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ture life  作者: ゆぅ
29/58

落涙


茜が出て行ってどのくらい経ったのだろう。

しばらくは、茜が洗濯する音や掃除をしている気配がしていたのだが、今はしんと静かだ。


ぎゅるる・・・


とお腹が鳴った。



織りは、もぞもぞと起き出して、冷えてしまったお粥に手を伸ばす。

鍋に入ったお粥には、ちょこんと真っ赤な梅干しが乗っかっている。織りが大好きな茜の漬けた梅干しだ。

そして、小鉢にそれをよそって食べる。

ほのかに温かいお粥は、塩加減もばっちりだ。

茜は誰よりも織りの舌を知っている。

だから、いつも料理の塩梅は完璧なのだ。


そんな茜の優しさに、また織りは涙が出てきてた。



「そうだわ・・・」




いつまでも、このように部屋でウジウジしていても仕方がない。

織りは、早々とお粥をかき込み、胴着に着替える。そして、いそいそと竹刀を取り出した。





「茜」

茜の部屋へ行くと、彼女は針仕事をしていた。

「まぁ、織りさま。まさか道場にお出かけになるのですか?」

織りの姿を見て、目を丸くした茜は声を荒げる。

織りは、泣きはらした目を細くする。

そして、ええ、と答えた。

「体調は戻りました。ああやっておとなしく寝ているのは、やっぱりわたくしの性に合わないわ。ちょっと水村さまに稽古をつけてもらって来るから」

「では、わたくしもお供いたしましょう」

茜は、針山に針を戻して着物に落ちた糸くずを払う。

今朝の織りの状況を見れば当然のことであった。

しかし、織りは「大丈夫」と、立ち上がろうとした茜を止める。

そして、もう一度言う。


「大丈夫よ。昼過ぎには帰るから」


茜はまだ何か言いたげだったが、織りは構わず踵を返す。

そして、足早に家を出た。






織りが道場を訪ねるのは半月ぶりだった。


やって来た織りを見て、水村もぎょっとする。

細い目が、一瞬大きく見開いた。

だが、すぐにいつもの顔に戻る。そして苦笑を浮かべて

「また、えらく暗い表情で来ましたね~」

と言った。

織りは苦虫を噛んだような表情で、短く「お久しぶりです」と言う。



とりあえず中に通そうと、水村は弟子にお茶を準備するよう命じる。


「水村さま、そんなお気遣いいりませんわっ。わたくし、練習をしに参ったのです」


慌てて織りが言うと、水村はふっと微笑む。



「美味しいお饅頭を朝からもらったんですよ」


朝から饅頭!?と思ったのだが、織りは何も言わずにおいた。

とにかく体を動かして、さっさとこのモヤモヤをどうかしたい。


「どのみち、一旦休憩するつもりでしたから」


そう言いながら、水村はさっさと奥へ行ってしまう。

仕方なく織りもあとに続いた。



水村の部屋に通された織りは、二人で縁側にすわってお茶を啜った。

「このお饅頭を持ってきた方も、久しぶりに来られたんですよ」


ふかふかの饅頭を見下ろしながら、織りは首を傾げる。


「わたくしも存じ上げている方ですか?」


かぷっと饅頭に食らいついた水村も首を傾げた。そしてモグモグしながら考える。


ほんのり梅の爽やかな香りが口に広がる。

漉し餡だが、梅の風味がする、実に爽やかな饅頭だった。



「う~ん…顔は見たことがあるかも知れませが…。あちらは織り殿をご存知と思いますよ。私の道場に武家の娘なんてあなたくらいしか来ないからね」


若い師範代は、にっこりと笑う。

織りは、口元だけ上げて笑うと、ふぅっと溜め息を吐いて俯いた。


「やっぱりおかしいですわよね。武家の…しかも嫁入りした娘が道場通いだなんて…」


水村は、おやと織りを見返した。

随分(織りにしては)思い詰めた表情でやってかたものだから、心配はしたのだが…。


「やはり…茜のような娘が嫁御なら、よいのでしょうか?」

「あっ…茜殿!?」



水村はぎょっとした。

大方、嫁としての不甲斐なさに気づき、松太朗に対して申し訳なくなったのだろう、と思っていた。

まさか茜の名を出すとは…。


水村も茜とは顔見知りだ。織りが幼い頃は彼女がお迎え役だったのである。




「二人が…わたくしのいない間に、手と手を取り合い、見つめ合っていたのでございます」


言いながら織りは声を震わせた。

水村は、生唾を飲み込む。



「二人とも大好きな…そして大切な家族なのです。胸の中がそわそわしてモヤモヤして居ても立ってもいられないし、ちゃんと知りたいのに…二人を前にすると言葉が出てこないのです」




織りはそう一気に話すと、ポロポロ涙をこぼし始めた。



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