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ture life  作者: ゆぅ
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紅と香

 腹いっぱいにうどんを食べた松太朗は、数馬が本当におごりだというので、その言葉に甘んじていた。しかしながら腑に落ちないような表情で、数馬とその妻を見る。


「だいたい、数馬はなぜ早く言わんのだ…」


松太朗を見ながら、数馬はカカカっと笑う。

「お前も、しつこいな」

その言葉に、織りもプッと吹き出した。


「妻も子もおるなど、俺は聞いていないぞ」

「子はまだいねぇよ」


数馬は照れているのか、壁によりかかったままで小さく頭を掻いた。

松太朗は、そんな数馬の奥に控える、大きなおなかを抱えた、頬の赤い女を見る。

年のころは、数馬より少しばかり若いくらいだろう。

気前よさげに、口の端をキュッと上げている。


「春には生まれるのであろう」


松太朗は、視線を数馬に戻すと、どこか恨めし気に言う。


「ま。お互い若いんだから、子どもくらいすぐにできるだろうよ」



むぅっと唸る松太朗の後で、織りは気まづく俯いた。







帰り道。

行きと変わらず賑わう市井を、織りは遠慮がちに見まわしていた。


それに気づいた松太朗は、織りの手を取り、小間物屋まで連れて行く。

店の前には飴屋も出ていた。

甘い香りが鼻をくすぐり、織りは知らずため息をつく。


「どれでも好きなものを買うといい」


ニッコリとほほ笑む松太朗を見上げて、織りはキラキラと目を輝かせた。

「正月前にケチケチするのも、貧乏臭すぎていかんだろう。今年一年を労うつもりで、好きなものを買ってやるぞ」

「よ…よろしいのですか?」


恐る恐る聞く織りに、松太朗は苦笑する。

「着物や帯は買ってやれんからな」

「まぁっ」


織りは、思わず年相応の娘らしく店の中に足早に向かう。



店の中には、女子供が喜ぶような縮緬細工の小物や、髪飾りや鈴のついた根付けなどが並んでいる。


織りは目をキラキラさせたまま、一つひとつ手にとり、じっくりと眺めた。


その様子を店先から優しいほほ笑みを浮かべた松太朗が見ている。

愛おしい妻との買い物に幸せを感じる。


しかし、そんな松太朗の姿を店の中にいる娘たちや行きかう女どもは頬を染め、うっとりと見つめている。


「松太朗さま、これどうです?」

そう言って織りが見せたのは、鈴のついた扇を模した根付けだった。

「どれ?」

店の中に入って来た松太朗の後ろから、数名の若い娘がついて入ってくる。


「これ、かわいいと思いません?」

「うむ…。そのようなものより、こちらの巾着はどうだ?それとも、この櫛は?」


薄紅の巾着と鼈甲の櫛を見せながら言う松太朗に、織りは苦笑した。


買ってくれる松太朗に失礼にならないように、安すぎず、そして決して高くはない可愛らしい小物を選んだつもりだったのだが…。


「そう言えば…」

「えっ」


突然ずいと織りに顔を近づける松太朗に、織りはどぎまぎする。

「紅はつけんのか?」


本人にその自覚はないのだが、松太朗は妖艶に親指の腹で織りの唇をなぞる。


ボッと織りの顔が真っ赤になる。


そして、なぜかその様を見ていた女店主や客の娘たちも深く熱っぽいため息をつき、砕けて座り込みそうになるのを必死でこらえる。


さらに、真っ赤な織りの首筋に松太朗は鼻先を近づける。


「香も使わんのか?」



松太朗でなければ、セクハラと思われても仕方がないくらい妖しい様だが、織りは完全に腑抜けてしまった。


「よし、じゃあ、今回は俺が織りに紅と香を買ってやろう」

そう言うと、松太朗は浮ついた織りを横目に

「この色がよいだろうな…。香は…」

とブツブツ言いながら選び始めた。





結局桜色の紅と、瑞々しく爽やかな甘さのある練香を買い、そして店の前に出ていた飴屋で犬を模した飴まで買った。


「よろしのでしょうか…こんなにも買っていただいて…」


嬉しいながらも、贅沢をしているようでなんだか素直に喜んでばかりはおられず、織りはおずおずと聞くが、松太朗は満足げだ。


「夫婦らしいではないか。一つの財布から二人分の飯代を出し、妻の使うものを選んでやるとは」

「はぁ…。でも、どこにつけて行こうかしら…。この飴も可愛らしくて食べにくいですわね」


買ってもらった飴を眺めながら織りは苦笑する。


「どこでも、これから二人で出かけることなどたくさんあるのだから、悩まずともよいではないか」


「そうですわね…。春になったら、桃や桜を見に行きたいですわね。河川敷は、春になると菜の花と桜でとてもキレイなんですわよ。あ、でもその前に水村様の道場の庭にある梅も見に行きたいですわね」


「織り殿は花が好きだったのだな」

「ええ。…似合いませんでしょう」


恥ずかしそうに言う織りに、松太朗はははは!と笑った。


「女子供は得てして花が好きなものであろう。そうだな…数馬ではないが、3人で花見をしたいな」


「3人?」


「俺たちと俺たちの子と3人だ」



松太朗の言葉に、織りは笑顔をはりつけたまま固まった。

そして、やっとの思いで口を開く。











「えっと…。つ…次の春は難しいですわね」




さすがに4か月弱では見ぼ持ってもいない子どもを生むことは難しい。




「まぁ、よいではないか。今日から褥をともにするのだから。

お…織り!?大丈夫か?」

 

忘れていた言葉を思い出し、織りはフラリとよろめいた。




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