十七歳
織りたちの姿を見送った清介は、チラリと松太朗を見た。
正月の織りとの接触を見られていたに違いない。もし見られていなかったとしても、きっとこの麗人は自分の思いに気づいたのではないだろうか。気づいていないにしても、幼馴染以上の感情を抱いていた織りの愛する男だと思うと、何となく松太朗に対して後ろめたい思いがあった。
しかし、挨拶をしないのは心が狭い気がする。
「あ…先日はどうも…」
自分より上背のある松太朗は、女たちを見送っていたのだが、顔だけを自分の方に向けた。先日道場に来ていた時にも思ったのだが、松太朗という麗人はあまり喜怒哀楽を表に出す方でないようだ。だから、今もこうやって清介を見返す表情からは彼に対する感情を読み取れない。
「いや、こちらこそ夕餉を馳走になりかたじけない。それに、妻が台所で邪魔をしたようで…申し訳ない」
体ごと振り返った松太朗は、表情を変えずに淡々と言った。
「い…いえ、そんなことは…」
清介は決まり悪く言い淀む。
「清介殿」
「は…はい!?」
突然名前を呼ばれた清介は、はじかれたように顔を上げるとピンと背筋を伸ばして返事をする。
その様子に、松太朗は一瞬目を丸くした。この反応…。見慣れた反応にそっくりだ。確か清介は織りと同じ年で、幼いころから織りとこの道場で水村の父である師範から剣道を学んでいたはず。この年頃の少年少女は、みな一様にこのような反応を示すのだろうか…。
松太朗がそんなことをきょとんと考えていると、清介がいぶかしるように小首を傾げる。その姿も、また然り…。
「あの…松太朗殿……」
不思議そうに清介が松太朗に声をかける。
「あ、いやすまん…」
清介の反応を見て、先ほどまで尖っていた自分の心が少し丸くなるのを感じながら、松太朗は思わず謝った。心なしか、表情が柔らかくなったように思う。
「あの…今日は頑張るのだぞ!男子たるもの、いつ何時も自分に負けないことが大切であるからな。走り終わられたら、一緒に織りたちの炊き出しを馳走になりに参ろう」
本当は、こんなことを言うつもりはなかった。
これ以上、清介が織りに変な気を起こさないように釘を刺すつもりで、先ほどのように自分の織りにとっての立場を誇示するようなことを言うつもりだったのだ。
それなのに、まさか敵に塩をおくるようなことをしてしまうとは…。
(うむ…似ておるからなぁ、織りに)
自分の言葉に、目を丸くしている清介を見ながら松太朗は自嘲気味に頬を緩める。
「あ…あの…。えっと…ありがとう存じます。えっと…そのような言葉を頂けるとは思ってもいませんでした……。あの…はい、頑張ります!」
目を丸くして、心なしか頬を染めた清介はしどろもどろと答える。その姿がなにやら一生懸命で可愛らしくさえ思える。
(俺は年下に甘いのだな…)
意外な事実を自分で自覚した松太朗は心の中で己の性質に納得する。だからこそ、織りのこともあのように甘やかし、可愛がってしまうのだろう。
まだあどけなさが残る清介は、キュッと襷ごとこぶしを握る。そして、こちらも少し爽やかに笑い返しながら松太朗を見上げる。
その一連のやり取りを見ながら、水村はニコニコとほほ笑む。
「さぁ。頑張りましょうねぇ」