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ture life  作者: ゆぅ
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微酔い

利玖の赤面を免れない演説を聞き終えた織りは、頭をクラクラさせながら縁側で秋の夜風に当たっていた。



「風邪をひくぞ」



廊下の先から、酒の席から戻った松太朗が織りに声をかける。


「もうよろしいのですか?」

部屋に戻りながら織りが尋ねる。

少しばかり千鳥足の松太朗は、ああ、と返す。

織りに促されながら部屋に入ると、どかっと座り込む。


「お水でもお持ちしましょう」

「すまんな…」


こめかみを押さえる松太朗は、そう答えるとうなだれてしまう。


(あらあら…)


こんな松太朗初めて見る。倹約だと酒を飲むことはほとんどないからだ。


とりあえず湯のみに冷たい水を汲んで部屋に戻ると、松太朗は座ってうなだれたま高鼾だ。



「まぁ…。松太朗さま。起きて下さい。お水をお持ちしましたよ」


ゆっさゆっさと力任せに肩を揺さぶると、松太朗は薄く目を開けた。



「松太朗さまこそ、風邪をひきますよ」

そう言いながら、湯呑みを渡す。

「ん…あぁ…すまん…」

くいっと水を飲んだ松太朗は、少しばかり頭が冴えたようだ。


「久しぶりだったから…飲みすぎたな…」

織りに湯呑みを返す松太朗は、まだぼんやりしているのだろう。紅潮した頬で、目はとろんとしている。

胸元をはだけた姿が、実に妖艶で、危険だ。


さっさと寝せてしまおう。



「今日は早く寝た方がよろしいですわね」



織りは湯呑みを脇に寄せ、枕を整えてやる。


「着替えはそこにありますから、着替えて下さい。お風呂は朝一で入れるように言いつけておきますから」

「うむ」



低くい声と供に、もぞもぞ動く気配がした。


枕を整えて、織りは満足げにポンと布団を叩く。


至れり尽くせりの実家でお嬢さん育ちの自分が、ここまで一人でできるようになり、織りは大満足だ。



「松太朗さま、どうぞお休み下さいませ」

織りが声をかけなが、松太朗を振り返る。

「………。松太朗さまっ」


松太朗は立って帯を締めながら目を閉じてしまっていた。

織りの甲高い呼び声に、ハッと目を開けた松太朗は、いかんいかん…と帯を締め直す。



「早く寝て下さい」



こんなウトウトしている松太朗に、先ほどの妖艶さも危険も微塵もなかいが、早く寝かせるにこしたことはない。


織りは湯呑みを持ち、ポンと松太朗の腕を叩く。そして、襖に手をかけた。




「っわぁぉ!?」



突然背中に、ずっしりとした重みを感じ、織り奇妙な声を上げた。

言わずもがな松太朗が背中に寄りかかってきたからなのであるが…。




「おり~」

「んっ…」


すぐ側に松太朗の顔がある。

織りにもたれかかって、重い頭は、織りの細い肩に預けられていた。

だから松太朗が口を開けば、酒の匂いがすぐそばでする。思わず織りは顔を背けた。

少女には、まだこの酒の香りは強すぎる。



「しょ…松太朗さま、お布団に入って下さい」

間接的な酒の香りに酔ってしまいそうで、織りは鼻を指で押さえた。

しかし、酔っ払いの松太朗はお構いなしだ。



「では、共に入ろう」

「織りは酔っ払いとは寝たくありません」


気丈な織りの言葉に、松太朗は高らかに笑う。

よほど気分よく酒が飲めたのだろう。頗る上機嫌だ。

そんな松太朗は、するすると織りの腕を撫でるように滑り、その手を取る。



「つれないことを…。たまにはよいではないか」

そう言いながら織りの手に口づける。

反対の腕は、しっかりと織りの腰に回されていた。


「嫌でございます」

いつもの織りとは違い、背後にいる酔っ払いには強気で行ける。

どうせ正気の沙汰ではないからと思えば、平然を保てた。


「俺はいつでも織りが欲しいと思っておるのになぁ…」

松太朗は、ぎゅうっと後ろから織りを抱きしめる。

「それは、ありがとう存じます」

着物の襟から侵入しようとする松太朗の手を、ペチっと叩くと、松太朗はその手を引っ込め、かわりに織りの肩を抱いて、やはり抱きしめる。


「松太朗さま、酔ってらっしゃるんだから、早く寝て下さい」

「こうやって抱きしめてると、安心するものだなぁ…」




暖かくフワフワしたいる織り。小さくて、一生懸命で武家の娘らしからぬ織り。

そんな彼女の一挙一動が見ていて飽きない。意地らしくて可愛くて愛おしくて仕方ない。

めちゃくちゃに抱きたいと思うのに、大切すぎて手が出せない。そのくせ、からかって織りを真っ赤にして困らせたくなる。

もっともっと、自分の一挙一動で、織りを混乱させてドキドキさせて、頭の中を自分だけにしてやりたい。

織りの側にいると、まるで松太朗は恋を知らない少年のようになってしまう。のくせ、知識と欲と経験だけは年相応にあるのだから困ったものだ。





「松太朗さま?」





突然、黙りこんだ夫を不振に思い、呼びかける。

すると、松太朗は織りを抱きしめたまま、規則正しい寝息をたてていた。



「もうっ」





本当に困ったダンナさまだ。


織りは小さくため息をついた。


こんな松太朗もたまには可愛くていいな…などと微笑み、そっと自分に絡まる腕に口づけた。

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