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ture life  作者: ゆぅ
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師匠と夫

あまり気の進まない中ではあったが、結局織りたちは道場の弟子だとういう少年に、茜へ食事をして帰ってくるという伝言を預けた。


「では、私は準備をしますから、みなさんはくつろいでいて下さい」

 手早く襷掛けをして席を立つ清介に、水村は「よろしく~」とやんわり答える。

「わたくしも手伝いますわ」

 そう言って織りも立ち上がる。

「では、俺も手伝おうか」

 続けて立つのは松太朗だ。

 清介は、慌てて手を振る。

「お客人は座っていてください。夕餉の支度は俺の仕事ですから」

「そうですよ、松太朗殿。われわれはゆっくりして待ちましょう。碁でも打ちますか?織り殿は清介を手伝いなさい」


 言いながら水村は、早々と碁盤を持ち出した。

 そして、じゃらじゃらと碁石を取り出しながら松太朗に自分の正面の席を勧める。

 やる気満々の水村に、松太朗は立ったまま答えた。


「いや、ただ飯を食うわけにはいくまい」


 清介はさっさと台所に行ってしまい、織りも水村から手伝えと言われたので、その後を追っていた。

だから、松太朗は自分も手伝おうと言っているのだ。


「奥方が手伝っているのだから、ただ飯ではありませんよ。それに、男子厨房に立たず、です」

 松太朗の気持ちを知ってか知らずか、水村は笑顔で彼を手招きする。

 松太朗は、感情を表に出さずに水村の正面に腰を下ろした。


「そう言いながら、清介殿を厨房に立たせておるではないか」

「うちは女手がないものですからね」

 碁石の感触を楽しみながら、水村が答えた。

「人の妻を手伝わせるとは…」

 

 むぅっと唸り、松太朗は碁盤を睨みながら腕組した。碁は好きなのだが、本格的に勝負をつけてやったことなどない。


「織り殿には、これから奥方としてしっかりとやってもらわねばなりませんからね。ご承知の通り、あの子は幼いころから、包丁よりも真剣が好きな娘でしたから」

 碁石を並べながら、水村はそれに、と付け足した。


「ま、親バカかも知れませんが、突然失恋した清介があまりに可愛そうでしょう。少しくらい二人で話をする時間をやってもよいのではないかと思いましてね」


 清介を幼いころから知っている水村は、松太朗を前にしゃあしゃあ言った。

 あまりに包み隠さない水村の言葉に、松太朗はあっけにとられて目を瞬かせる。言うに事欠いて、清介が織りに失恋して、その直後に二人きりにしたいと…。それを、夫である自分の前で言うなど。

 水村の考えも神経も分らず、松太朗はムッとした。


「万が一、織りに何かあったらどうするのだ?」

「何もないでしょう」


 珍しく怒りを表情に出す松太朗に、水村はあっけらかんと答えた。


「何を根拠に…」

 あまりに、水村ののほほんとした答え方に、松太朗は呆れた口調で呟いた。

 

「何をって…。あの清介とあの織り殿ですからね。何も起らんと思いますよ」

「うぅむ…」


 どんな説明を受けるより「あの」といわれる方が、説得力があるのだから不思議なものである。

 確かに、「あの」清介と「あの」織りでは、間違いなど起こそうと思っても、なかなか起きるものではなさそうだ。


「しかし、面白くないなぁ…」


 パチッと小気味よい音を響かせて碁を打ちながら、松太朗は顔を曇らせる。

 

 妻と、妻に好意を寄せる男(松太朗からしてみれば、まだまだガキに見えるのだが)が一緒に離れた炊事場で夕餉の準備をしているなど、普通に考えて、夫にとっては全く面白い状況ではない。

 

「面白くないでしょうなぁ」


 こちらのパチッと応戦しながら、水村はどこかニヤニヤしながら言う。

 些か、水村が優勢だ。


「面白くない」


 ムクれた松太朗が荒く碁石を打つ。


「まぁ、よいではありませんか。たまには織り殿の気持ちも分るといい」


 一瞬の躊躇を見せるものの、碁盤を見つめたまま水村は言った。言われた松太朗は、またしても呆けたように石を手にしたまま小首を傾げる。


「水村殿の言うことは、いつも訳が分らない。しかし……俺が見ているものよりずっと先のモノを見ているのだろうなぁ…」


 水村は、パッと顔を上げて松太朗を見ると細い目を更に細くした。


「そりゃぁ。松太朗殿が私の言う言葉の意味を逐一理解していては、松太朗殿ではなくなってしまう。あなたは、今のあなただからこそ、魅力的なのですよ」


「俺はほめられているのか、けなされているのか分らんな」



 己の脳味噌がやはり、そんなに詰まってはいないのではないだろうかと、心配しながら松太朗は素直にそう呟いた。



「まぁ、それに心配なら後で覗きに行くといい」

「うむ。確かにそうだな。織りの包丁使いは未だに危なっかしいものだし…」


 茜に料理の一切を任せている織りの料理は一向に上達しない。

 嫁いで来て、まだ半年もたっていないので、松太朗もあまりそのことについては言わないようにはしていたのだが…。いざ、よそでこうやって台所を任せることになると、些か都合が悪い。


「やはり、そろそろ奥方らしく家庭の一切が出来るようになってもらわねばいかんなぁ…」


 そう言いながら、突破口の見えた碁盤に石を置く。


「織り殿が奥方然としているなど、想像もつきませんな。そもそも奥に引っ込んでいるような性分でもなし」

「…その通りなのだ……。織りが奥でおとなしくしていては、彼女らしくないし…。織りには織りらしく過ごして欲しいからなぁ…」


 天井を見ながら苦笑いを浮かべる水村と、はぁっとため息をついて背を丸める松太朗。



 男二人は、しばらく碁を打って寛いだ。

 

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