応援
織りたちが、清介が来るのを今か今かと待ちわびていると、見知った着物が見えてきた。
「あら、清介さんじゃありません、あれ・・・」
茜が指差すほうに視線を送れば、額に汗をかき、赤い顔をうつむかせながらも引きずるように走る清介の姿があった。
「本当ですわ!」
思わず織りも明るい声をあげる。
「おやぁ」
「うむ。どうやら俺たちも清介殿に追い付いたようだな」
織りの上ずった声の後ろから、男たちのずいぶん間延びした声がする。
織りと茜はのんびりとそちらを振り返る。
「松太郎さま、なにか食べてこられました?」
「ずいぶん、のんびりと来られましたね」
織りと茜がそれぞれ言う言葉に、男たちは柔らかく微笑み返す。
「それより、みんなで清介の応援をしましょう。その為に我々もさっさと帰ってきたのですから」
茜の言葉をやんわり否定するように言う水村の言葉に、織りはそうでした!と勢いよく清介の走っている方に向き直る。
「清介さぁぁンぐっ!」
「場を弁えきらんのか・・・」
ところ構わず大声で、袂も押さえず腕を振ろうとする織りを、呆れた声音の松太朗が、大きな手で彼女の口を押さえて制する。
「っぷは。」
夫の手を振りほどいた織りは、キッとどんぐり眼で見返す。
「何をなさいますの?水村さまが応援をしようとおっしゃったから、わたくし頑張りましたのよ!それなのに・・・!」
「もそっと清介殿が近づいてからで十分ではないか」
「ここで大人しく見守っていたのでは、道場の名折れですわ」
困ったように言う松太朗に、織りはきゅっと拳を握って続けた。
「それに、水村さまはいつも自ら声を出せ、腹から声を出せ、とご指導くださいますのよ!」
「それは、稽古の時であろうに・・・」
頭を抱える松太朗を見た茜は、横目で水村も見る。
水村も、松太朗同様に頭を抱えて項垂れていた。
「水村さま・・・」
「織り殿には、時と場合というものも指導しなくてはなりませんね・・・」
「ぜひとも、お願い致しますわ」
忠義者の女中は、呆れた表情で恭しく頭を下げた。そして、
「あ」
と、顔を上げた茜が言う間に、清介が眼前を通りすぎて行った。
「行ってしまいましたね・・・」
水村は、首だけを亀のように伸ばして、清介の背中を見送った。そして、未だに松太朗にくってかかっている織りを細い目で見下ろし、丸い額を指で弾く。
「った!何なさいますの、水村さままで!」
額を押さえて、どんぐり眼で睨んでくる弟子に、師匠は冷静に言う。
「私の言葉を文句の道具に使うんじゃありません」
「も・・・文句なんかじゃ・・・・・・」
「清介、行ってしまいましたよ」
まだ何か言いたりない様子の織りに、水村は清介の去った方を指差して言う。
織りは、目を丸くしたかと思うと、ぴょんと脱兎のごとく道に飛び出した。
「あっ、コラ」
慌てて織りを掴もうとした松太朗の腕が、空を切る。
「清介さぁぁんっ!頑張らないとダメですわよぉ!」
夫や女中が口をあんぐりさせるなか、師匠だけが、拳を握り清介を応援する弟子を苦笑まじりで見つめていた。