団子
うっとりしている織りに微笑む松太朗。
お邪魔かな?とほほえましく仲睦まじい若い夫婦を見つめる水村は
「お茶でも飲んで行かれませんか?」
と松太朗に同席を勧めた。
普段見ることのない、乙女チックな織りを見るのも面白いし、そんな織りを可愛がっているのであろう、見目麗しいこの殿方をもう少し見てみたいと思った。
そしてよいしょ…など、年不相応の声とともに水村は立ち上がり、奥へ下がる。
「かたじけない」
と、その背に声をかけた松太朗は、ニコニコとしている織りの隣に、こちらもニコニコと腰を下ろす。
外で妻とこうしてお茶を共にするのは初めてだし、胴着を着て、スッキリを髪をまとめている織りを見るのも初めてだった。
家の中でみる彼女とは少し違うような気がして、新鮮だ。
しかし、松太朗が腰を下ろしきってしまうと同時に・・・
「まっ!嫌ですわ、松太朗さまっ」
突然、間髪入れずに相変わらずの金切り声で危難がましく叫ぶと、織りは松太朗からバッと離れてしまう。
「………?」
松太朗はキンとする耳にも気を向けず、目を見開いて、ただただ呆然として織りを見る。
これが先ほどまで、瞳を潤ませ、紅潮した頬で自分を見上げていた娘の反応なのだろか。
今のは照れ隠しの行動ではない。明らかな拒絶である。
なぜ?
松太朗は首を傾げる。
(?なぜだ………?俺は織り殿に何かしたか………?)
呆けていた松太朗は、織りの行動に皆目検討がつかず、脂汗を浮かべて思案した。
そんな松太朗を見下ろし、織りは気まずそうに俯く。
しまった・・・と思っているような表情を見せてはいるものの、そこから動けずにいた。
そして、何かにすがるように松太朗を見返すが、松太朗は相変わらず呆然と織りを見上げて首を傾げていた。
二人の間に気まずい空気が流れる。
「何ですか?織り殿は騒いで」
松太朗のお茶と団子を持ってきた水村は、ため息混じりに織りの脇を通り過ぎる。
織りは、チラリと水村を見る。その瞬間水村と目があったのだが、何も言えずにまた俯いた。
まるで、しかられた子供のようである。
そして、水村は松太朗の隣に、織りが座れるだけのスペースを空けると、再び年不相応に「どっこらせ」などと言いながら座った。
「まぁ、いただい団子があるし、これを食べて気持ちを落ち着けて下さい」
松太朗に熱い玄米茶と団子を渡して、織りと自分の湯のみに熱いお茶を注ぎ足す。
織りは苦虫を潰したような表情で、小幅でちょこちょこ寄って来たかと思うと、長い髪を揺らしてちょこんと水村の隣に座った。
「織り殿…」
「…織りさん、座る場所を間違えておられるぞ」
わざわざ水村が空けておいた所とは逆の位置に座った織りに、松太朗は半眼で呼びかける。
そして水村も似たような表情でピシャリと言った。
「だ…だって~」
「織り殿、俺の分の団子もあげますから」
小さな子どもをあやすように団子を織りの目の前で揺らした松太朗が言う。
何をこんなにご機嫌ナナメになっているかは分からないが、おそらく自分が何かしらしたのだろう。
(うむ・・・。昔もたびたびあったものだ)
こっそり、昔の女性関係を思い出し、松太朗は分からず反省した。
「わたくしが団子くらいで気持ちが動く女だとお思いなのですか!?」
ひどい!と織りは首を振る。
松太朗は、妻の目の前で揺らしていた団子をじっと見つめると、小さく首を傾げてしぶしぶ皿に戻す。
「では何が気に入らぬのです。ハッキリ言わねば松太朗殿も困っておるではありませんか」
幼い頃から織りを知る水村は、まるで小さな子どもを叱るようにして遠慮なく言った。
思えば織りは、幼いころから父母には怒られた記憶がほとんどないが、茜やこの水村にはよく叱られていた。
遠慮せず、ダメなことはダメだと言ってくれる数少ない大人を、子どもながらに織りは信用しているし、信頼もしているのだ。
それは今でも変わらない。
織りは松太朗と水村を交互に見て、小さく唸る。
むぅっ…と唸る織りは指をモジモジさせながら「だって」と呟いた。
そしてキッと松太朗を見る。
「な…何だ…?」