星詠
「よろしいですか、織り様。何がございましても、松太朗様の思召すまま」
「わ…分っているわよ!わたくしだって…、はっ…はじめてではございませんわ」
茜の心配そうな言葉に、織りは真っ赤になって精一杯強がる。
しかし、茜はなおも譲らない。
「嫁いで来られて三つ目の季節を迎えようとされておられるのに、今宵が!二度目の!初夜!」
「あっ茜!お黙りあそばせっ」
「二度目の初夜」などという言葉はないのだが、それに突っ込むのも忘れてしまうくらいに織りは焦っていた。そして、茜の言葉にこれから自分が迎えるであろうことを思うと、もう心臓が破裂してしまいそうだった。
あまりにドキドキしすぎて、頭がクラクラする。
「しょ、松太朗様は何もおっしゃってませんわ。た…ただ、今宵は共に休もうとおっしゃっただけで…」
ただ、その言い方がちょっと…。
帰り道、松太朗は織りの手を優しく包み込んだ。
そして、そっと唇を織りの耳に当てて低く、甘く囁いたのだ。
「今宵は共に休むとしよう」
と。言いながら親指で織りの手のひらを撫でていたけれど。
「織り様」
茜は着流し姿でもじもじ真っ赤になってブツブツ言う織りの肩にそっと触れた。
織りは、今にも泣きそうな顔で茜を振り返る。
すると、美しい容姿の女中は、片目を瞑り満面の笑みを浮かべていた。
「お世継ぎ、期待しておりますわ!わたくしのことは、お気になさらず、心行くまでお世継ぎ作りに専念なさって下さいね!」
「……」
織りは、冷たい視線を茜に送ったかと思うと、この女中を怒鳴らんと大きく息を吸った。
「まったく。」
織りは綿入れを着こんで、部屋へ戻った。
部屋には明かりが灯してあり、その側で松太郎が正月前に来た貸本屋から借りた書物を読んでいた。
「えらく、茜と楽しそうにしていたな」
織りが入って来たのと同時に振り返り、文机に読みかけの本を置く。
「あ、き……聞こえておられたのですか?」
だったら、この上なく恥ずかしい。織りは冷や汗をかいているのを自覚した。
松太郎も着流し姿で、利玖お手製の綿入れを着ている。
「いや、本を読んでいたので、内容はまったく聞き取れなかった。ただ、騒ぐ声はよく聞こえていたな」
「も…申し訳ないです。あの。お邪魔でしたでしょう…?」
おずおず尋ねる織りに、松太朗は微笑み、ゆっくり首を振る。
「気にすることはない」
そう言いながら、なかなか側に寄ってない織りの手をそっと引いた。
「あ…あの」
織り恥ずかしくて顔も上げられずにいると、突然、松太朗は力任せに織りの手を引いたので織りはバランスを崩してそのまま松太朗の胸に倒れこんだ。
「こうすれば、温かいだろう」
そう言って、松太朗は織りを抱きしめる。
「あ…あの…」
松太朗の胸に体を預けたまま、織りは松太朗にぎゅっと抱きしめられた。松太朗の鼓動までもが伝わってくる。
「聞こえるか?とてもドキドキしている」
そう言いながら、松太朗は自分の胸に織りの頭をくっつける。
温かい、松太朗の体温が耳から、頬から伝わる。そして、確かにドッドッと胸の鼓動も。
自分のものと混ざりあい、余計に激しく聞こえる。
すごく緊張するのに、温かく、心地よい。
松太朗は織りの頬に手をあてる。そのまま顎まで手を滑らせると、そのまま自分の方へと顔を上げさせた。
どちらともなく、目を閉じると、自然と唇が重なった。
さっきのような、一方的なものではない。
松太朗からも緊張が伝わる口づけだった。
ぎこちないような、情熱的なような。
松太朗への愛おしさがあふれてくる。織りは、自然と松太朗を求めてぎゅっと松太朗の背中に腕をまわした。
唇を離した松太朗は、ただ無言で織りを見つめる。
感情の読み取れない瞳だった。そんな瞳で織りを見下ろしながら、ゆっくりと織りを横たえる。
初夜のように、織りは震えていなかった。
松太朗も緊張していなかった。
松太朗の唇や手に、織りはびっくりはするものの優しく受け入れた。松太朗を受け入れようとすればするほど、愛おしさが増すのを、織りは感じた。
もっと側にいてほしい。
もっと触れてほしい。
優しく髪を撫でられ、織りは濡れた瞳で松太朗を見ながら微笑んだ。
すると、松太朗もこの上なく美しく、そして優しく織りを見つめ微笑み返してくれる。
胸がキュンと締め付けられる。
「松太朗様…」
愛しい旦那さま。
織りは、松太朗の腕の中で目を閉じると、そのまま眠りについたのだった。