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ture life  作者: ゆぅ
28/58

疑惑

がしっと堅く手を握り合い、松太朗と茜は、今や同士となった。





そんな二人の姿を、湯浴みから出た織りが襖の隙間から見ていた。

話している内容はしっかりとは聞き取れないが、なにやら二人が真剣な眼差しで手と手を取り合っている。

(まさか・・・)

織りはこの後自分の身に起きる事も知らずに、目をつり上げていた。






松太朗が部屋に戻ると、織りはすでに鏡台の前で髪を梳いていた。

「義母上からいただいた綿入れを着ておかねば、風邪をひくぞ」


寝間着姿の織りに、松太朗はそう言いながら織りの綿入れを取ってやる。

織りは鏡越しにその姿を目で追った。

そして、くるりと松太朗を振り返る。



頭の中に聞きたいことは山ほどあるのに、織りはそれを口にできずにモヤモヤしていた。


もし、本当にあの二人に何かあったら自分はどうしたらよいのだろう。



姉妹のようにして育った茜と、大好きな夫である松太朗。



「ほら、ちゃんと着ておかねば」

松太朗がそう言って、織りの肩に綿入れを掛けてやる。


「・・・松太朗さま・・・」

肩におかれた松太朗の手をとり、織りは悲しげな瞳で松太朗を肩越しに振り返る。

松太朗はきょとんと小首を傾げた。

「どうした?」


織りは、鏡台に向き直り俯くと、ふるふる首を振った。

「何かあったのか?」


織りの様子を心配した松太朗が彼女の顔をのぞき込み尋ねるが、顔を背けた織りは、再び首を振る。

モヤモヤしたものをどう口にしていいのか分からない。



「何もないことはないだろう。何だ、どうしたというのだ?」


後ろから織りの頭を胸に抱き、松太朗は優しく聞く。

織りのただならぬ様子に心配でならないが、当の本人が口を開こうとしないのだ。




「織り殿は子どもに戻ってしまったようだなぁ」



抱きしめながら、松太朗がぽんぽんと織りの頭をなでる。

口を開かない織りに、しつこく聞いても仕方ないと思ったのか、松太朗はただただ優しく織りをいたわった。


「うぅっ・・・」

「織り?」



松太朗の優しさに織りは涙が出てしまった。

そして、絞り出すように言う。





「お腹・・・痛いので、先に寝ます・・・」



その嘘を松太朗がどうとったのかは分からない。

しかし、松太朗はやはり優しく織りの肩に手をポンと置いた。


「そうか。では茜に頼んで布団を敷いてもらおう」


コクンとうなずく織りを見て、松太朗は部屋を出て行った。



静かに障子を閉めながら、松太朗は腕組みして考える。


(俺の腹は何ともないが・・・。それとも俺が何か泣かせるようなことをしたのか?)


とりあえず、松太朗が本日織りと同衾することはできないようだ。

茜に布団を頼みに、松太朗は再び茜を呼んだ。










次の日、織りはしばらく布団から出て来なかった。

仕方なく、松太朗は一人で朝餉を済ませる。そして、未だに横になる織りを、登城前に訪ねる。


「織り殿、体調はどうだ?」

織りは、その声にぱちりと目を開けるとのそのそ起き上がる。

「あぁ、そのままでよい」

「松太朗さま・・・」

再び、織りを布団に寝かせた松太朗は柔らかく微笑む。

そして、織りの額を優しく撫でた。

「今日は一日ゆっくりしておくといい。何か食べたいものはないか?」

「いいえ・・・」

きゅぅと布団を口まで引き上げ織りは目を伏せる。


松太朗があまりに優しく気遣ってくれているのが分かる。そして自分を撫でる彼の手は、いつも織りを愛おしんでくれるときと同じだ。

織りは、昨夜のモヤモヤする胸に、さらに息苦しさを感じた。


「では、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


松太朗は、名残惜しげに織りから手を離すと、静かに仕事に行ってしまった。



「うぅっ・・・」



誰もいなくなってしまった部屋で織りは布団に潜り込み、嗚咽を漏らした。



こんな風に涙を流したり、胸が締め付けられるような気持ちになるのは初めてだ。

元来、思ったことはわりと口にする方である。ましてや自分のモヤモヤするものを胸に秘めておくなど。

ありえない。絶対に。

なのに、口にすることができないなんて、普段の自分から想像もできない。

恋する乙女の胸の痛みを、織りはまだ知らなかった。

だから、織りはこの思いをどうしてよいか分からず、ただただ涙を流した。



「織りさま、お粥ができましたよ」

しばらく一人でシクシクしていると、茜がほかほかのお粥を持って来た。

もちろん織りは布団から顔を出さない。

「織りさま、お医師を呼びましょうか?」

茜の気遣う言葉に織りはふるふると首を振る。

茜は、目を丸くした。


十余年、織りと一緒にいるが、こんな織りは初めて見る。

嫁入り直前の織りも、こんな風ではなかった。・・・少し情緒不安定ではあったが・・・。


「お嬢さま、もし何かお悩みがあるのでしたら、わたくしに仰ってみてはいかがでしょう。お力になれるか分かりませんが、全力でお嬢さまをお助け致しますよ」


茜はあえて、嫁入り前のように「お嬢さま」と呼んだ。

その方が、織りが安心できるかと思ったからである。

織りは、茜の言葉に耳を傾けていたが、余計にその言葉がつらかった。


優しい茜を疑う自分が悲しい。

そして、大好きな二人のことだから余計につらかった。



―――だが。

すべては織りの早とちりでもあるのだが・・・・・・。




「茜・・・」

涙声で織りが茜を呼びかける。

織り様が泣くだなんて!?

茜はぎょっとした。

「ど・・・どうなさったのです!?」

思わず布団を織りからどかして、その顔をのぞき込む。

織りは枕に顔を埋めて、茜から顔を背けた。

「お・・・お嬢さま!?」

「茜・・・。申し訳ないのだけれど、一人にしてもらえるかしら」


くぐもった声で、織りはそう言う。

織りが泣くなんて、ただ事ではない。

茜は居ても立っても居られなかったのだが・・・、しかし、織りが一人にしてくれと言うので、聞き分けるしかない。



茜は後ろ髪を引かれながら、部屋を出た。

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