朝餉
「くしっ…」
織りの小さなくしゃみで、松太朗は我に返って目を開ける。
危うくまた寝てしまうところだった。
ギュッと布団にくるまる織りの頭にふわりと手を乗せる。
身じろぎをした織りだか、松太朗がその髪を梳いてやると、心地よさげに口元をほころばせた。
彼女の全てを守りたいと思った。
そして、いつでも笑顔で側にいて欲しいと。
松太朗は身仕度を整え部屋をそっと出る。
胸を締め付ける思いを歌にこめるために。初夜を迎えた織りに、家の名に恥じぬよう、後世にも語り継がれていくような立派なものをしたためなければ・・・。
日が上ってしまった頃、家のものが朝餉を告げに来た。
悩んだ末の歌はすでに織りの手元に渡っているはずなのだが、松太朗は沈んだ気持ちでいた。
できれば、朝餉の席は織りと別にしてほしかったのだが、そういうわけにもいかない。
仕方なく松太朗は、重い腰を上げた。
(呆れているのだろうな・・・。なんとフォローしようか)
そんなことを考えながら部屋へいくと、一番に織りと目が合ってしまった。
織りは、松太朗の姿をしばしとろんとした瞳で見つめる。
松太朗は苦笑した。
「おはようございます、織り殿。よく眠れましたか?」
「あっ…その…おはよう…ございます…」
茹で蛸よろしく真っ赤になった織りは俯きながら小さく答える。
それを見て、昨夜の情事を思い出しかけた松太朗は、ふるふる首を振った。
「いや…失礼。よく眠っておられたな。…体は辛くはありませんか?」
気持ちを抑えはしたが、高ぶっていた。
ましてや織りには初めてのこと。きっと無理をさせたに違いない。
なにせ、さらに俯く織りの首筋や鎖骨にはしっかりと昨日の跡が痛々しく残っている。
きっと他にも…。
立ったままの松太朗の腹が、ふいにぐうぅ~と鳴った。
織りは一瞬きょとんとしたが、すぐにクスクス笑い出した。
よく見ると、彼女のそばに控えている侍女の茜も、袖で顔を隠して肩を振るわせている。
松太朗は、フッ笑うと、自分の膳の前に腰を下ろした。
「飯にしよう」
そう言って、手を合わせると威勢よくご飯をかきこむ。
華奢な体からは想像ができないほどに、松太朗はよくご飯を食べていた。
織りは、その様子が昨日の妖艶な松太朗とあまりにかけ離れており、一瞬呆けてしまったが、あまりに豪快な食べっぷりなのでいっそ気持ちよくなってきた。
「そういえば、松太朗さま」
「うん?」
「今朝のお歌ですが」
「ンごぁ」
忘れていた歌の話題になり、思わず松太朗はむせてしまった。
胸をドンドンと叩く松太朗に、織りは目を丸くする。
「あ・・・あれは・・・」
後世に恥じぬものを残さねばと思ったのだ。
織りのためにも。
だから、あれから半刻紙とにらめっこした。
しかし、考えれば考えるほど分からなくなり…。
朝昼晩 共にある人 いることぞ 嬉しきことは 何にも変わらず
捻りも裏読みもない駄作であった…。
「あれは…」
お茶でとりあえず喉に流しながら言いわけを必死に考える。
どんなに言いわけをしても、あれは駄作に変わりはないのだが・・・。
「織り殿をぞんざいに扱ったわけでは、いっさいない。ただ・・・なんと申すか・・・」
「ありがとうございました」
必死に弁解しようとする松太朗に、織りはたたみかけた。
松太朗は、織りの方をおそるおそう伺う。
思っても見ない言葉を、織りが発したからだ。
怪訝そうな顔をする松太朗に、織りはうっすらと頬を染めてニッコリと極上の笑みを浮かべる。
「これから、わたくしたちは朝も昼も晩も、一緒ですね」