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ture life  作者: ゆぅ
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初夜

「あれは、わたくしのお友だちです」


床の間の刀を振り返って、織りは松太朗にそう言った。

困ったように微笑んでいた松太朗はまた眉根を寄せてしまう。

そして今度は織りが苦笑した。


「わたくしは包丁より刀が好きなのです。きれいな着物より袴をはく方が身が引き締まります。絵巻物より兵法を好んで読みます」


ピンと背を伸ばし、当世の花嫁とは思えぬことを真っすぐな瞳で言う織りに、松太朗は正直面食らった。

武家の娘ならば、例にもれず、良妻賢母の教育を受けて育ったに違いない。

だが、織りはそれとはまったく逆のものを好んできたと堂々と言うのだ。

面食らった松太朗に、織りは不敵に微笑んでいた。

ピンと伸びた背のなんと美しいことか。



そっと松太朗は織りに手を伸ばす。

そしてその柔らかな頬を撫でるとそのまま顎を持ち上げた。織りは睫毛を揺らしながら目を閉じ、全てを松太朗に任せる。

松太朗の唇と舌にされるがまま、しかし、頭を松太朗に支えられながら、織りはふかふかの布団に身をゆっくりと倒されてゆく。

唇が離れ、真上に覆い被さった松太朗と目が合と、松太朗は何も言わず体を起こし、床を立った。

織りは、不思議に思い彼の姿を目で追う。松太朗は、燭台に近づきフッと明かりを消した。途端に当たりは闇み包まれ、ほのかな月明かりのみが部屋へ差し込む。

松太朗は、再び床に戻るとゆっくりと織り覆い被さった。

着物の合わせ目から入ってきた松太朗の手は、その唇とちがってひんやりと冷たくて、思わず織りは小さく声をあげてしまう。

その瞬間、松太朗の手が遠慮がちに引っ込められてしまった。


「あ・・・」

不安げに、織りは松太朗を見上げる。

失礼なことをしてしまったかもしれない・・・。

しかし、織りの心配をよそに松太朗は上半身を起こし、きょとんと自分の手のひらを見つめる。

そして


「少し、冷えているようだな。・・・驚かせて申し訳ない」


はぁっと口元に手をあてて、松太朗は自身の手を温めた。


「どうやら俺も緊張しているらしい」


両手をこすりあわせながら、松太朗は目だけを覗かせてニッと織りに笑ってみせる。

すると、不思議と織りの強ばった体から、少し力が抜けてしまうようだ。


「痛かったら、遠慮なく言ってくれ」


松太朗は体を倒しながら織りの耳元で囁く。それがくすぐったくて、織りは身をすくめた。そして体が熱くなってくるのを感じながら、松太朗に応えた。まだ冷たい松太朗の手が、今度は着物の上から織りに触れてくる。先ほどよりも遠慮がちに織りの反応を確かめるように。そして様子をみながら、男のわりにほっそりとした、しかし織りの胸をすっぽり覆ってしまうほどの大きさの松太朗の手が、襟をゆるめてその中へ滑り込む。触れられた場所が熱い。

織りは先ほどとは違い、武家の娘らしく夫の気の向くままに体を預け、貞淑に振る舞った。






ただ一度だけ。織りは上がった呼吸の合間に小さく声を漏らした。

その瞬間に織りは松太朗と本当の夫婦になった。



「大丈夫か?」


掠れる声で、松太朗は織りの流した涙を優しく拭ってやりながら尋ねた。

きゅっと口を真一文字に結んだ織りが小さく頷く。


「痛いのであろう?」


気遣わしげに尋ねる松太朗に、織りは一度首を振る。

瞑った瞳からは、ポロポロと涙が流れているのだが…。


「織り殿」


松太朗の優しい呼びかけに、織りはゆっくりと目を開けた。

長い前髪は後ろにかき上げられ、先ほどまで見えにくかった松太朗の表情がよく分かる。月明かりにくっきりと浮かぶ無駄のない彼の体がまず視界に入ってきたのだが、直視することができず、サッと目をそらしてしまった。


「織り殿」

再び呼びかけられ、上に目をやる。額に汗を滲ませた松太朗は、織りと目が合うとにっこりと微笑んだ。優しい目元にはどこか妖艶さがあり、織りの胸の奥がまたそわそわとする。

心臓は飛び出してきそうなほど早鐘を打っていた。




「しょ・・・松太朗さま……」


織りの声に、松太朗は一瞬眉根を寄せ、小さく声を上げた。

そしてそのまま唇を重ねる。

初めてのそれより少し荒いものではあったが、松太朗は優しかった。

それが織りを安心させ、同時に痛みを少しずつ悦びに変えてゆく。





おそらく剣術の稽古は、織りの方が松太朗よりしているであろう。

それでも松太朗の腕は織りのものとは全然違っていた。織りの腕よりもたくましく堅い腕、その奥にある

肩も、織りよりずっと幅があって硬くて大きい。


殿方とは、どうしてこうもおなごと違うのか。

殿方とは、どうしてこうもおなごと違って堅いのだろうか。

殿方とは、どうしてこうも逞しくおなごをつぶさぬよう、気遣いながら自分を支えていられるのだろう。



自分はもう、いっぱいいっぱいなのに。

頭の中が真っ白になってしまいそうなのに。



織りはその背に手を回し、ぎゅっと掴んだ。




松太朗の動きが速くなるにつれて、織りは知らずのうちに彼の背中に爪を立てていた。

しかし、松太朗はそんなことを気にとめることもない。




なぜならば・・・。



今、必死に自分を受け入れるこの娘が愛おしくてたまらないのだから・・・。



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