雪降り
「っくしっ」
いつまでも吹き曝しの縁側で見つめ合っていたので、すっかり冷えてしまった織りが小さくくしゃみをする。
松太朗は弾かれたように我に返ると同時に、ギュウゥ~と腹が大きく鳴ったので、一気に空腹を覚えた。
思えば、昼食をとらずに帰宅したのだった。
なぜなら…
「織り殿、昼飯は外に食べに行かないか?」
「え?」
鼻をズズッといわせた織りが、眉を顰めながら聞き返す。
「どうせ今日は二人なのだし、織り殿も忙しいだろうし明日は大晦日で店も開いてないからな。せっかくだから」
な、とニッコリ微笑む松太朗に、織りはフニャリと目尻を下げてしまう。
松太朗さまと外でお食事だなんて…ステキ…。
先ほどの松太朗の爆弾発言なんてスッカリ飛んでしまった織りは、松太朗と初めての外食デートに、完全に浮かれていた。
茜がいたなら、目をつりあげ、算盤を弾いたに違いない。
「じゃあ早速行こう」
「はいぃ」
地に足が着いていない織りは、フワフワとした足取りで雑巾を片付けて、もちろん手も洗って着替えた。
「襟巻きは?」
玄関で待っていた松太朗は、とりあえず着込んで来た織りを見て、尋ねる。
織りは草履に履き替えながら、
「わたくし、襟巻きは持っておりませんの」
と答えた。
娘時代は、父からもらった襟口にファーの付いたマントを着ていた。
しかし、嫁入りした自分には少し可愛らしすぎて、実家に残して来たのだ。
「うむ…。ついでに買いに行くか」
腕組みして言う松太朗に、織りはふんわり笑って首を振った。
「いいえ、お気持ちだけ。そんなにわたくしも出歩きませんし」
茜ではないが、織りも少しだけ算盤を弾いてみた。そこまで必要でないものを買うのは無駄遣いだ。茜に怒られてしまう。
「じゃあ男物だが…」
言いながら松太朗は自分の襟巻きを織りに巻きなおしてやる。
ふわりと松太朗が使う香の香りが鼻をくすぐる。
「でも松太朗さまが…」
「よいよい。俺はアホだから風邪をひかないんだ」
「それを言うならバカですわ」
「俺はバカか?」
「い…いえっ!そういう意味では……」
真面目な顔をして冗談を言う松太朗に、織りは案の定アタフタする。
松太朗はやはり軽やかに笑いながら外に出た。
まだチラチラと雪が降っている。
「ほら、まだ雪も降っているのだから。気をつけなければ、風邪をひいて寝正月を迎えることになるぞ」
そう言いながら松太朗は手を差し出す。
織りは玄関の戸を閉めると、くるりと振り返った。
そして、出された手をパチクリと見ると、おずおずとその手を取る。
「こ…このまま歩くのですか?」
しっかりと繋がれた手を見ながら織りが尋ねる。松太朗も同じように見下ろしながら、小さく小首を傾げた。
「別に構わんだろう?」
「松太朗さまのお知り合いに会っても…」
「『妻だ』と言えばよいではないか」
織りは恥ずかしい半分嬉しさで顔を上げる。
「積もらないかしら。わたくし毎年、弟と雪遊びするのが恒例でしたの」
「風邪をひくだろうに…」
呆れたように言う松太朗に、織りはクスクス笑う。
「二人で走り回りますもの。でもたがらでしょうけど、母に怒られてました」
「うむ…まぁ…元気があってよいが…」
少なくとも、松太朗の回りにはそんな女は居なかった。清少納言ではないが、雪の日は戸を開けた部屋で、雪を愛でる。気が向けば歌を詠んでみるのだ。
だから、織りに返す言葉に苦心する。
「何を食べに行くのですか?」
雪の降る中、大好きな松太朗とお出かけとあって頗る機嫌のよい織りが尋ねる。
松太朗は、ん?と柔らかく微笑みか返した。
「うどんだ」
大晦日を明日に控えた市井は大勢の人で賑わっていた。