幼馴染み
「おっ、松太朗!」
賑わう街中、織りとラブラブブラブラ歩いていた松太朗を、店先から呼ぶ声がした。
「む?おっ織り殿、あそこだ」
呼ばれた方を見て、松太朗はニッコリと笑う。
松太朗と変わらないくらいの年の男が、松太朗を見ながら笑顔で手を振っていた。
松太朗は手を上げると、年相応の爽やかな笑顔を浮かべた。そしてそのまま、織りの手を引いて呼ばれた店へと向かう。
「お知り合いのお店なのですか?」
ニコニコと若者らしい笑顔を浮かべる松太朗を見上げて織りが尋ねる。
心なしか松太朗の声が弾んでおり、なんだか織りも楽しい。
「うむ、幼なじみの店だ。ここはうどんも美味いが、蕎麦もいいぞ」
言いながら店に入ると、先ほどの男が近寄って来た。
「久しぶりだな、松太朗。今日はもう仕事納めか?」
「うむ、折角だから妻と昼飯でもと思ってな。数馬、妻の織りだ」
自分の後ろにおずおずと控えている織りを振り返り、男―数馬という名だ―に紹介した。
こうやって織りを知り合いに紹介するのは初めてで、松太朗も気恥ずかしいやら嬉しいやら不思議な気持ちだ。
数馬は松太朗ごしにひょこっと顔を出して、織りを見る。
織りはちょこんと頭を下げた。
「は…初めまして…。あのぉ…夫がお世話になっております」
言いながら、織りは次第に俯きながら声を小さくした。
(お…夫とか言っちゃったわ…)
何だか『奥方』らしい挨拶に、織りは心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしていた。
そしてチラっと松太朗を見上げる。
後ろからなので、しっかりとは見えないが、彼の耳が赤くなっているのは、寒さのせいだけではないようだ。
「へぇっ。そういえば、お前も立派に嫁さんを貰えたんだったな」
あの松太朗がねぇ…。と松太朗と織りを交互に見ながら、数馬は一人イタズラをする子どものようにニヤニヤとする。
松太朗は、そんな数馬のわき腹に拳を軽く入れた。
「数馬、余計なことは言うなよ。それより腹がへってるんだ」
バツが悪そうにする松太朗に、数馬はコロコロと笑いながら二人を席に案内する。
その間、織りは落ち着きなくキョロキョロキョロキョロしていた。
「わたくし、外でこうやって食事をするのは初めてですわっ」
ほんのり上気した頬で、目をキラキラ輝かせる織りを見て、また数馬が笑う。
「武家のおひぃさんなんざ、そんなモンだろ。しかし、松太朗も隅に置けないよなぁ。こんな可愛い嫁さん貰って」
人なつっこい笑みを浮かべた数馬は、織りの顔を覗き込みながら、肩に手を回す。
慣れないことに、織りはそのまま固まってしまった。
「こら、数馬。人の妻に何をしておるんだ」
キッと目を釣り上げて言う松太朗を見て、数馬はビックリしたように目を見開くと、すぐに織りから手を離す。
「松太朗…お前、変わったなぁ…」
呆然と呟く数馬に、松太朗はチロリとまた睨む。
しかし、そんな瞳も数馬は笑い飛ばした。
「いや、松太朗!めでたい!今日は俺の奢りだ!好きなモン頼みな」
威勢よく数馬が言う。
松太朗はニッと笑い返して、織りと二人でお品書きを見た。
「うむ…キツネか…。それともトロロか…。迷うなぁ…」
「松太朗さま、わたくし決めました」
お品書きを睨みつけ、悩む松太朗をよそに、織りはさっさと決めてしまった。
むうぅっと眉根を寄せて悩む松太朗を見ながら、織りは胸の奥にモヤがかかったような気分になった。
数馬は人なつっこい笑みを浮かべて、松太朗も一緒に話していると、普段織りの前では見せないような爽やかで、若者らしい笑顔を見せる。
それは凄く魅力的で、織りに見せる妖艶な松太朗とは違う一面だ。
(わたくしは、松太朗さまのこと、なぁんにも知りませんのね…)
そんな思いに駆られ、何だか面白くない。
どうすればよいのだろう。
時が徐々に埋めてくれるものなのだろうか。
(わたくしたち、別に好きあって夫婦になったわけじゃあございませんものねぇ…)
考えれば考えるほど、織りは得意の突っ走りでネガティブな方へ落ちていく。
「…どの。織りっ」
「はいっ!?」
考えこんでいた織りは、松太朗が呼んでいる声にも気づかなかった。
顔を上げると、松太朗が心配そうに自分を見ている。
「やはり風邪をひいたのではないか?」
「いえ…」
そう言いながら、松太朗の大きくしなやかな手が、優しく織りの額に当てられる。
「熱はないな…」
スッと手を引っ込めて、松太朗は良かったと笑う。織りは気まずく俯いた。
「すみません…ぼうっとしてました…」
「うむ、俺も決めたぞ。数馬、俺はかき揚げうどんの大盛だ。織りは何にする?」
「えっと…」
最近、たまに呼び捨てにされる。
まだ慣れなくて、その度に胸がきゅうっと甘く締め付けられた。
織りは数馬の方を向き、はにかみながら言った。
「えっと、わたくしはトロロ蕎麦を」
「へいっ」
意気揚々、数馬は奥へと消えた。
松太朗は、織りを振り返って頗る上機嫌に言う。
「最後は蕎麦湯でしめるといいなっ。俺にも一杯分けてくれ」
織りはきょとんとしたが、何だかわからず「はい」と苦笑しながら答えた。