使いゆっくりと持ち上げた。
一瞬エーリカを抱っこする形になった。間近でみる彼女の寝顔に、かわいい、と思いつつそっとベッドに寝かせ毛布を掛ける。
そして、机に書き置きの紙を置いてから、軍服を羽織り刀を持ってそっと部屋を出た。
ホテルのフロントに、一言告げたあと、まだ少し肌寒いウィーンの街へ繰り出した。
ところどころ建物が改装されたりして変わっているが基本は変わらない街、その事に安心しつつも一抹の不安を抱いていた。
美しいドナウ川沿いを歩きながらゆっくりとその不安が確信に変わっていく。
「三年たってもここは変わっていないんだな………」
三年前、ウィーンに初めて訪れたときに見た光景。
浮浪者やホームレス、貧しい人々が橋の下で生活を送っていた。相も変わらず肌が白くない人間たちだ。
「………腐っているな。腐りきっている」
小さく呟くアドルフ。三年前と同じような言葉を発したが、あの時とは違い冷静な口調だった。
たった三年されど三年、怒りに身を任せるのではなく冷静に静かに激怒していた。
しばらくそこでその光景を目に焼き付けていると足音がした。
そして聞き馴染んだ声が聞こえてきた。
「おはようアドルフ、昨日はエーリカと暑い夜をおったのか?」
「おはようベネディクト、何事もなく時間平和な夜だったよ」
「何だよ……あれで何も無かったのかよ……」
「期待にこたえられなくてすまんな」
「笑いながら言うなよ」
朝の挨拶と軽めの会話をした後、ベネディクトもアドルフと同じ光景をみた。
「変わらないな」
口調は変わらずとも顔つきや目付きは鋭くなる。
「ここでお前がドイツ人になるとか言ったんだよな?」
「ああ、そうだよ」
「夢は変わったか?」
「いいや、変わってない。むしろ強くなったよ」
「世界を変える………子供の、できの悪い妄想を、実現しなきゃならない世の中だってのは俺も理解してるつもりだ」
ベネディクトの目がアドルフを射抜く。
「じゃあどうやって変えるんだ?この世界にどういう喧嘩をふっかけるんだ?」
その言葉にアドルフは溜息をつき困り顔になった。
「正直分からないんだ……選択肢はあるけど、一つはとんでもなく長い上に確実とは言えないし、もう一つの方は危ない上に博打だからなぁ……」
「そっか……ちなみ危ない方はどんなやり方なんだ?」
アドルフの表情はますます暗くなり、小さく呟いた。
「戦争だ………」
その答えにベネディクトは動じなかった。
「なんだ戦争かよ!そんな怖い顔してるからもっと怖い物かと思ったぜ」
「……いや、戦争だぞ?いっぱい人が死ぬんだぞ?」
「それはそうだけどよ、戦争なんてすぐ終わるだろ?フランスをぼこぼこにした普仏戦争だってすぐ終わったし」
ああ、そうか、この時代に生まれた人たちはまだ知らないんだ。
これから起こるであろう戦争を……総力戦という名の地獄を……人間対人間ではなく機械対機械の戦争を、人の命がゴミの様に吹き飛ばされ、消耗品の様におびただしい量の命が恐ろしい速さで失われる戦争を!
普仏戦争の様に短期決戦で終わる戦争ではないのだ!たった一回の会戦で100万発の砲弾が使用され、毒ガスがまかれ、戦車が、航空機が、潜水艦が、ありとあらゆる物が使われる戦争が!軍隊と軍隊がぶつかり合う戦争ではなく、国家と国家が殴り合い、どちらかが完全に倒れるまで終わらない戦争が!
アドルフの頭の中は、改めてこの時代の常識にぶつかった。
そして恐ろしくなった。
しかし仕方がない事ではあるのだ。この時代のヨーロッパ各国は普仏戦争以降、欧州で戦争は無く、植民地を巡っての争いはあったとしても全面衝突は起こらず、平和を謳歌していた。
さらに国家の中枢の人間たち、軍人も含めて、戦争は短期間で終わるものでありそれが常識となっていた。
この世界で、少なくともドイツ帝国では、アドルフだけが次の戦争がどれだけ恐ろしいものか知っている。
「で、もう一つの方法は?」
「えっ?」
「えって戦争以外の方法だよ、なんか顔色悪いけど大丈夫か?」
ベネディクトに言葉をかけられてアドルフは現実に引き戻された。
「ああ、少し考えてただけだ、大丈夫だ」
「本当か?疲れでも残ってるんじゃないのか?それともやっぱり昨日の夜エーリカと……」
「してないからな!本当にしてないからな!!」
強く否定したアドルフは、咳を一つ吐き出し気持ちを切り替え、もう一つの方法を口にした。
「政治だよ」
「政治?」
「正確に言えば政治家になって平和的に外交で変えていくという方法だな」
「そいつはまた面倒臭そうだな……」
「人が確実に死ぬ戦争よりはマシだよ」
「それはそうだけどよ……ん?」
「どうした?」
ベネディクトの反応にアドルフは何か変なことでもいったのかと思ったがそうでは無かった。
「政治家になるのは置いといて……どうやって戦争を起こすんだ?」
「どうやってて……そりゃあ宣戦布告するんだよ」
「どうやって?」
「そりゃあ国家元首とか首相とかになって………あれ?」
アドルフもベネディクトも同じことに気が付いた。
「「どっちも政治家にならないとできないじゃん」」
幼馴染同士自然にそろえて放った言葉であった。少々の沈黙ののちアドルフが先に口を開いた。
「やっぱり……疲れてるわ」
「自分が感じている以上に疲れてるわな……」
そして再び沈黙が流れた。
今度は、ベネディクトの方が先に口を開いた。
「そろそろ、戻るか……」
「そうだな……戻ろう」
べネディクトの言葉に頷きアドルフはエーリカが待つホテルへ向けて歩き始めた。ベネディクトもアドルフの横に並び歩き始めた。
空は晴れ小鳥たちは朝を告げるさえずりをする中、やたらと背中から哀愁漂う二人の若者はトボトボと、歩いて行った。
「へぇ~~~二人仲良く河を眺めてたんだ~~~」
「羨ましいなぁ~~~私も見たかったな~~~」
「「………」」
朝食を取りながら不機嫌な二人の少女に無言でその言葉に耐える二人の兵士がいた。
ちなみに周りには付き添いの男たちとメイドがいる。
「起きたら一人きりで寂しかったなぁ~~~!」
「寂しくて涙が出そうになったなぁ~~~!」
「「………」」
まだまだ続く少女たちの話に未だ沈黙を守る二人の男。
それを見守る一人が小さく口を開いた。
「あの……一体何があったんですか?」
ヒムラーは隣で朝食を食べているヤーコブに尋ねた。
ヤーコブは口に入っているパンをスープで流し込む。しかしここは高級ホテル、音を立てずに静かに流し込んだ。
「あの二人がエーリカとソーフィヤをほっといて何も言わず二人きりで朝の散歩に出かけただけだ」
「……それだけですか?」
「それだけだ」
「それだけなんだけど、エーリカさんとソーフィヤさんにとっては重要なことなんだよ」
ヤーコブに続いてフォルカーが乙女二人の心情をヒムラーに教えた。
「しかし友人同士で出かけただけであんなに不機嫌になるなんて」
「嫉妬なんじゃないかな?」
「嫉妬ですか?」
「自分の大切な人が誰かに取られるかもしれないと思ったんだと思うよ」
「なるほど……」
納得したヒムラーだったがフォルカーは話を続けた。
「まあ今の話、全部ウソなんだけどね」
「ファッ!?」
「あの二人がこんなことで嫉妬するわけないし、ただアドルフ君とベネディクト君の反応を楽しんでるんだと思うよ」
奇声を上げてしまったヒムラーはフォルカーを口を膨らませ睨んだが、ただ可愛いだけで終わってしまった。
フォルカーはヒムラーに謝罪したのちとてもやさしい口調で言った。
「ちなみにアドルフ君とベネディクト君は本当に凹んでいるよ」
「なんだかかわいそうな気が……」
「気にするな、あの二人が悪い。自業自得だ」
ヒムラーの良心をばっさりと切り捨てたヤーコブ、それに頷くフォルカーであった。
「あ、あのぉ……」
「すいませんでした……」
始めにベネディクトが次にアドルフが続けた。それに対してとても良い満面の笑みを浮かべたエーリカとソーフィヤは二人そろって口を開いた。
「「なにがすいませんなの?」」
「「お散歩に誘わなくてすいませんでした……」」
男二人はそろって頭を垂れながら謝罪の言葉を述べたが、それでも心の内に燃え滾る怒りが収まらないのか女子二人は追撃した。
「じゃあ何で起こしてくれなかったの?」
「起こさない事情があったの?」
そう続けて放たれた言葉は、アドルフとベネディクトの表情を変えさせた。
「どうしてって……」
アドルフは呟きベネディクトを見る。
そしてベネディクトも似た表情になっているので、そのまま続けて口を開いた。
「かわいかったから」
たった一言、されど一言。
たったそれだけでエーリカは顔が真っ赤になり身体をくねらせ、にやけ顔になった。
「そ、そう言うことなら……!許してあげるわ!」
あまりに呆気なく許してしまった。それどころか上機嫌この上なくデレデレになったエーリカ。
対してアドルフは、思った事を言っただけなので、エーリカの豹変ぶりに神妙な顔になっていた。
「ベネディクトは!?」
「とってもかわいかったぞ!」
「ハゥッ!」
堂々と笑顔で答えるべネディクトに、変な声を上げて悶えるソーフィヤ。
そんな二組の男女を見たヤーコブ、フォルカー、ヒムラーは、無視して食事を続けた。
ホテル客は、微笑ましく二組のカップルを見守りながら食事をとる。
ホテルの従業員も優しく見守りながら配膳を行う。
ほぼ全員から視線を浴びている事に気が付いてないのは四人だけであった。
「いや、あいつら恥じらいってもんがないのか?」
目立たない位置で新聞を読みながら見ていたカイ・シャハトは小さく呟いた。
何かと騒がしい食事を終えて彼らはホテルをチェックアウトした。それに続いて一人の男もチェックアウトし後を追う。
「今日はどうする?」
「自由行動で良いだろう、元々その予定だろう?」
「じゃあオペラ見に行こう!」
「いってらっしゃい」
「誰か一緒に行こうよ!?」
オペラという言葉に拒否反応を示したアドルフ、それに同調するように頷くベネディクトとヤーコブに思わず泣き目になりながら訴えるフォルカー。
しかし三人は何の反応も示さない。今でも思い出せるウィーンに居た頃、何度無理やり連れて行かれ何時間も興味がない物を観させ続けられたのか。いくら親友の頼みでも、もはやトラウマに等しい存在になったオペラを見に行くことはこの三人にとってはありえないだろう。
そうこの三人は。
「じゃあ僕が行きましょうか?」
「えっ?ヒムラーくん、オペラわかるの?」
「実際には見たことが無かったので興味があります!」
勇者の名はハインリヒ・ヒムラー。
目を輝かせてこれから明るい未来が待っていることを確信しているようであった。
そしてそんな純粋な少年を地獄へと誘うフォルカー。
二人のやり取りを見つつ残った男たちは、何も言わず、目を合わせ、頷いた。
「じゃあ今日は各自、自由行動で!」
「解散!」
「よーし!エーリカ!ウィーンを楽しむぞ!」
ベネディクトが笑顔でソーフィヤの手を取り、ヤーコブも珍しく笑顔で、アドルフはエーリカの抱きかかえて、全員その場から走り去った。
あっという間に二人きりになったフォルカーとヒムラー。
「なんだ、皆行きたい場所があったんだぁ!それなら仕方がないね!じゃあ行こうヒムラー君!」
「はい!」
特に気にすることなくオペラ座へと歩み出した。
かくして、ウィーン滞在二日目は、なし崩し的に自由行動となった。
各々が忘れられぬ思い出作りを楽しむことになるだろう。
本当に忘れてはならぬ日になるだろう。
「さてさて、仕事を始めますか」
カイ・シャハトもまたアドルフの後を追うのであった。
ここまで読んで頂いてありがとうございました!
ご意見ご感想首を長くしてお待ちしています!励みになるので!
社会人二年目にして年度初めから休業だったり人事異動で環境がカオス状態ではありますが、これからも完結目指して執筆していきますので、首を長くしてお待ちいただくと幸いです!




