軍人編 第2話
遅れて申し訳ありません。免許は無事取れました。
楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、どうぞ!
1909年 7月
駐屯地に入営してから3ヶ月ほどがたったある日。
「だいぶ暑くなってきたな~」
「もう七月だからな。あと私語をしてると教官殿に怒鳴られるぞ」
「連帯責任で走らされるのはご免だぜ」
それぞれが思い思いの言葉を口にしながら歩いていた。
約三百人の若者が隊列を組んで、背嚢を背負い、肩に小銃を担いで、ただ前進する。しかしだらだら歩くのではなく、歩幅を合わせ、隊列を乱さず、集団行動をとって歩みを進めている。
当たり前だがアドルフもこの中にいる。そして歩みを進めている。隊列を乱さずほぼ完璧な行進をしているが、意識は違うところを向いていた。
(休暇は何しようかな……行きたい場所があるんだけど行けるかな?でもエーリカに会いに行かないといけないし…………どうしようか?)
そんなことを考えていた。
ほとんど舗装されていない道路をただ延々と歩き続け、太陽が真上になった頃、開けた草原に出た。三百人の青年達にとってはもう何度も見た光景である。
そしていつものようにバルト教官が大休止の命令を出す。
それぞれの小隊で固まり、それぞれ三人ほどの人数に集まり小銃で叉銃を行い、それから雑談や水分補給、用を足しに行ったりなど許可されている範囲でリラックスし始めた。
「あーーー……疲れた」
「疲れてるのはいつものことだろ?でもこの暑さはこたえるな……」
「別に背嚢を背負うのは慣れたし歩くのも慣れた。この暑さを何とかしろ!俺たち死んじまうぞ!」
マイヤーにクラウス、エドガーが不満を口にする。何故か今年のドイツの夏は平年と比べて暑かった。
そこにベネディクト、クルト、ヤーコブにハンスが集まってきた。
「そうか?良い訓練になるし、暑さも慣れるだろ」
「暑いと思うから暑いんだぜ?涼しいと思えば涼しくなるさ」
「この程度で根を上げるとは、情けない」
「ヤーコブの言うとおりだ。情けないなお前ら」
「お前らみたいな体力バカと一緒するんじゃねえ!」
ベネディクトはけろっとしており、クルトも同様、ヤーコブとハンスは白い目で三人を見ている。そしてマイヤーが怒鳴る。
そんな光景を尻目にアドルフは木の日陰で涼み、悩んでいた。
「何か悩み事かい?」
「あ、カイさん、それにフランツ」
「何か悩んでいるように見えるけど、どうしたの?」
「今度、ある休暇の予定を考えてたんですよ。一週間しかないのでどうやって過ごそうかなと」
未だに行軍していた時と何ら変わらず同じ悩みを考えていた。ベネディクトはほっとくにしても、エーリカは絶対にほっとくわけにはいかない。しかし行きたい場所もある。
その事を話すとフランツは腕を組んで考え始めたがカイはアドルフの隣に腰を下ろした。
「お前の行きたい場所ってどこだ?」
「オーストリアに用事がありまして……」
「オーストリア?てことは里帰りかい?」
「まあそんなところです」
ちなみに何故、カイにさん付けしているのかというとカイの方が年上である事が分かったため、さん付けするようになった。
大休止が終わると駐屯地へ来た道を隊列を組み行軍して帰った。
その日の訓練はそれで終わった。
朝から訓練場には、甲高く乾いた音が響いていた。その音の出所は、近代軍の象徴であり、歩兵の代えがたき友である小銃から出されていた。
そこにはアドルフの姿も見られた。
「…………」
よ~く目標に狙いを定めて、引き金を引いた。撃った小銃の反動で肩に衝撃が走る。それと同時に乾いた音が響いた。
「また、外れた……」
放たれた弾丸は標的には当たらず、土煙を上げるだけだった。
軍人となって3ヶ月がたったが射撃の上達はあまり芳しくない。射撃以外はついて行けているし、充実しているが射撃だけが他より遅れているのが現状である。
「フォルカーやカイさんのようにはいかないなあ……」
「あの二人と比べたら、悲しくなるから止めとけ」
隣で射撃をしていたベネディクトが、何とも悔しそうな口調で言う。
アドルフもそれは分かっていた。だがそれでも二人の射撃はアドルフの目標たり得るものだった。
「……」
「……」
腹這いとなって微動だにせず、無言で構えているフォルカーとカイ。
ほぼ同時に引き金がひかれ、弾丸が放たれた。見事に標的に命中、ほぼ中央に当てた。
そして二人はその事に感動も何の感情も表さずに、ボルトを上げ、引き薬莢を排出し次弾を装填する。
普段の二人からの雰囲気からは、想像も出来ないほど冷静な表情。
アドルフは素直に二人のことが格好いいと思っている。男に生まれたならば、一度はガンマンや狙撃手に憧れる。少なくともアドルフはそうだった。そして自分のすぐ側に、狙撃手のように百発百中……とはいかなくとも3ヶ月の新兵としては異常な命中率を叩き出している二人がいる。
オレもシモ・ヘイヘ並の狙撃手になってやる!
そういう到底不可能な野望がアドルフを駆り立てていたが当分の間は夢で終わるだけだろう。
「オレだって、二人ぐらいにはなってやるさ」
「俺は小銃なんかよりも、銃剣でいいや。撃つよりも切って殴って突き刺した方が確実に殺れる」
「俺も銃よりはククリナイフがあるからな」
「それを言ったらオレは日本刀があるぞ?」
「じゃあそれでいいだろ」
「お前らな~………」
お前らは、真っ正面から銃剣とククリナイフ片手に武田の騎馬軍団よろしく小銃、機関銃に突っ込んでいくのか?バカなの?死にたいの?死んじゃうよ?
そんなことを言おうとしたが、例えが通じないため言うのを止めた。
「いいか?近づいて斬ったり刺したりするよりも、小銃やら拳銃やらで出来るだけ遠くから敵の眉間をズドンッ!とぶち抜いた方が安全だろ?」
その答えに二人は納得した様子は無く、不満顔になった。
「遠くから殺したら卑怯者みたいでやだな」
「やるなら真正面から正々堂々やるべきだ」
「お前らは……中世の騎士か何かか!?」
「昔は騎士になるのが夢だったしな!」
「殿、俺は騎士ではなく、武士にしてくれ」
「貴様ら!何をサボっている!一ヶ月便所掃除担当にさせられたいのか!?」
「「「申し訳ありません!教官殿!」」」
教官であるバルト軍曹の怒鳴り声に脊椎反射のごとく敬礼し大声で謝罪の言葉を述べる三人。良くも悪くも軍隊という組織の中に馴染んでいっているようだった。
その日の夜、夕食時に、何とか一ヶ月便所掃除担当を退けた三人と狙撃の名手のフォルカーとカイ、笑顔で銃を持つ姿が怖いフランツ、立ち姿が最早下士官であるハンス、早くも軍服を着崩しているクルト、マイヤー、クラウス、エドガーが同じテーブルで食事をしながら休暇の予定を話し合っていた。
「どーするんだ?来週の休暇?オレは実家に帰ろうと思ってるけど?」
ザワークラウトを食べながらマイヤーが聞く。口を開きながら喋るため、色々と口から落ちる。それを気にすることなく、まずフランツが応じた。
「僕も家に帰ろうと思ってるよ、休暇に合わせて兄さんも父さんも帰って来るみたいだし、ゆっくり過ごす予定だね」
次にクルトがふかしたいもを頬ばりながら答える。
「俺も同じだな、実家に帰って近所のガキ共の相手でもするさ。ハンスはどうする?」
話を振られたハンスはスープを飲むのを止め、目を瞑り少し考えた。そしていつもの口調で言葉を発した。
「……やることと言えば家の手伝いぐらいだな」
「俺も家でゆっくりしたいな」
「俺も~」
ハンスの答えに同意するクラウスとエドガー。マイヤーもその答えに何度か頷き考えが同じことを示す。
「俺がいなかったらミュンヘンが寂しがるからな!休暇はミュンヘンから一歩も出るつもりは無いぜ」
格好をつけながらそう言うマイヤーをいつものことと流しつつ、アドルフは隣にいたベネディクトにマイヤーと同じ質問をした。
「ベネディクトは休暇どうするんだ?」
「お、俺か!?お、俺はあれだその~………えっと~」
まさか話を振られるとは思っていなかったのだろうか?明らかに動揺しているベネディクトに対してアドルフは直感した。
(こいつ……何か隠してやがるな?)
何を隠しているのか考えてみると、ある光景を思い出した。最近ベネディクトがソーフィヤから送られてきた手紙を持ってにやついていたことを!
なんてわかりやすい奴なんだ!
「ああ~なるほど。お前の休暇の予定はもう決まってるんだな」
「えっ!?ああ……うん!決まってるぞ!?」
「そうか無粋なこと聞いてすまなかったな。フォルカーはどうするんだ?」
顔が赤くなっているベネディクトを放置してライ麦パンをスープに浸しながら食べているフォルカーに聞いた。
「家に帰る予定だね。父さんと母さんがわざわざ手紙を送ってきて、『帰ってきて欲しい』って来たし、父さんに僕の腕を見て貰いたいしね」
話を振ってもらったのが嬉しかったのか、一番元気だった。
「そうか、それはよかったな。はしゃぎすぎて手を怪我するんじゃないぞ?」
「わかってるよ」
本当に嬉しそうに返事をするフォルカー。その隣のヤーコブは、真顔でアドルフを見つめている。
一体いつ話を振ってくるんだろうか……
そんな期待感が溢れ出していた。当然アドルフはヤーコブだけを省く事は考えておらず、その期待に応えるように同じ質問をした。
「ヤーコブはどんな予定だ?」
「実家へ帰る予定だ」
即答であった。
「そうか、お土産とかは持って行くのか?」
「その予定だ」
「ゆっくりしてこい」
それに頷くヤーコブ。そして当然アドルフにも同じ質問が飛んできた。
「殿はどういった予定なんだ?」
「オレも変わらんよ。オーストリアに里帰りさ」
「エーリカを連れての里帰りだろ?」
「そうだよ?何かしてやらないとあいつ寂しがるからな」
にやけながら茶々を入れてきたマイヤーだったがあっさりと返され肩透かしを食らったような表情となった。
だがカイ以外のアドルフ付き合いが長い彼らは気づいた。
「お前から二人で旅行しようと言いだしたのか?」
「そうだけど、まだエーリカには伝えてないんだ。旅行に行きたいとは言ってたけど行き場所も決まってなかったし、兄さん方にも久しぶりに会いたいからオーストリアに行こうかなってね。今日決めたんだ」
男達は固まった。
彼女と旅行しようとしている男がいるから固まったのだ。肩を震わせて、拳を握り締め、何かに耐えているように見える。
否、耐えているのではない。
感動しているのだ!
やっと彼氏(まだ付き合ってない)らしい事をやろうとしている親友に友人達は感動しているのだ!
アドルフとエーリカが出会ってから約十年……アドルフからエーリカを旅行に連れて行こうとする事はあっただろうか?
いや!無い!
「殿が遂に身を固める決断をなされたぞ!」
急に立ち上がり食堂全体に聞こえるように声を張るヤーコブ。その声に何事かと食堂にいた人間の目がヤーコブに向く。まさに阿吽の呼吸でベネディクトも立ち上がり声を上げる。
「アドルフが彼女と一週間のデート旅行に出発するぞぉ!みんな拍手!」
ベネディクトが拍手をすると隣のヤーコブ、そして座っていたフォルカー、フランツ、マイヤーにクルトと次々と伝染していき、いつの間にか食堂全体が拍手をしているという異様な状況になっていた。
小っ恥ずかしい上にここまで言い触らされるとは思っておらず、ただただ呆然としているアドルフ。
そこに、この騒がしさは何事かと、バルト教官たちまで現れた。
「何なんだこの騒がしさは!?誰か説明しろ!」
「あ、教官殿!聞いて頂きたいことがあります!」
「ベネディクト……また貴様か。今度は何の話をしていたんだ?」
「はっ!ヒトラー訓練兵が初めて自ら率先して彼女とのデート旅行についてここにいる全員に報告しておりました!」
「ほぉー…………」
そう言うとずんずんと大股でアドルフに向かって迫ってくるバルク。椅子に座っているアドルフの真後ろに立つと、彼を見下ろした。
そしてアドルフはバルトを見上げ
(この騒ぎを止めて下さい……!)
と、目で訴えた。
そのお陰かは分からないがバルトは頷いた。
そして何故か、アドルフの肩に手を置いた。
「ベネディクト、旅行先は分かるか?」
「はっ!オーストリアであります!」
「貴様は行く予定か?」
「幸いにも行く予定であります!」
「そうか、では貴様に任務を与える」
凄まじく嫌な予感がアドルフを襲った。
「アドルフのデート旅行の様子を休暇明けに私に報告するように」
まさかのバルクが悪乗りするという最悪な事態になった。そして何とも良い笑顔になりながらアドルフに言った。
「ちゃんとエスコートするんだぞ」
人生の先輩としての善意からのアドバイスなのか、それともただの悪乗りで言ったのかは分からないが、とりあえず腹が立ったのでベネディクトの休暇の予定をバルクに伝えた。
その後は、アドルフと同じような流れになり、ベネディクトの顔面が真っ赤になり、否定してたがベネディクトが明らかに動揺しているため誰も信じていない。
そしてバルクがアドルフにベネディクトに与えた命令と同じものを指示した。
「了解いたしました!バルク軍曹殿!」
そう敬礼しながら命令を受けた。
笑顔で。
第一次世界大戦まで、あと五年
「そう言えばカイさんの休暇の予定は?」
「そうだな~親父のカメラでもいじってるよ」
励みになるので、ご意見ご感想ご批判等を首を長くしてお待ちしております。お暇があればまた読んでみてください。
読んで頂きありがとうございました!




