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ture life  作者: ゆぅ
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梅見月

 立春を迎えた如月…。この月は梅見月とも呼ばれるらしい。なんとも風情がある呼び名だ。昔和歌の勉強をしているときにそのような話を祖父に聞いたことがある。

 「古人は自然とともに生き、本当によい言葉を残したものだなぁ」

 

 梅見月という言葉が合うように、河原に植えられている梅が綻び、かすかにその爽やかな香りを風が運ぶ。

 「ふむ…。風が吹くと寒いな…」

 「寒さも、まだまだこれからと言ったところでしょうしねぇ」

 そんなことを言う松太朗は、梅の木のそばで先ほど屋台で買った特大の稲荷寿司をほおばりながら、水村と『新春町内会対抗競技大会』の力自慢大会を観覧していた。

 

 水練の業の競い合いは、見ているこちらが寒くなるので観覧をご遠慮した。しかし、橋の向こう側では猛者たちの野太い声に交じり、女たちの黄色い歓声も飛び交っている。やはり、このような機会にあわよくば殿方の鍛えられた身体をとばかりに老若問わず女が集まっているのだろう。

 とはいえ、この力自慢大会もずいぶんな賑わいだ。

 

 「いやぁ、予想はしておったのだが、やはり隣町の喜助・五郎兄弟はさすがに軒並みならぬ力持ちですなぁ」

 水村はちょいっと背伸びをして、人だかりの奥で腕相撲をしている体の大きな男たちを見ながら言う。こちらは、お焼きを片手に高見見物だ。


 「うむ…、緑色の襷は…」

 水村の言葉に誘われるようにして、松太朗は顎を上げて腕相撲大会のあたりを見回す。喜助・五郎の兄弟は緋色の襷をしている。あれは七町内の色だ。道場のある八町内は緑色、松太朗の家は九町内で青い襷である。しかし、本人はあまり自分のご近所の様子を気にしてる素振りを見せない。

 「おやぁ…うちの道場から出しておったのですが、早々に負けているようですねぇ」

 水村が肩を落とす弟子を見つけて、残念そうに苦笑して言う。

 すると、次の瞬間。

 「おおぉぉぉ!」という歓声と「きゃぁ!」という甲高い悲鳴が上がった。


 「お、またあの兄弟が勝ったようだぞ」

 「しかし、兄弟で交互に出るとは、些かズルと思いませんか?」

 「規定がないというのが問題なのだ。来年はこのようなことがないよう、町内会長たちにしっかりといわねばなるまい」

  年甲斐もなくプッと頬をふくらます水村の横では、松太朗が腕組をして言う。その頬にはお稲荷さんのご飯がついているが、本人は気づいていないようだ。


「よぉ!松太朗!」

「おっ!?」

 歓声が未だ止まぬ中、突然松太朗の背に飛びついてくるものがいた。構えていなかったため、思わず松太朗の口から驚きの声が漏れる。

何だ!?と振り返れば、見知った顔があった。

「数馬か…お前も来ておったのか?」

歯をのぞかせて笑って見せているのは、松太朗の昔馴染みの友人である数馬だった。

「久ぶりだなぁ、松太朗。お前も来てたんだな」

松太朗の肩に腕を回したままの数馬がニコニコと言う。見れば、数馬は着物を襷がけにし、腰には店の前掛けまでしている。

 数馬の姿を下からゆっくり見上げて松太朗は、数馬の顔で視線を止めると小首を傾げた。

「なんでお前はそんな恰好をしておるのだ?」

尋ねると、松太郎はクイッと親指で屋台の群れを指す。

「俺たちもここで屋台出してんだよ。いい商売できるぜぇ。ちっとばかり人がはけたんでな、こっちを見に来たら、見慣れたノッポ姿が見えたからよ」

 この寒さでうどんもよく売れる。それにホクホクとして笑顔を浮かべ、自分より幾分大きな松太朗を見上げた数馬は、自分の回りと松太朗の回りを見回した。


「可愛い嫁さん、どうしたよ?」

織りの所在を尋ねる数馬を、松太朗の反対側にいる水村がお焼きを片手に覗き込む。

「ふむ…。妻はこちらの御仁の道場へ炊き出しに行っておる」

松太朗は、少し体をずらして数馬に水村の姿が確認できるようにしてから、彼を手で示しながら微笑みながら言う。

 彼に免疫のない女や、未だまぶしい笑顔に困惑する織りが見たら、腰が砕けてしまいそうな、この寒さも吹き飛ぶような笑顔だ。彼の背後にある咲きかけの梅までもが、その美しさを助長しているようにさえ見える。

「水村殿、こいつは数馬と言って、俺の昔馴染みの友人なんだ。うどん屋をやっていてなぁ、数馬の家のうどんはうまいんだぞ」

「なるほど…。松太朗殿のご友人で…」

 水村は細い目を更に細めて数馬を見返す。そんな水村に数馬は人懐っこい笑顔を見せた。

「ぼおっとした野郎だから、嫁さんがいないのにも気づいてないのかと思ったぜ」

「失礼な奴だな…」

数馬の軽口に、ムッとしたように松太朗が返した。すると、水村も柔らかく微笑んで見せる。

「いやいや、こちらの奥方はうちの道場の弟子なのでね。彼女の女中殿と一緒に炊き出しに行ってもらっているのですよ。今日は道場からも弟子たちが参加しているからね」

数馬は水村の言葉に訝しんで眉根を寄せた。

「あの可愛い嫁さん、道場通いなんてしてんのかよ?それに女中さんつけてなんて…やっぱいいとこのひぃさんなんだなぁ」

「…うむ……まぁ……。…何からどう言えば良いか…」

改めて妻のことを、いち町人にすぎない数馬に説明するのは厄介である。というか、事情を知らない人間からしてみれば、娘が道場に通っているというだけで不思議だろうに、それが輿入れしてからともなると…。やはり、道場に通う嫁いだ武家の娘など、訝しく思われて当たり前である。

 それに気づいてか、今度は困ったように目を細めた水村は松太朗の言葉を待つことにした。

 松太朗は、二人の視線を浴びながら目を泳がせる。水練の業を競う猛者たちよりも、その目はしっかりと泳いでいた。ただし、彼らと違い、あくまで宙を、であるが。

「まぁ…なんと言うか、そのぅ…うちの奥方は、…少し変わっておるのだ…」

 ははは。と乾いた笑いでその場をごまかす。冬の空気より乾いたそれは、これ以上の追及を許さなかった。

「そう、変わった娘なのですよ」

 水村も乾いた笑いを浮かべてごまかす。

「ふぅぅん…。大変だな、おまえ」

数馬はそんな二人を呆れたように半眼で見つめて言う。

「それより、松太朗。さっきからほっぺたに米粒ついてるぞ」

そして、今更ながらずっと気になっていた松太朗の米粒を指摘してやった。






「へっく…しん!」

「ま!はしたない」

 水村の道場の炊事場を借り、茜と一緒に大量の野菜を切っていた織りは無遠慮にくしゃみをした。

「では、次は包丁を持ったまま上品にくしゃみをする方法を教えなさい」

 包丁をもっている手の甲で鼻を啜る。

「ま!危ない!」

 茜は織りの一挙一同をいちいち非難した。

「お前はいちいち細かい女ですわねぇ」

 眉を顰めて言う主に、女中はシレッとした笑顔を向ける。

「だって、わたくしが言わねば、松太朗さまは絶対に仰ってくださいませんもの」

「ふん!きっと水村さまと松太朗さまがわたくしの話をしているに違いないわ」


 恐るべき女の勘を働かせる織りに、「早く切りなさい」と茜が厳しく言いつけたのだった。


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