悪友
蕎麦茶を初めて口にした織りは、口当たりのよさと温かさから、ネガティブ思考も一緒にふぅっとため息を吐き出す。
「美味いお茶だろう」
湯のみを片手に、松太朗が織りの和やかな表情を見ながら言う。
織りは目尻を緩めた。
「はい。数馬さまと松太朗さまは長いお付き合いですの?」
「そうだな。父に幼いころに連れてきてもらって以来だから…。もう十年以上になるなぁ」
松太朗の言葉に、織りは「まぁ」と目を丸くしてみせる。
「長いですわねぇ」
「だから、松太朗のことはなんでも聞いてくだせぇ」
織りにニコニコと愛想のいい笑顔を向けながら、数馬は松太朗の横に腰掛ける。
松太朗は、数馬の背を軽く叩いた。
「お前はこんなところで俺たちと話てる暇はないだろう。腹が減っているのだから、早く作ってくれ」
空腹から少々眉を顰めて言う松太朗に、数馬はカカカッと笑って見せる。
「相変わらず口卑しいなぁ、お前は」
織りは、不満げな夫と豪快に笑い飛ばす夫の幼馴染を交互に見やった。
「俺は一仕事終えて来たから朝から何も食っておらんのだ」
「お城務めは大変だなぁ。俺たちぁ、お客がいりゃそれがそのままおまんまに代わるが、松太朗たちはそうもいかないもんなぁ」
腕組をし、一人納得したように言う数馬に、松太朗もきゅっと眼を閉じてうなずく。
そんな二人を、織りはひょいと肩をすくめながら、やはり交互に見た。
「そうは言うが、城主につかえてこその我ら武家であるのだからなぁ。お上がおらねば、俺たちは食いっぱぐれだ。仕事があるだけでも感謝せねばなるまい」
「相変わらずお前はクソがつくほどの真面目な野郎だなぁ」
からかうように言う数馬に、松太朗はチロリと片目をあけて睨む。
「家族があれば、真面目に生きてゆかねばならんのだ。そんなことも分らんとは…。数馬もまだまだだな」
フッと織りは口元がほころぶのを隠せなかった。
家族を守ろうとする松太朗の心遣いが嬉しい。
そして、その守ろうとする家族が自分であるということが、織りには極上の喜びだった。
しかし、そんな織りを横目に見ながら、数馬もニィッと笑い、再び奥へと引っ込んだ。
「まったく、口だけは達者な男だ」
数馬が引っ込んだ奥を見ながら、松太朗はお茶をすする。
「でも、松太朗さま。なんだか楽しそうですわ」
おっとりと夫にほほ笑む織りに、松太朗は目を挙げる。
「そうか?」
「ええ。今の松太朗さま、お年相応に見えますわよ」
普段より、よっぽどトッツキやすいです。
とは、織りの胸中にのみしまっておいた。
「うむ…。まぁ、子供のころから知った仲だからな。今さら気構えもせんでよいし」
「うらやましいですわ」
織りは、数馬が、というつもりで言ったのだが、松太朗は小首をかしげて見せた。
「そうだろうか。まぁ気心の知れた友がおるのは…人生を豊かにするかも知れんな」
友がいる自分を羨ましがっていると勘違いしている松太朗を、織りは訂正するつもりはなかった。
穏やかな笑みを浮かべ、松太朗の話しに耳を傾ける。
「しかし、家族がいるというのも、何にも代えがたいことであろう」
「……えっ?」
突然しっかりと自分を見据えて言う松太朗の言葉に織りは一瞬言葉を失った。
「守る家族があるというのは、なかなか人生を豊かにしてくれるぞ。仕事にも張り合いが出るしな」
織りは、目をマン丸にしてぽかんと夫を見つめた。
松太朗は、頬杖をついて織りを見ながら軽やかに笑って見せる。
「なんだ、織り殿はそうは思わんか?」
「い…いえ。そんなこと、考えたこともありませんでしたわ」
「そうか?ふぅん…」
呆然とする織りが答えると、松太朗は頬杖をついたまま返事をする。
「あ…いえ、なんと申しますかしら…。毎日を駆けるように過ごしておるようで…。そんなことをじっくり考えたこともありませんでした。皆さま、お嫁に行けばそんなモノなんでしょうかね??」
初めてのことに戸惑うばかりで、あっという間に過ぎて行ったこの数カ月を振り返りながら言葉を紡ぐ妻に、クソ真面目な夫はともに首を傾げた。
「うむ…。どうなのであろう…」
夫婦そろって首を傾げては、なにやら難し顔をしている松太朗たちを見て、数馬も首を傾げる。
「あいつら、何をそんなに思い悩んでんだろうなぁ…」
傍らにいる数馬の奥方は、蕎麦湯を急須に移しながら答える。
「腹が減ってんじゃぁないのかい。早く持ってお行きよ」
腹が大きな奥方の言葉に、数馬はおとなしく注文の品を運んだ。