お歌
朝日のようにさわやかで清々しい笑顔の織りは、さらに続けた。
「松太朗さまは、わたくしが歌が苦手なこと、ご存じだったのですか?」
尋ねる織りに、松太朗は茶碗と箸を持ったままきょとんとした。
「わたくし、歌は詠みませんから…。捻ったお歌を頂いたらどうしようと、内心心配していましたのよ。とても…わたくしにはステキなお歌でしたわ」
そうだった…。
と、松太朗は思った。
織りは、普通の娘が受けるような教育は受けていないのだ。
何せ、包丁より刀、絵巻物より兵法を好むのが、織りという娘である。
松太朗は柔らかく微笑んだ。
「あれは、そのようなつもりで書いたわけでないのだ」
織りは、え?と聞き返す。
松太朗は、相変わらず長い前髪を顔に垂らしていたが、今日はきちんと表情が見えるように分けてある。そのキマった姿で、朝日のように柔らかく微笑むのだから、目が眩む。
松太朗は、そばにいた茜に茶碗を渡しておかわりをよそってもらう。
ほかほかの真っ白いご飯を受け取りながら、松太朗は続ける。
「織り殿に恥をかかせぬような歌を、と思っていたのだが、考えれば考えるほど作れなくなってしまって」
おかわりしたご飯をお新香で進めながら、松太朗は話した。
「本当は、さっさと渡せるよう、事前に準備をしていたんだ…」
もぐもぐ相変わらずの食べっぷりを見せる松太朗にキラキラとした瞳を向ける。織り。
準備していたんだ、その次は?なぁに??と、先を急かすように織りの瞳が輝きを増す。
少女の瞳には、甘い何かを期待する輝きがあふれている。
それに気づいているのか否か、優しく織りを見つめ返しながら、松太朗は続ける。
「そんなものでは足らぬ気がして…。俺の新鮮な気持ちを伝えようとしたら、あんな捻りも裏読みもない歌に仕上がってしまった。まったく、人生最大の駄作だよ。
だが・・・まぁ。織り殿には昨夜、気持ちをお伝えしたので、ご存じのことだろうしな」
そう言って松太朗はニッと意地悪な笑顔をしてみせ、おかわりしたご飯に湯飲みの茶を入れ、即席お茶かけご飯を流し込む。
もはや食べることに夢中になっている松太朗をよそに、織りは真っ赤になって俯いた。
『俺は織り殿に惚れました』
絡めるように握られた手に力を入れて、掠れる声で耳元で囁いたあの松太朗の言葉を思い出した。
あれが何よりも嬉しい、松太朗の歌である。
(・・・大丈夫かしら。この夫婦。まるでおままごと・・・・。)
茜はそんな主夫婦を見て、胸中で独りごちた。
食べることに夢中で、どこかテンポがずれている絵巻物の貴公子然としている一家の大黒柱。
まるで夢見る少女を絵に描いたように地に足がつかない奥方。
こうして、二人の新婚生活が始まったのであった。
【後朝】fin
見目麗しい旦那様も可愛らしいお嫁さんを迎え、後朝の歌という大仕事も終えました。
さぁ。
これから天然旦那様は、しっかりと一家の大黒柱として過ごして行けるのでしょうか。。。