後朝
「っくしゅ」
肩がひんやりとする。
ぼんやりとした意識の中で、寝返りをうとうとして下腹部に鈍い痛みと違和感を感じて、ゆっくりと目を開けた。やわらかい日差しが部屋に差し込んでいる。
(あぁ…そうだった…)
空いた枕を見て、織りはまた目を閉じた。
嫁入りしたんだった…。
そして昨夜は…。
織りはカッと顔面から火が出るようだった。
それと同時にハッキリと目が覚め、昨夜の名残であるかのように、うるさいほどに心臓が早鐘をうつ。
痛みや体の中から急激に襲いかかる【何か】に耐えようと、必死に唇を結び、松太朗にしがみついた。
『織り殿…』
何度も松太朗が自分の名を呼んだ。
その度に胸が高鳴るのを感じながら、松太朗の動きに合わせるように出そうになる声を殺した。
だって…。
声を上げてははしたないと言われてきたから。
松太朗の手が織りの顔にかかる髪をよけ、額と頬を撫でる。そのまま手は下へと下がり、指の腹で唇をなぞる。
なぞられた唇は力が抜け、吐息の合間に声が漏れた。
「!?」
普段とは違う自分の声に驚き、織りは突出に目を開けて口を手で押さえた。
すると松太朗がその手をあっさりとどけてしまう。
『いやぁ…』
織りは恥ずかしくてキュッと目をつぶり顔を背けた。
しかし、松太朗がそれを許さず、顔を彼の方へ向けさせる。目を閉じたままの織りの額をゆっくりなでながら、松太朗は余裕の声音で
『なぜ。夫婦になるのに…。織り殿、もっと顔を見せて。そして声を聞かせて欲しい。そのままのあなたを俺は見ていたいし、感じていたい』
などと囁くのだ。
織りはカァッと体中が熱くなるのを感じた。
松太朗は織りの気持ちを知ってか知らずか、妖艶に微笑む。
そして、己の指を織りのそれに絡め、耳元に唇を寄せた。
『俺は織り殿に惚れました』
しゃあしゃあ言った松太朗の言葉を、織りは頭の中で反芻させ、ドックンドックンと、耳にじんじんと響く心臓の音を体中で感じながら、庭から聞こえる小鳥たちの声を聞いていた。
(松太朗さま…)
ぎゅうっと自分の体を抱きしめる。
嫁入りなど、つまらぬ人生の始まりだと思っていたのが嘘のようだ。
「織り様。朝でございます」
侍女の茜の声で、織りはハッと我に帰る。
そしてそそくさと着流しを着直し起き上がる。
やはり下腹部が痛い。それに体中が筋肉痛のようにあちこち痛い。そして・・・。なんだか違和感があっていけない。
ゆっくり障子が開けられると、茜は漆塗りの盆を持っていた。
「おはようございます。松太朗さまより、後朝の歌が届いておりますよ」
目を伏せ、すっと茜は盆を差し出す。
「松太朗さまから・・・」
織りは、はやる気持ちを抑え、手紙を受け取った。
上等な料紙だと思われるそれは、まだ墨の香りがする。松太朗が一生懸命筆を走らせてくれた様子が思い浮かばれ、織りが口元がゆるむのを押さえられない。
松太朗さまはいったいどんなお歌をくれたのだろう…。
熱にうなされてしまったようにとろんとした瞳で、頬を染める主を茜がニヤニヤ見つめた。
「茜…下がっていいのですよ」
茜のからかうような視線に気づき、織りがジトっとした目で言う。
「あら」と、クスクス鈴を鳴らしたように軽やかに笑いながら、茜は部屋を出た。
やはり茜は変わらず茜だった。
初夜を迎えた翌朝の、このデリケートな時に、まさかあの忠義者の侍女は自分をからかうように見つめているなど・・・・。
そもそもそういう者を、本当に忠義者というのであろうか。
織りは小首を傾げた。
自分は、連れてくる侍女を間違えたのかもしれない・・・。
まったく…と独りごち、織りは一つ深呼吸をした。
そして、ゆっくりと折り目を確かめるように開き、そわそわと手紙を読んだ。
《始まり》fin
こうして、ふたりは契りを結びました。
おっとりとした松太朗さまの、積極的な姿に戸惑いを覚えた織りさまでしたが、妖艶な容姿だけでなく、その優しさに、織り様は松太朗さまのことが大好きになっていきます。
これから、二人がどんな生活を送っていくのかは、、、これからのお楽しみ。