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ture life  作者: ゆぅ
30/58

土産


仕事を早めに済ませて、昼食用にと茜が朝から持たせた握り飯を風呂敷に包んだまま、松太朗は家路を急いだ。




「そこのおサムライさま」


わき目もふらず…とは言わないが、美味しそうな昼食の香りを胸一杯に吸い込みつつも、街頭をスタスタと闊歩する松太朗を、陽気な声が呼ぶ。

松太朗は声のした方を向いた。

そこにはニコニコと極上の笑みを浮かべた饅頭屋が、彼に向かって手をふっている。



「ふむ………。俺に何か用か?」

よだれが垂れそうになる口元をきゅっとしめた松太朗が尋ねる。



「アンタさまは、たまに可愛らしいご新造さん連れて歩いてたろ。どうだい、今日くらい可愛らしいカミさんにお土産買っていっちゃあ」



気軽に声をかけてくる饅頭屋を、松太朗は黙って見つめた。


確かに道場の帰り道でもあるここを、松太朗は織りを連れてよく歩いている。


『可愛らしいご新造さん』などと気安く言うが、やはり市井の男たちは、そんな目で織りを見ていたらしい…。


織りの数十倍一目につく自分のことなど知らぬ松太朗は、胸の奥に小さく疼くものを感じた。


しかし、それ以上に疼く腹には抗えず…。









「まいどぉ~」


結局、茜の分も合わせ、3人分の饅頭を買った松太朗は、いささか腑に落ちない心地はするものの、足早に家路についた。






相変わらずの我が家は、昼間だっというのに、なんだか静かだった。




「戻った」


恐る恐る松太朗が玄関から顔を覗かせた。

しばしの間をおき、パタパタと足音が聞こえる。



「はて…」




園芸が趣味でも、出は武家。松太朗は足音を聞いただけで織りでないことを容易に察した。


案の定、茜が口元にだけ笑みを浮かべて手をつく。そして僅かに眉根を寄せた。

「お帰りなさいませ。随分お早いお帰りで…」


松太朗から荷物を受け取りながら茜は小首を傾げた。

松太朗は草履を脱ぎながら答える。


「新妻の体調が優れぬというのに、のんびり仕事をしている場合ではないだろう」

「…はぁ…」


と言うか、逆にその程度で家でのんびりしている場合か。そんなだから、いつまでたっても安月給なのだ…。



などと、口が裂けても言えない。

茜は言えず、こっそりと胸におさめた。



「織りはどうしている?饅頭を買って来たぞ。茜の分もあるから、茶を頼む。温かいうちに食べよう」


懐から饅頭の包みを出し、キラリと白い歯が光そうな錯覚を覚える美しい微笑みを浮かべ、松太朗は茜に言う。

茜はその饅頭も受け取りながら、あ…と、苦虫を潰したような顔をする。


それを見て松太朗が、小さく首を傾げた。

「何だ、その顔は」

「いえ…実は織りさまは…」


茜の言葉に、松太朗の目が厳しく見開かれる。

「まさか、具合が悪く…?」

「いえ、水村さまのところへ行かれております」


自分の腕を掴み、先ほどとは変わり鬼気迫る表情で聞く松太朗に、茜は冷静に答えた。

しかし、松太朗は冷静でいられなかったらしい。


「な…何故!?やはり、昨日の腹痛は嘘か…!どおりで俺の腹は何ともないはずだ…。…しかし、ではなぜ織りは泣いておったのだ…。やはり俺が何かやらかしたのだろうか…」



頭を抱える松太朗につき合えきれない茜は、静かにその場を後にした。


饅頭を持って炊事場に行く。

織りが帰ってきたらお茶を淹れよう。

そう思い、とりあえず昼食の準備に取りかかる。



「茜っ。ちょっと出て来る」

茜は松太朗を振り返って尋ねる。

「どちらへ?もうすぐ織りさまも帰ってこられますよ?」

「迎えに行くのだ。妻の一大事にじっとしては居れぬ」

「左様でございますか」


答えながら、茜は「大丈夫かしら…」などと考えていた。

織りのただならぬ様子が心配でないわけがない。

しかし、静かにしているからこそ、あえてそっとしておく方がいいようにも思うのだが…。




(ま、任せてみるか…)




松太朗は足早に水村の道場へと向かった。

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